1-14 ワイアットの言い訳


 サノスが持ってきたエールと引き換えに、俺も含めた周囲の男達全員が木札をサノスへ返して行く。


 皆がエールを手にしたところで、ワイアットが皆に声をかけた。


「イチノスの伝令に乾杯!!」

「「「「「伝令に乾杯!」」」」」


 こいつら何に乾杯してるんだ?


 全員が一気にエールを飲み干す。

 俺も乾いた喉に一気にエールを流し込む。


 うまい!

 やはり風呂上がりにエールは最高だ!

 店舗兼自宅に風呂を設置したら、湯上がりでこれが楽しめるな。

 やはり風呂を設置するか?

 いや、誰か風呂屋の前に酒の呑める食堂を造ってくれるのを待つか?

 ムリムリ、これからの暑くなる季節を考えたら⋯


 そんなくだらないことを考えていると、待ち構えていたようにサノスが声を上げる。


「おかわりの人ぉ~」


「気が利くなぁ~」

「さすがはサノスだ!」

「「おかわりぃ~」」

「ワイアットの仕込みが良いなぁ~」


 ガハガハ ギャハハ


 皆が笑い声を上げながら銅貨を差し出し、先ほどと同じ様にサノスが木札を配って行く。

 全員に木札を配ったサノスは小走りに厨房へ向かい、ここまで聞こえる大きな声でエールの注文を告げている。


「ワイアット、どこに居たんだ?」

「皆で南町の風呂屋だよ」


 俺がワイアットに呼び捨てで問うと、彼はあっさりと答えた。

 サノスの年齢から考えて、ワイアットは俺よりも15歳以上は年上だろう。

 それでもワイアットは『呼び捨てで良い。さん付けとか殿とか様は絶対にやめてくれ』と気さくな一面を見せる。

 こうして年下の俺が呼び捨てにしても、彼は何も言わないし何も顔に出さない。


「皆って⋯」

「「「「「うんうん」」」」」


 長テーブルに着いているのは5人は居る。

 ワイアットを含めれば6人だ。

 その全員が笑顔で頷いている。


 皆の顔を見れば、知っている顔ばかりだ。

 皆が皆、リアルデイルの街でも上位にランクされる冒険者で、俺の店を利用している。


 その知った連中の顔をよく見れば、全員が少し濡れ髪で、やけにさっぱりした顔をしている。


「皆で、全員で南町の風呂屋に行ったのか?」

「おう、もう南町の行き帰りでな(笑」


 ガハガハ ギャハハ


 俺がワイアットと言葉を交わすと、全員が笑い声を出し店内が騒がしくなる。

 周囲に迷惑を掛けてないかと見れば、先ほどサノスに無謀な注文をした男は別の長テーブルに移動していた。

 騒がしくてスンマセン。


「この6人、全員で南町に行ったら騒ぎになるだろ(笑」

「そりゃもう⋯ これだよ(笑」

(((((ニヤニヤ)))))


 俺の問いかけにワイアットが胸の前に手をやり、女性の胸の膨らみを示す仕草をする。

 それに合わせて全員がシナを作り、ニヤついた顔を見せてくる。


 その様子に『何かあったな』とは思ったが、これ以上は突っ込んで聞く気にはなれなかった。


「今度は俺からイチノスに質問だ」


 そう言ったワイアットは、冒険者ギルドのロゴが入った封筒を手に持ちフリフリと振る。


 その時、サノスが声と共にエールを7つ持ってきた。


「はい、お待たせぇ~」


「おぉ~サノスありがとう」

「「よく持ってこれたなぁ~」」

「いつもありがとうなぁ~」

「「ありがとうなぁ~」」


 ワイアットも含めた全員がエールを受け取り、サノスが次々と木札を集めて行く。


 俺も含めて全員の木札を集めたところで、サノスが胸の前で自分のより大きな膨らみを示す動きをする。


 それを見ていた全員がエールのジョッキを持ったままで固まった。


 一方のサノスは知らんぷりをして、俺達が着いている長テーブルから離れて行った。


 俺は固まったままのワイアットに返事をする。


「ヴァスコとアベルだ」

「あぁ~」「なるほど」「ククク」


 俺が二人の名を出した途端に全員がワイアットに目線を集めて、含み笑いのこもった返事をした。


 すると長テーブルに着いていた一人が席を立った。

 続けてワイアット以外の全員がエールのジョッキを片手に席を立った。


「イチノス、そこから先はワイアットから聞いてくれ(笑」

「そうだ、その件はワイアットだ」

「「うんうん」」


 そして最後の一人がワイアットの肩に手をやり呟いた。


「がんばれワイアット」


 気がつけばワイアット以外の全員が、ひとつ離れた長テーブルに移動していた。


「まったく、あいつら⋯」

「ククク、やられたなワイアット」


「まぁ確かに俺が原因だからな。まったく、あいつら」

「ワイアット、話を続けられるか?(笑」


「あ、あぁ良いぞ」

「今日の昼過ぎに、二人が俺の店に来たんだ」


「はぁ~ 本当に行ったんだ」

「まてまて、ワイアットが勧めたんだろ?」


「いや、勧めたと言うか⋯」


 そこでワイアットが言い淀んだ。


 その様子で俺は察した。

 こいつ、ヴァスコとアベルを追い払うために俺の店を勧めたんだな。


「いや、あいつらと南町に行くのに、その⋯ ヴァスコとアベルが着いてきそうで⋯」

「わかった。もう言うな」


「いや、悪気は無かったんだ。あいつらと護衛から戻ってきて、直ぐにヴァスコとアベルに見つかったんだよ」


 ワイアットは俺の制止を聞かずに言い訳を始めた。

 俺はワイアットの言い訳に付き合うのか?


「ギルドに完了報告をしても付きまとわれて、ここでも付きまとわれて、それで言ったんだ⋯」

「見習いが取れたなら『水出しの魔法円』ぐらい持て⋯ とか?」


「すまん。そのとおりだ」


 やはり俺の察したとおりだ。

 ヴァスコとアベルを追い払うためにワイアットは二人に俺の店を勧めたのだ。


「何で俺の店を勧めたんだ?」

「そ、そりゃぁ決まってるだろ。俺らの稼業じゃ『魔法円』と『魔石』でお前以外の店を勧められん」


「それは褒め言葉と受け取ろう」

「イチノスの『魔法円』は魔力操作だか魔素操作だかが出来ないと難しいだろ?」


 これはワイアットの言うとおりだ。

 俺の作る冒険者用の『魔法円』は使用者が『魔素』を操れることを前提にしている。

 だからこそ小型で携帯できる『魔法円』を提供できるのだ。


 なるほど、ワイアットはヴァスコとアベルじゃ『魔素』を操れない、だから俺の店で足止めさせようとしたんだな。


 まったく後輩をもっと大事にしろと言いたいが、グッと堪えることにした。

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