2-2 サノスの実力


 大衆食堂で朝食を食べ終え、オリビアさんに礼を述べて店舗兼自宅に戻ると、サノスが店の前を掃除していた。


 随分と早いな。

 まあ、店舗兼自宅の鍵を渡してるから、何時に来ても構わないが、通常の開店時間はまだまだ先だぞ。


「サノス、おはよう」

「師匠、おはようございます」


「今朝はどうしたんだ?」

「師匠が冒険者ギルドに行ったか見張りに来ました(笑」


「ハハハ」


 朝から冗談がきついな。

 昨晩の事をまだ根に持ってるのか?


「いつもより早いですが、掃除が終わったら店を開けても良いですか?」

「ああ、任せる」


 そう告げて店に入り、奥の作業場で本棚から本を探す。


『水魔法分析論』


 俺が魔法学校に入る直前に、母(フェリス)から渡された本で、水に対する『魔法』=『水魔法』について記された本だ。

 『水とは何か?』という視点から始まり『水魔法』を発動するための、最も効率良く『魔素』と『魔力』を使う方法を考察した論文になっている。

 自分の席に座り、本を読み返しているとサノスから声がかかった。


「師匠、店を開けましたよぉ~」


 そう言いながら、サノスが作業場に入ってきた。


「師匠、冒険者ギルドはどうでした?」

「ああ、伝言依頼を出してきた」


「じゃあ、ヴァスコとアベルが来るんですか?」

「ああ、昼過ぎに客が来て、ワイアットと打合せして、伝言が渡ってればヴァスコとアベルが来る」


「えっ? 父さんが来るんですか?」

「気にするな、サノスの様子見じゃないから(笑」


 今日の昼過ぎの予定を話していると、サノスが昨日の作業の続きをしようと棚から箱を取り出す。

 それを作業机に置いところで、サノスに声をかける。


「サノス、作業に入る前に話がある座ってくれ」

「えっ? 急に改まって何ですか?」


 俺はサノスが置いた箱に手を掛け、話が先だと暗に伝える。

 サノスは何事だという顔をしながら自分の席に座った。


「サノスはどんな魔道師になりたいんだ?」

「どんなって⋯ 急に言われても⋯」


 サノスが箱に掛けた俺の手を見て、急に緊張を高めた。


「サノスは俺に弟子入りした」

「は、はい。弟子入りしました」


「だが、俺はサノスに何も教えて無い」

「う~ん⋯」


「教えて無いのは、サノスが『どんな魔道師になりたいか』を確認してないからだ」

「『どんな魔道師』⋯ ですか?」


「具体的な目標はあるのか?」

「⋯⋯」


 そこまで話してサノスは黙ってしまったが、俺は話を続けた。


「サノスは『魔法』に興味はあるか?」

「あります!」


 『魔法』の言葉が出た途端に意思のこもった強い返事を返してきた。


「今日からサノスには、魔道師を目指して本格的な修行に入って貰おうかと考えている。嫌になったら直ぐに言え、いつでも修行は中止できる」

「そ、それって⋯ 修行を中止したら、クビって事ですか?」


「いや、クビじゃない。魔道師になるのが遅くなるだけだ。サノスは魔道師になりたいんだろ?」

「⋯⋯」


 再びサノスは黙り、何かを考え始めた。

 そしてゆっくりと喋り始めた。


「私は、まずは何をすれば良いですか?」

「この本を渡すから読んでくれ」


 俺はそう言って『水魔法分析論』の本を箱の上に置いた。


「この本ですか?」

「ああ、もしかして既に読んでるのか?」


 サノスは肩をすくめる仕草をして答えた。


「師匠が居ない時に読んで⋯」

「読んでるんだな?」


「ええ、実際に試そうとして『魔力切れ』しました⋯」

「ハハハ。お湯ぐらいは沸かせたのか?」


 そこでサノスがブンブンと横にクビを振る。


「氷が作れたとか?」

「ブンブン」


「出来なかったんだな?」

「コクコク」


「おまけに『魔力切れ』か?」

「コクコク」


 なるほど、サノスはその付近の知識が弱いんだな⋯ さて、どうするか?


 魔法学校に入学する前の俺は『水魔法』で水を沸かす程度は既に使えていた。

 そんな俺は母(フェリス)から渡されたこの本のおかげで、『水魔法』については『魔素』と『魔力』を効率良く発動できる知識を得た。

 そんな本をサノスが読んでも、お湯も沸かせず、氷も作れない。

 その事実からすると、サノスの知識不足と言うか、水に対する認識が乏しいのが少しだが見えてきた。


 ここは、改めてサノスの実力を試してみるか⋯


「準備するから待ってろ」


 棚からヴァスコとアベルに使わせた『水出しの魔法円』を取り出しテーブルに置く。

 続けて台所に行き、ティーカップを持ってくる。


 ヴァスコとアベルの時と同じく、『水出しの魔法円』の上にティーカップを置き、サノスの前に差し出して問いかける。


「水出しが出来るか?」

「はい。出来ます」


 そう言ってサノスが右手の人差し指を魔法円に置き、左手を胸元に当てた。


 すぅ~はぁ~


 サノスが深呼吸すると、スルスルとティーカップに水が涌いてくる。

 その水が涌き出る様子は、ヴァスコやアベルとは比較にならないほど円滑だ。

 半分程まで満たされたところでティーカップの前に俺が手を出すと、サノスが慌て魔法円から指を離し緊張を解いた。


「今、左手を胸元に当てたけど、もしかして『魔石』を普段から着けてるのか?」

「ええ、父に貰ったのを着けてます。ダメですか?」


 サノスは手を首にやり、指で紐を手繰って小さな布袋を見せてきた。


「何の『魔石』だ?」

「オークです」


 オークとは豚に似た顔を持つ二足歩行の魔物だ。

 その肉は美味で肉屋でも購入でき、食べれる魔物の代表と言っても良い。

 集団や群れを作り、時として人を村を襲うことがある。

 このオークからは、ほぼ『魔石』が得られる。

 ワイアットは討伐か何かで手に入れて、サノスに渡したのだろう。


「今の水出しは、その『魔石』から『魔素』を取り出して『魔法円』に流したのか?」

「ええ、『魔石』の『魔素』を『魔法円』に注ぐ感じです」


「じゃあ、サノスは『魔素』を感じることは出来るんだな? 今の水出しでは『魔素』はどう感じた? 出来るだけ具体的に説明できるか?」

「『魔素』の存在はわかります。今も『魔石』から『魔素』が『魔法円』に向かって、こう体の中を移動したのを感じました」


 そう言ってサノスは手振りを交えて、自分の体内を『魔素』がどう移動したかを説明してきた。

 その様子を見ていて、きちんと『魔素』を感じることは出来ていると理解した。


 俺はサノスに次の質問をしてみた。


「『魔石』に『魔素』を充填した経験はあるか?」

「出来ません。『魔力切れ』しちゃいます」


 なるほど。

 挑んだことがあるんだな。

 結果として『魔力切れ』か⋯

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