4-10 女性に腕を掴まれて歩けば噂になるよね
「みんなぁ~ いっぱい寄付してねぇ~」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
黒いドレスの女が色香と甘ったるい口調で、野次馬の男共を誘っては寄付金を募っている。
椅子から立ち上がったシスターが、寄付金が集まる度にお礼を述べている。
やることもなく残されたヘルヤさんが、周囲を見始めた時に俺と目が合った。
ヘルヤさんはそっと教会への寄付金を集めるテーブルを離れ、野次馬の輪から出てきた。
「イチノス殿」
「ヘルヤさん、くだらんことで迷惑をかけた」
「いやいや、あやつも捕まったし、シスターの寄付も集まっとるようだ。一石二鳥とは、まさにこの事だ」
そう言うヘルヤさんの後ろから黒いドレスの女の声がする。
「詳しい話はぁ~ お店でねぇ~」
これはヘルヤさんの言う『一石二鳥』以上だろう。
そんなことよりも、俺はヘルヤさんの依頼の件を決めてしまいたい。
「ヘルヤさん、依頼の話をしたいんだが⋯ ここでは人が多い。何処かで話せないか?」
俺がそう告げると、ヘルヤさんが赤髪を広げ満面の笑みを浮かべてきた。
「ありがたい! 私と二人で話がしたいのだな。そうだ! 私の宿でどうだ?!」
ヘルヤさん。それはダメです。
女性の投宿する宿に、俺が行ったりしたら変な噂が立ってしまいます。
「いや、誰かに見られたらヘルヤさんが勘違いされますよ(笑」
「何の勘違いだ?」
俺は冗談を交えて言ったつもりだが、ヘルヤさんには伝わらなかったようだ。
考えてみれば話しなどせずに、ヘルヤさんに『魔鉱石(まこうせき)』を店まで持って来て貰えば済むことだ。
「そうだ、私は店に戻りますので、ヘルヤさんは依頼の準備をして店に来て貰えますか?」
「私の方は準備は出来ている。今直ぐにイチノス殿の店に行こう」
そう言ったヘルヤさんが急に俺の腕を掴んできた。
「えっ? ちょ、ヘルヤさん」
「イチノス殿は、依頼を受けてくれるのだろ? この機を逃がすわけには行かん。さあ行こう!」
ヘルヤさんが俺の腕を掴んだまま、来た道を戻ろうとしている。
魔道具屋の主(あるじ)の捕り物に飽きた野次馬達が、そんな俺とヘルヤさんに視線を移してきた。
「ヘルヤさん、手を離してください」
「いや、離さんぞ。ようやく捕まえたんじゃ離さんぞ!」
何かヘルヤさんのテンションが高い気がする。
(あらあらこっちでも捕まってる人がいるわよ)
(あれって魔導師のイチノスさん?)
(魔道具屋の次は魔導師かよ)
まずい。
野次馬が何かを囁き始めた。
こんな姿を知り合いに見られたら変な噂を立てられてしまう。
いや、そんな心配は不要だった。
ヘルヤさんに腕を掴まれて歩く俺を、腕を組んで並んでニヤニヤ見ている人がいた。
給仕頭の婆さん。
サノスの母親のオリビアさん。
婆さんはわかるけど、どうしてオリビアさんまで居るの?
◆
何とか腕を離してくれたヘルヤさんと、店に向かう道を連れ立って歩いて行く。
ヘルヤさんは俺が依頼を受けることが嬉しいのか、先程の捕り物で魔道具屋の主(あるじ)が捕まったのが嬉しいのか、微妙にテンションが高いままだ。
そんなヘルヤさんが魔道具屋の主(あるじ)の事を聞いてきた。
「イチノス殿は、あの魔道具屋と関わりがあったのか?」
「関わりと言うか⋯」
俺が言い淀むと、ヘルヤさんがあの魔道具屋の主(あるじ)について語り始めた。
「実はあの店には、この街に来て最初に寄ってみたんだ」
「ヘルヤさんは、あの店に行ったんですか?!」
「ああ、この街へ来て冒険者ギルドへ行く途中に、あの店の『魔道具屋』の看板が見えたんだ。魔道具屋なら魔導師が居るかも知れん。同じ魔導師仲間ならイチノス殿を知ってるだろうと思って行ってみたのだ」
「ハハハ あの男に俺の名前を出したんですか?」
「イチノス殿の名を出した途端にすごい剣幕で追い出された。あの男と何かあったのか?」
「ハハハ⋯」
ヘルヤさんの質問にどう答えようかと言葉を選んでしまう。
俺は言葉を選びながら、ヘルヤさんに魔道具屋の主(あるじ)との関わりを話して行く。
「あの店は以前までは別の魔導師⋯ いや魔道具師(まどうぐし)が営んでいたのです」
「ほぉ~その方はどうされたのだ?」
「老夫婦だったのですが、去年の秋にあの男に店を譲って南方の故郷に戻られたと聞きました」
「なるほど。それであの男が後を継いだのか」
俺が店を開く前に、大衆食堂やコンラッドから聞いた話をヘルヤさんに伝えて行く。
このリアルデイルの街に店を構えようと考えた際に、類似の店の評判を調べるのは当然の事だ。
「魔道具屋と魔導師では、幾分、商いの範囲が被るので噂は耳に入ってます。あの男に代わってから良い評判を聞かないですね」
「ほぉ~」
「魔道具の修理を依頼しても預かるだけで直せないとか、『魔骨石(まこっせき)』を『魔石』と偽って売り付けようとするとか、良い評判を聞いたことがないですね」
「それはかなり悪質だな」
そうした噂を耳にし、正直に言って魔導師を騙る魔道具屋の主(あるじ)は競合する相手とは考えなかった。
「ヘルヤさんは魔道具屋でも、魔導師を名乗るならば『魔石』に『魔素』を充填できるのはご存じですか?」
「そのぐらいは知っとるぞ」
「店を開けて暫くして、あの男が『魔石』への『魔素』の充填を打診してきたのです」
「魔道具屋が魔導師に『魔素』の充填を依頼に来たのか? イチノス殿、それは何かの冗談か?」
驚いたような冗談はよせと言うようなヘルヤさんの反応に、俺は補足をつけた。
「いやいやヘルヤさん。魔導師同士ではそれもあり得るのですよ。大きな『魔石』への充填に自信が無い、体調不良で『魔力切れ』を起こしやすい時にはそうしたこともあるのですよ」
「ほぉ~魔導師仲間でそうしたこともあるのだな(笑」
「けれどもあの男は違いましたね」
「どう言うことだ?」
そこまでヘルヤさんに話して、魔道具屋の主(あるじ)が俺の店を訪れた時を思い出し、若干の怒りが振り返してきた。
魔道具屋の主(あるじ)は俺が『魔石』への『魔素』充填ができるとわかると、こんな話を持ち掛けてきたのだ。
『この街では俺が充填を仕切ってるから、お前は下請けになれ。そうすれば充填の仕事は回してやる』
それまでの噂やコンラッドから聞いていた話が繋がった気がした。
この男は魔道具屋の主(あるじ)は魔導師でも魔道具師でも何でもない、ただの破落戸(ごろつき)だ。
結果的に俺は魔道具屋の主(あるじ)の言葉に応えず、丁重にお引き取りを願った。
魔導師を騙る考えや俺を見下す態度に、当時はかなりの怒りを覚えた。
その後もチンピラの様な連中を使った嫌がらせも受けたが、それらの嫌がらせの全てをはね除け、丁重にお引き取りを願った。
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