王国歴622年5月14日(土)
2-1 朝のリアルデイル
リアルデイルの街の朝は早い。
夜明け前の薄明かるい時間に、東西南北に設けられた市場脇の載荷場から、荷馬車が次々と出立して行く。
日が残る間に隣街や隣村に着くためだ。
どの荷馬車も街の外に出るために街道口の関所を通るので、各関所では早朝の荷馬車渋滞がリアルデイルの恒例になっている。
護衛依頼を受けた冒険者達は、この関所から隣街や隣村までの護衛が始まる。
関所の出口には冒険者達が集まり、荷馬車は護衛の冒険者を拾って街道に出て行く。
日が昇ると見習い冒険者が動き出す。
見習い冒険者は日の出と共に街の外に出て薬草採取に励むのだ。
早い者は昼には戻り、伝令や荷運び等の街中での依頼をこなして行く。
遠方まで出向いた見習い冒険者は、未成年であることから夜営が出来ず、夕刻には街に戻ってくる。
その為に夕刻の冒険者ギルドは見習い冒険者が列を成すことが多い。
俺は日が昇る前に冒険者ギルドにやってきた。
目的は昼過ぎにヴァスコとアベルがワイアットと共に店に来るように伝言するためだ。
昨晩の大衆食堂で、ワイアットが言い出した夜間の伝令のゴタゴタ。
その解決策として俺が朝に冒険者ギルドに出向き、ヴァスコとアベルへ伝言する事で話が落ち着いたのだ。
「私に夜の伝令を頼もうとした罰(ばつ)です」
サノス。
夜間の伝令を頼もうとしたのは、お前の父親のワイアットだぞ。
「父さんは罰として朝からパン生地を捏ねてね」
オリビアさん。
娘さんと同じ細い目の顔を見せないで、娘さんの倍ぐらい怖いから。
俺もワイアットも説教からの解放を得るため、サノスとオリビアの提案に
『はい、よろこんで』
の返事しか出来なかった。
今頃、大衆食堂の厨房では、ワイアットは粉にまみれてパン生地を捏ねているのだろう。
その体力はパン生地を捏ねるのに向いていると思うぞ。
一方の俺は冒険者ギルドで思案中だ。
ヴァスコとアベルの二人は、この春からは見習いが取れた冒険者だ。
見習いが取れたばかりだから、さすがに護衛依頼を受けてはいないだろう。
だとすれば、二人は冒険者として依頼を受けるために、朝から冒険者ギルドに来るだろう。
結果として、ヴァスコとアベルが捕まらず、昼過ぎに俺の店でワイアットと落ち合えなくとも俺は問題ない。
俺としては二人が自分の『体内魔素』を扱えた事実をワイアットに伝えられれば済む話だ。
どうして俺は朝早くから冒険者ギルドに居るんだ?
「イチノスさ~ん。こちらが空いてますよぉ~」
昨日と同じ受付のお姉さんが手招きする。
はいはい、朝早くから俺が依頼料を払う獲物に見えたんですね。
「ヴァスコとアベルに伝言をしたい」
俺がそう告げると、スッと伝言依頼の申込用紙を出された。
「伝言依頼の料金は?」
「税込みで鉄貨2枚です」
俺は申込用紙に『昼過ぎに店に来てくれ』と記入を済ませ差し出す。
「誰宛ですか?」
「ヴァスコとアベルだ」
「二人X伝言料鉄貨2枚=鉄貨4枚です」
受付のお姉さんの言うとおりに鉄貨を支払い、俺は冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを出ると、パンが焼ける芳しい香りが漂っていた。
香りの元を辿れば、大衆食堂の厨房からだ。
随分と早い時間からだな。
もしかしてワイアットは夜明け前から、パン生地作りに駆り出されたのか?
気になって大衆食堂に入ってみると、パンを焼く芳しい香りで満たされていた。
大衆食堂の中に客は誰一人おらず、長テーブルに寄り添い、黄昏たワイアットが長椅子に座り込んでいた。
ワイアットに近寄るがピクリともしない。
寝てるのか?
「おはよう、ワイアット」
(すぅ~ すぅ~)
どうやら寝ているようだ。
午後には俺の店への荷物の護衛があるが大丈夫か?
そんなことを考えていると、厨房からオリビアさんが顔を出してきた。
「あら、イチノスさん。おはようございます」
「オリビアさん、おはようございます」
「スープなら出せるけど、食べてきます?」
「えっ、良いんですか?」
「スープとパンよ」
そう言ってオリビアさんはワイアットに目をやる。
なるほど、ワイアットが捏ねたパンが食べれるのか。
一旦、厨房に消えたオリビアさんが、スープとパンを持ってきてくれた。
「銅貨1枚ね」
俺はオリビアさんに銅貨を支払い、早速いただくことにした。
「オリビアさん、美味しいです」
「あら、ありがとう」
「ワイアットは大丈夫ですか?」
「昼から護衛だと言ってたから、それまで寝かせてくれって(笑」
「起きれますかね?」
「この人、仕事だけは遅刻や遅れたことが無いの」
「へぇ~」
「それが、今回の護衛で遅れが出たらしくて悔やんでたわ。あんなに悔やんでたのを見たのは久しぶりね」
護衛の仕事での遅刻は確かに厳禁だ。
護衛が遅刻したとなれば、予定の時間に出発できず、商人にとっては大きな痛手になるだろう。
だが護衛の仕事での遅れなんて当たり前じゃないのか?
荷馬車の故障、盗賊や魔物の襲来、天候の悪化などなど、そうした例外は幾らでも考えられる。
全てが冒険者の護衛とは関わりが無いと言うか、護衛が原因じゃ無いよな?
ワイアットの拘りは何から来るのだろう。
きっと彼なりの何かがあるのだろう。
「ところで、サノスはどう?」
「どうって? 何がですか?」
「魔道師になれそう?」
「それは心配ないですね。『魔素』の扱いも出来るから後は数をこなすと言うか経験ですね」
「イチノスさんみたいになれる?」
ブフォッ
思わず口にしたスープを吹き出しそうになる。
「あら、大丈夫?」
「いや、言われたことの無い言葉で驚いただけです」
「経験か⋯ まあ、もうしばらくはイチノスさんのもとで修行ね」
そうだな、まだサノスの技量では一人立ちは難しいだろう。
そろそろ、サノスが次の段階へ進むことを考えた方が良いだろうか?
その前にサノス自身が自分の将来をどう考えているかを語らせるか?
正直に言って、俺には魔道師としての師匠はいない。
ほぼ独学で学んで来た。
時には母(フェリス)から学んだ事もあるが、魔法学校で学んだ知識や、本から自分で学んだ方が多いかも知れない。
サノスはそうした学校で学ぶ環境に恵まれなかった。
それをどう補うかだな⋯
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