5-7 お互いにお茶を立てれば仲良しですか?


シャカシャカ


 ダンジョウが見事な手さばきで『抹茶(まっちゃ)』を立てている。


 器用に茶筅(ちゃせん)を動かしていた手首が止まると、まるで定められた仕草をするように、茶筅(ちゃせん)を机に立て置いた。


 「どうぞ」


 そう言ってダンジョウが差し出した黒い茶碗には、その黒さに映える淡い緑が敷き詰められ、若干、中央が盛り上がっている感じだ。

 以前の『御茶会』でいただいたもので少しだけ見えた緑の水面などは一切見られず、茶碗の中の全てがきめ細かい泡で満たされている。


「いただきます」


 そう告げて『御茶会』で簡易に習った所作、両手で茶碗を包むような所作で『抹茶(まっちゃ)』を口に含めば、泡に包まれた緑茶独特の苦味に続けて爽やかな味わいが口に広がった。


 ゴクリと飲み込んだ後に微妙に舌の上に甘さが残って行く。

 これだ、この不思議な味わいに俺は感動したのだ。

 その感動を確かめるように二口目を含めば、今度は苦味よりも甘さが先に口に広がり、後から来る苦味が舌の上の甘さを消し去って行く。


 やはり『抹茶(まっちゃ)』は不思議な飲み物だ。

 そう感じながら最後の三口目を含むと、今度は舌の上には苦味と甘さが入り交じるが、爽やかな味しか残らない。


 これほどまでに一口ごとに変わって行く味わいは『御茶会』ではハッキリとは感じなかったものだ。

 もしかして使っている茶の種類の違いなのか?

 それとも立て方の違いなのだろうか。

 

 俺が『抹茶』を飲み終えた黒い茶碗にダンジョウがティーポットから少量のお湯を入れる。

 器用な仕草で茶碗を動かし、水音を立てることもなく、ぐるりとお湯を茶碗の中に渡らし中の湯を片手鍋に捨て、先程の布で飲み口を軽く清めた。


 再び茶碗にお湯と抹茶を入れ、茶筅(ちゃせん)と共に俺の前にダンジョウが差し出してきた。


「次はイチノス殿が立てていただけますか?」


 えっ? 俺が立てていいの?

 俺がシャカシャカしていいの?


 やります、やります。

 俺はこの茶筅(ちゃせん)でのシャカシャカを是非ともやりたかった。


「ダンジョウ殿、私が立てて良いのですか?」

「はい。先程は拙者が、今度はイチノス殿が『もてなし』として茶を立てられることになります」


「私は経験が無いのですが⋯」

「ならば尚更です。是非とも最初の一杯を私へお願いします」


 ダンジョウ、若干嬉しい言葉だが、少しプレッシャーを感じるぞ。


「では、遠慮なく」


 先程のダンジョウの仕草を真似て茶筅(ちゃせん)を動かしてみる。


 何だこれ?

 うまく手首が動かない。

 こ、これは難しいぞ。


 結果的に茶碗の三分の一ぐらいしか泡立たなかった。


 未完成?

 失敗作?

 そんな感じで手を止め迷っていると、ダンジョウが茶碗を掴んで自身の方に引き寄せた。


「いただきます」


 俺の戸惑いを無視し、ダンジョウジが背筋を伸ばした綺麗な所作で両手で包むような仕草で茶碗を回し、一口含んだ。

 迷う様子もなく二口目も飲み、三口目で『ズズズ』と啜る音を立て茶碗を仰いだ。


「結構なお手前でした」

「いや、上手く泡立たなかったが⋯」


 俺が言い訳まじりの弁を述べようとすると、ダンジョウが朗らかな笑顔で冗談を口にする。


「ざっくばらんにイチノス殿に申し上げれば、主君、ワリサダが初めて立てたものよりようございます(ニッコリ」

「ハハハ(汗」


 俺は愛想笑いしか返せなかった。



 互いに立てた『抹茶(まっちゃ)』を飲み交わし、ダンジョウが茶碗や茶筅(ちゃせん)にティーポットの湯をかけて清め、先程の布で拭き上げて行く。


 そうしてダンジョウが茶道具を清めながら東国(あずまこく)での『茶道』の成り立ちの話をしてくれた。


 話してくれたダンジョウには申し訳ないが、俺が理解できたのは『武人(ぶじん)』と言う言葉と『御茶会』の開き方だった。


 『武人(ぶじん)』とは、王国で言う騎士や軍人のことであり、これらを総じて『武人(ぶじん)』と呼ぶそうで、ダンジョウやワリサダもその分野に入るそうだ。


 『御茶会』の方は王国貴族の女性が催す『ティーパーティー』に似ていると感じた。

 王国のティーパーティーで用いられるのは紅茶で、東国(あずまこく)の『御茶会』では抹茶(まっちゃ)が用いられる違いはあるが、何よりもの違いは男性の武人(ぶじん)が主催することにあると言う。

 茶道の仕来(しきた)りに従い、武人(ぶじん)の家の男性主人が『抹茶(まっちゃ)』を共して語らいを持ちたい相手を招いて開かれるのが『御茶会』と言うのだ。

 しかも先程のように『抹茶(まっちゃ)』を立てるのは、主催した武人(ぶじん)の家の男性主人の役目だと言う。

 そうした背景からか、ダンジョウもワリサダも武人(ぶじん)の家の男性主人の嗜みとして『茶道』を学んでいると言うのだ。


「では、今回のように互いに『抹茶(まっちゃ)』を立て合うこともあるのですか?」

「本来は互いに相手を招き、理解や協力をする明かしとして『抹茶(まっちゃ)』を立て合います」


 そう述べたダンジョウが、ニヤリと微笑んだ気がした。


 ダンジョウの含み笑いにしてやられた感もあるが、俺としては今回の話は商談としてまとめたいし、ワリサダの『魔鉱石(まこうせき)』の件もある。


「ダンジョウ殿、互いに理解も深めれましたので、商談に入りましょう」

「イチノス殿、ありがとうございます」


 そう言って片付け終わった茶道具一式の入った箱を、ダンジョウが俺の方に差し出しながら口を開いた。


「先程の湯を出した『魔法円』も取り扱われているのでしょうか?」

「ああ、これは家庭用ですね」


「お湯の温度も自在なようですね。先ほど立てた際に、実に程よい湯温に感心しました」


 そう言えばコンラッドも言っていた。


〉この『魔法円』は出来が良い

〉出す湯の温度が自在な感じ


 実際に俺が出した時も良い湯加減だった。


「実はこの『湯出しの魔法円』は弟子のサノスが模写したものなのです。私も先程は若干温めを意識しました」

「これなら湯浴みに使う湯にも困りませんな(笑」


「いや、そんなことをしたら大量に『魔石』が必要になりますよ(笑」


 そう言えばダンジョウは『魔石』も欲していたな⋯ 待てよ。


 ダンジョウが欲しい『魔石』って、魔物から得られる『魔石』なのか?


 ダンジョウの主君のワリサダは『魔鉱石(まこうせき)』を身に着けていた。

 もしかして、ダンジョウが欲しい『魔石』とは『魔鉱石(まこうせき)』の事じゃないだろうな。

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