1-15 夜の伝令は危険です
俺は気を取り直して、ヴァスコとアベルが『魔素』を操れる話をしようと思ったが、ここで話すには相応しくないと判断した。
そもそもワイアットは、先輩冒険者としてヴァスコとアベルの面倒を見る気があるのかが気になったのだ。
「ワイアット、ここからは真面目な話をしたい」
「真面目な話?」
「ヴァスコとアベルを、冒険者の後輩として育てる気はあるのか?」
「そりゃあるさ! 俺はあいつらの保証人だ。あの二人が冒険者を目指すなら俺が育てないでどうする!」
急にワイアットが熱く語り始めた。
冒険者ギルドに登録するには3名の身元保証人が必要になる。
これはどこの誰かわからない奴が、冒険者ギルドに登録されないようにするための対策だ。
ヴァスコとアベルが冒険者ギルドに登録する際に、ワイアットが保証人になったのだろう。
ちなみに俺の冒険者登録では、母(フェリス)とウィリアム叔父さん、そしてコンラッドが身元保証人になってくれた。
「それで、あの二人がどうしたんだ?」
「いや、今、ここでは話しずらいな。どこかで時間を取れないか?」
俺は努めて真面目にワイアットに尋ねた。
俺の気持ちが少しでも伝わればと、かなり真面目に問い掛けたのだ。
「⋯⋯ その話は二人が居た方が良いのか?」
「ヴァスコとアベルの二人か?」
「実は⋯ 誰にも言うなよ。(向こうの連中にも言うな)」
ワイアットが先程まで一緒に居た連中に目をやりながら、ヒソヒソ声で話し始めた。
(実は明日、護衛でお前の店に行くんだ)
はぁ?
俺は一瞬、ワイアットの言葉が理解できなかった。
確か明日は、今日、コンラッドが持ってこれなかった届け物を青年騎士のアイザックが持ってくるはずだ。
もしかして、その護衛にワイアットが来るのか?
(明日、俺の店に来るんだな?)
(ああ、昼過ぎに行く予定だ)
そこまで聞いて、思わず腕を組んで考えてしまった。
ヴァスコとアベルが『魔素』を操れることは、先に本人に、ヴァスコとアベルに知らせるべきだろうか?
俺は先程まで、先輩冒険者のワイアットなら知っていると思い込んでいた。
ワイアットはヴァスコとアベルが『魔素』を操れるのを既に知っていて、それで俺の店を紹介したと思い込んでいたのだ。
俺が悩んでいると、ワイアットが催促してきた。
(どうする? 明日一緒に連れて行くか?)
(一緒に来るなら、ワイアットに覚悟が必要だぞ)
(覚悟?)
(ああ、覚悟だ)
(覚悟か⋯)
俺の言葉に、今度はワイアットが考え込んだ。
だが、彼の決断は直ぐだった。
(わかった。一緒に行く)
(よし、決まりだ。明日の昼だな)
(ああ、明日の昼過ぎだ。まずは俺の仕事を終わらせて。二人は店の外で待たせて俺が先に話を聞く。それで問題が無ければヴァスコとアベルには俺が話す)
それまで悩んでいたワイアットが決断を下した。
その言葉を聞き、俺の思っていた流れになったと感じた。
先輩であるワイアットが、ヴァスコとアベルの能力を先に知り、それを正しく導いて行く。
これが俺の知る限りの、後輩冒険者育成の流れだ。
「よし、そうしよう」
「そうと決まれば『伝令』だ(笑」
俺の言葉に頷いたワイアットが、俺の伝令依頼を茶化してきた。
「サノスぅ~」
「はぁ~い。直ぐ行きま~す」
ワイアットが手を上げてサノスを呼ぶと、小走りにやってきた。
「すまんが伝令を頼めるか?」
「ワイアット、ダメダメ。娘にこの時間で伝令はダメだよ」
「父さん! 何考えてるの! 酔ってるんでしょ!」
サノスが大声で怒りを表してきた。
ワイアット、サノスの言うとおりに酔ってるのか?
それとも自分基準で考えてるのか?
お前みたいに男の冒険者なら夜の伝令も可能だろう。
だが、日が落ちたこの時間に、未成年の娘を伝令に出すなんてあり得ないぞ!
その後もサノスの怒りは治まらず、こんこんとワイアットに説教を続ける。
ワイアットの向かい側に座る俺まで、ワイアットと一緒に説教されている気分だ。
先程までワイアットと一緒に呑んでいた連中に目をやれば、こちらを指差してコソコソ&ニヤニヤしている。
俺は悪くないぞ。
さっき、俺はワイアットを制したぞ。
そう思いながら、この場をどうやって抜け出そうかと考えていると、騒ぎを聞き付けた給仕頭の婆さんがやってきた。
「サノス! どうしたんじゃ?」
「聞いてください! 父さんと師匠が酔っぱらって、この時間から私に伝令に行かせようとしたんです」
「⋯⋯」
待て待て、俺はサノスの伝令に反対したんだぞ。
ワイアット黙るな、俺が巻き込まれてるんだぞ!
「この時間から伝令?! 日が落ちとるのに何を考えとるんじゃっ!」
「でしょ~でしょ~」
「ワイアット! お前は冒険者としては一流かもしれんが、家族に対しては三流じゃ!」
「うんうん」
サノス。
味方を得たからと仁王立ちで腰に手をやり胸を張るな。
「イチノス! お前もじゃ、腕が良いからって付け上がるな! 店員を大切にせん魔道師なんぞクソの役にも立たん!」
「うんうん」
お、俺まで説教されるの?
「随分騒がしいわね」
エプロンで手を拭きながら、中年の女性が長テーブルに寄ってきた。
俺はこの女性を知っている。
サノスの母親でワイアットの奥さんのオリビアだ。
彼女まで参戦したことで、俺は全てが終わったことを悟った。
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