4-11 歓楽街の店の女の名刺を見たら勘違いするよね
そうした話をヘルヤさんとしながら俺の店舗兼自宅に到着した。
店にサノスが居ることを考え、俺はコンラッドに告げたのと同じことをヘルヤさんに伝える。
「ヘルヤさん。店に入る前に約束して欲しいことがあります」
「イチノス殿、急に改まって何だ?」
「俺の店に店員がいるのは知ってますね?」
「ああ、あの可愛らしい娘だな。『サノス』だったな」
「実は本格的に魔導師として弟子入りしたばかりだ。ヘルヤさんの兄の形見が何かを知るには未だ早いと俺は考えている」
「ほぉ~、イチノス殿はそこまで気を使うのか?」
「なので⋯ ヘルヤさんの依頼については、サノスの前では口にしないで欲しい」
「わかった。十分に注意しよう」
コロンカラン
店の出入口の扉を開けると、いつもの鐘の音が鳴り響く。
この鐘はサノスが着けたのだが、もう少し小さな音(チリンチリン)に換えたいなと思うと、作業場の方から元気な声が聞こえてきた。
「はぁ~い。いらっしゃいませぇ~」
サノスの元気な声が店舗に届くと、店のカウンターにサノスが顔を出してきた。
「あれ? 師匠? お帰りなさい」
「サノス、急で済まんが来客だ。お茶の準備をしてくれるか?」
俺はサノスに告げ、一歩横にずれた。
俺に続いて店に入って来るヘルヤさんを、サノスから見えるように一歩横にずれた。
「おじゃまします」
ヘルヤさんがサノスに声を掛けると、サノスが固まると共に首を傾げた。
「サノス、お客様へのお茶の準備を頼む」
「は、はい!」
俺の声で再起動したサノスが首を傾げたままで作業場に戻って行く。
ヘルヤさんに店舗の椅子に座るように勧めると素直に応じてくれた。
俺も椅子に座り一息入れた所でヘルヤさんが問い掛けてきた。
「イチノス殿は、あの男が街兵士に捕まった理由をご存じか?」
どう応えるべきか?
この街の揉め事に、特にあの男については、あまりヘルヤさんを関わらせたくない感じがする。
「いや、知りません。先程も言いましたが、ギルマスからの提言もありますから、ヘルヤさんもこれ以上は関わらないことをお勧めします」
「おお、そうだったな。奴がどうだろうと知ったことでは無いな(笑」
「それよりヘルヤさんはシスターの話を聞きましたか?」
「おお聞いたぞ。シスターが街兵士にも話していたが、寄付のお願いをしに行ったら巻き込まれたそうだ」
「シスターにしてみれば、とんだ災難ですね(笑」
「最初は店に入るのを躊躇ったそうだが、一緒にいた女性が店内に見えたので寄付のお願いに入ったら巻き込まれたそうだ」
なるほど、南町の店の女がツケの回収をしている所にシスターが訪れて巻き込まれたのか。
「そう言えば、一緒にいた女からこんなものを貰ったぞ」
そう言ってヘルヤさんが黒い小さな紙を渡してきた。
それを受け取り見てみると、南町の歓楽街の店の名と黒いドレスの女の名らしきものが金色の文字で書かれた名刺だった。
─
大人の店 バンジャビ
xxx-xx 南町 リアルデイル
ジュリア
─
あれ?
あの黒いドレスの女の店って、こんな名前だったかな?
「なんでも、この春に店を開けたばかりだそうだ。うまい酒が飲めると聞いたぞ」
ヘルヤさんが酒の話を笑顔でし始めた。
そう言えばこの人、凄まじい酒豪なんだよな⋯
「そうだ、昨日は大衆食堂で楽しんだそうですね」
「ガハハハ イチノス殿は既にご存じか?」
俺は話題を切り替えて、昨日の大衆食堂での話をヘルヤさんに振ってみた。
「最初はギルドに仲介を頼みに行ったのだ。そしたら連中が寄ってきてな、是非とも一献差し上げたいと言われて⋯」
そう言ったヘルヤさんが酒を飲む仕草をする。
その仕草はエールの入ったジョッキを呷(あお)るようで、こんな感じで火酒(ひざけ)を飲んだのだろうか?
「連中は強化鎧が欲しかったんでしょう(笑」
「さすがはイチノス殿だ、よくわかっておる。強化鎧は祖父の作でな。そうだ、イチノス殿の父に贈られたのも祖父が拵えたものだ」
「その節は、ありがとうございました」
「いやいや、結果として生きて返せなかった事が悔やまれる。兄も同じだがな」
「お待たせしました。準備ができました」
そこまでヘルヤさんと話していると、サノスが店舗に顔を出し準備ができたことを伝えてきた。
サノスの案内でヘルヤさんを連れて作業場へと入って行く。
サノスがいつも自分が座る席にヘルヤさんを案内し、俺は自席に落ち着いた。
俺は自席に座りながら、ヘルヤさんから渡された黒いドレスの女の名が記された名刺をどうしようかと思い、取り敢えず机の上に置いた。
サノスが『湯出しの魔法円』に置いたティーポットから、俺とヘルヤさんへ準備したティーカップに緑茶(やぶきた)を淹れてくれる。
「どうぞ」
サノスがヘルヤさんに緑茶(やぶきた)を出すと共に俺にも出すと、先程、俺が机に置いた黒いドレスの女の名刺に手を伸ばした。
それにサッと目を通したサノスが口を開いた。
「イチノス師匠、こちらの女性は⋯」
一瞬、サノスが何の事を言ってるんだと思った。
「いや、そう慌てるな。まずはお客様にお茶を差し上げてからだ。お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
俺がそう告げると、ヘルヤさんはティーカップに手を伸ばし、サノスは黒い名刺とヘルヤさんを幾度も見直し、終にはヘルヤさんを凝視した。
「これって南町のお店ですか?」
「そうらしいな」
呟くようなサノスの言葉に、呟くようにヘルヤさんが答える。
「南町の歓楽街ですか⋯」
「みたいだな」
「大人のお店⋯」
「うまい酒が飲めるらしいぞ」
「バンジャビ⋯」
「南方の名だな」
サノスが名刺に書かれた名を口にする度にヘルヤさんが相槌するように答え続ける。
「ジュリアさん?」
「いや、ヘルヤだが?」
途端にサノスが驚きの顔を見せてきた。
あぁ、こいつ。勘違いしたな⋯
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