5-10 お客様のお帰りと4通の手紙
その後のダンジョウは、空となった『オークの魔石』への魔素充填の依頼でも迷い、結果的に新な『オークの魔石』を購入することにした。
今までダンジョウが使っていた空の『オークの魔石』は、預かりでの魔素充填の依頼となった。
ダンジョウは店を訪れた際に茶道具一式を包んでいた布に、サノスの描いた『湯出しの魔法円』と携帯用の『水出しの魔法円』を包み、俺の請求した代金を払って店を後にした。
帰り際にダンジョウを送るために店の外に連れ立って出ると、嬉しいことを告げてきた。
「後程、抹茶の立て方と茶道具の手入れの方法を記した書物を、イチノス殿へ贈らさせていただきます」
うんうん、喜んで受けとりますよ。
ダンジョウが冒険者ギルドの方へと歩く後ろ姿を見送る。
日は傾き掛け、夕方の香りが僅かに匂う光が街を透明に照らしていた。
路地のひとつひとつに、家々からはみだした植木が薄い影を落とし、夕方の気配が街に近付いているのがわかる。
陽にはかすかにオレンジが混じり、西の雲は明るく光りはじめている。
もう暫くすれば日も落ち行くだろう。
この時間でもサノスが戻らないと言うことは、教会かギルドで時間を要したのだろう。
もしかしたら大衆食堂でつかまっているのかも知れない。
どちらにしろ、サノスが戻って来なくても、多分、大丈夫だろう。
そんなことを考えているとダンジョウが角を曲がり見えなくなる。
店に戻ろうと思った途端に、ダンジョウの消えた角から一人の少年が飛び出してきた。
見習い冒険者のエドだ。
また俺宛に伝令か?
そう思っていると、エドの後ろに騎士服を着た人物と街兵士が見えた。
騎士服の方はアイザックとわかるのだが、何やら街兵士と会話しながら歩いているような⋯
走りよる、見習い冒険者のエドと目が合った気がすると、俺の名を叫んできた。
「イチノスさ~ん。伝令で~す」
その声が聞こえたのか、エドの後ろを歩くアイザックと街兵士とも目が合ってしまった。
見るからに騎士服を着た人物はアイザックとわかるのだが、街兵士の方は見かけたことがないと言うか、俺の記憶に無い人物だ。
「はあはあ。イチノスさん伝令です」
「わかったわかった。店内で受けとるよ」
そう言って小走りで息の荒れたエドを連れて店に入る。
カランコロン
「イチノスさん。ギルマスとサノスさんからの伝令です」
「今回も君なのか?」
「はい!」
元気な返事と共に、冒険者ギルドのロゴが入った封筒2通と一緒に、2枚の依頼達成書をエドが差し出してきた。
俺が封筒を受けとり、両方の依頼達成書にサインをして返すと『ありがとうございました』の元気な声と共にエドが店から出て行った。
コロンカラン
カランコロン
エドが店を出て行くのを見届け、店舗のカウンターに入ると、出入口の扉につけた鐘が来客を知らせてくる。
先程、アイザックと話しながら歩いていた街兵士らしき人物が店に入ってきた。
街兵士の顔を見るが、やはり俺はこの街兵士に記憶がない。
そんな街兵士が口を開く。
「イチノス殿で間違いないだろうか?」
「いかにも、私がイチノスだ。街兵士とお見受けするが、何用で参られたか」
「副長殿からの伝令をイチノス殿へ届けに参った」
副長からの伝令?
あぁ⋯ イルデパンの事だな。
そう思っていると街兵士が封筒を出してきた。
「わかった。受け取ろう」
「では、イチノス殿が伝令を受け取られたと副長殿へ報告させていただきます」
そう告げて街兵士が王国式の敬礼をしてきた。
俺も王国式の敬礼で応えると、街兵士が踵を返して出入口に向かった。
コロンカラン
街兵士が出て行くために開けた扉の向こうにアイザックが見えた。
次はアイザックが入ってくるのだろうかと見ていると、街兵士が二言三言(ふたことみこと)アイザックと会話した。
カランコロン
案の定、アイザックが店に入ってきた。
「イチノス殿、コンラッド殿からの伝令です」
「アイザック、ご苦労。彼とは知り合いか?」
アイザックの差し出す封筒を受け取りながら、街兵士との間柄を聞いてみる。
「騎士学校時代の先輩です」
「ほぉ~ 世間は思うより狭いな(笑」
俺の言葉にアイザックがニヤリとし、先程の街兵士と同じ口調で告げてくる。
「では、イチノス殿が伝令を受け取られたとコンラッド殿へ報告させていただきます」
そう告げたアイザックが、これまた王国式の敬礼をして来た。
俺がそれに応えると、踵を返してアイザックが店から出て行った。
コロンカラン
カランコロン コロンカラン
まったく、何回、鳴ったんだ?
明日サノスに伝えて、もう少し小さな音の物に換えてもらおう。
何だったら店舗のカウンターに呼び鈴を置くのも手だな、などと考えながら作業場の自席に座る。
机の上に置かれた茶道具の納められた木箱と4通の封筒を眺め、どれから開くべきかと一瞬悩んだ。
まずは冒険者ギルドの封筒を開けると、中身はサノスからの手紙だった。
─
イチノス師匠へ
今日のお使いは全て終わりました。
教会長は昼前ならお時間あるそうです。
ギルドに出した依頼は見習い冒険者3人が受けました。
明日の朝に見習い冒険者3人が店に行きます。
私もそれに合わせて出勤します。
ハーブは食堂が引き取れるそうです。
今日は店に戻りません。
サノスより
─
よし、順調だな。
これで明日の朝は見習い冒険者達が来たら、俺は教会へ行けば良いな。
続けてもう一通の冒険者ギルドの封筒、ギルマスからの手紙を読む。
─
大魔導師イチノス殿へ
『魔法円』の調達でご相談したい。
近日中にお時間を頂けないだろうか?
[リアルデイル冒険者ギルド]
[ベンジャミン・ストークス]
─
なるほど。
ダンジョウが語っていた件だな。
ギルマスからの手紙に書かれているということは、東国(あずまこく)からの使節団と冒険者ギルドが密接な関係なんだな。
明日は昼過ぎに冒険者ギルドでヘルヤさんへの伝令を出すから、その時にでもギルマスと話せれば良いか?
続けてアイザックが持ってきた伝令を開けると母(フェリス)からの手紙だった。
─
愛するイチノスへ
近々、ウィリアムが来ます。
日にちが決まったら知らせます。
ウィリアムがイチノスに会いたがってるから必ず顔を出してね。
あなたの母 フェリスより
─
これもダンジョウの話のとおりだ。
だが、若干、面倒臭そうな香りがする。
手紙を閉じて封筒に戻して、少しだけ考えた。
ウィリアム叔父さんが俺に会いたがる理由は母(フェリス)との結婚話が第一だろう。
続けては東国(あずまこく)使節団のリアルデイルへの受け入れに関しての協力要請だろうか?
俺に出来ることと言えば、ダンジョウが話していた『魔法円』の提供ぐらいだと思うが、これは既にギルマスからの手紙に書かれていたな⋯
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます