12-2 はじめてのおつかい


「サノス、ロザンナと一緒に店を開けてくれるか?」

「は、はい」


 サノスが自分の書いた手紙から目を離し、慌てて立ち上がる。

 ロザンナもそれに続いて店舗へと向かった。


 店を開けるといっても、掃除が終わっていれば出入口の扉に掛かった看板を『開店』に返すだけだ。

 作業場に差し込む朝日の感じからして、店の窓のブラインドは全て上げられているだろ。


 直ぐに作業場へ戻ってきた二人へ声をかける。


「サノスは洗い物を終わらせてくれるか? ロザンナは魔法円を出してくれ」

「「はい」」


 サノスが台所へ向かい、ロザンナが棚から薄紙に包まれた『魔法円』を取り出し、作業机の上に置いてきた。

 ロザンナには申し訳ないが、一目見て薄紙がきちんと張れていないのがわかる。

 薄紙には円形に皺が寄っており、型紙を作るには厳しい状態と言えるだろう。


「やっぱり、ダメですか?」


 ロザンナの問い掛けを耳にしながら、指先で薄紙に触れてみる。

 薄紙に皺が出来ていて、何ヵ所か魔法円から薄紙が浮いているのがわかる。

 これではある程度の魔法円を描く型紙にはなるだろうが、描き上げた後にかなり調整が必要になるだろう。

 そんな型紙では作っても意味が無い。


「う~ん 厳しいな」

「はぁ~」


 ロザンナ、溜め息をつくと幸せが逃げるぞ(笑


「そんなに落ち込むな。最初は皺が寄るのが当たり前なんだ」

「そ、そうなんですか?」


「皺が出来るのは薄紙の状態や乾き具合にもよるんだ。一番は天気かも知れないな。ロザンナが悪い訳じゃないからな」

「霧吹きに失敗した訳じゃ無いですよね?」


「まあ、それもあるな(笑」

「⋯⋯」


 ロザンナには厳しい言葉かもしれないが、やり直しが効くなら何回でも挑戦してもらった方が良いだろう。

 昨日は午前中が雨だったから、その影響もあったと思うぞ。


「とにかく、この状態で型紙を描いても後で苦労するな。新しいので包み直して、もう一度やり直そう」

「はい!」


 ロザンナが返事をするなり、洗濯バサミを外して薄紙を剥いて行く。

 全ての薄紙が外され、魔法円が姿を見せたところでサノスが洗い物から戻ってきた。


「あぁ、やっぱりダメでしたか⋯」

「そうだな。もう一度、ロザンナに頑張ってもらおう。サノス、薄紙で包むコツや霧吹きにコツがあれば教えて良いぞ」


「えっ! 良いんですか?!」


 若干、驚き気味な返事をするサノスへ念を押す。


「但し、サノスは教えるだけで手を出すなよ。実際にやるのは、あくまでもロザンナにしような」

「そうですね。そうしないとロザンナが覚えれませよね」


 サノスもそれなりに昨日教えたことを理解してくれたようだ。


「じゃあ、俺は2階で仕事をしてくるから、その間にロザンナに教えてやってくれ」


「はい! ロザンナ、薄紙を出して」


 早々に二人で作業を始めたのを見届け、俺は2階へと向かった。



 まずは寝室へ向かい出掛けるための服装に着替えた。

 続けて書斎の魔法鍵に魔素を流して解除する。


 書斎机の椅子に座り今日の予定を考えて行く。

 一通り考えが出たところでメモ用紙に書き出してみた。


●ローズマリー先生

 ・シーラの治療に使う魔石を届ける

  ? 何処へ届けるか


●冒険者ギルド

 ・対物障壁の魔法円

  ⇒俺が手紙を書く


 ・イスチノ爺さん

  ? サノスの手紙

  ⇒謝礼を添えて出す


 ・薬草の手配

  ⇒手配を依頼する

  ? 採取に行く


 ・魔法円の商談

  ⇒購入か貸出しか


 ・魔石の調達

  ⇒入札情報の入手


 そこまで書いて、冒険者ギルドで他の用事が無いかをもう一度考える。

 しばらく考えてみたが思い付かない。


 そこで冒険者ギルドから意識を少し離してみる。

 そうだ、雑貨屋で急須が欲しかったんだ。

 雑貨屋での用事を書き出して行く。


●雑貨屋

 ・急須を購入(2杯分ぐらい)

 ・傘の購入(壊した傘)


 今日の予定はこのぐらいだな。

 書き出したメモを読み返して、俺がここでするべき事を見直す。


 まずは研究所時代の元同僚への手紙だな⋯



 書き終えた手紙と今日の予定を記したメモ書きを片手に階下へ降りると、サノスは型紙作りに精を出し、その隣でロザンナが静かに本を呼んでいた。


 作業机の上に、ロザンナが描く予定の魔法円が見当たらない。

 どうしたのだろうかと棚へ目をやると、薄紙に包まれ洗濯バサミで止められた魔法円らしき物が置かれている。

 どうやら早々に包み終えて、霧吹きで霧を吹いたようだ。


「ロザンナ、もう霧を吹いたのか?」

「はい、後は乾くのを待つだけです」


 そうなるとロザンナの当面の仕事が無くなるな。

 そうだ、ローズマリー先生へ届ける魔石はロザンナにお願いするか?


「それなら、ロザンナは手が空いているな?」

「はい、何かありますか?」


「ローズマリー先生へ魔石を届けて欲しいんだ」

「へ? 先生? お祖母ちゃんに魔石を届けるんですね(笑」


 つい、『ローズマリー先生』と言ってしまう俺にロザンナが少し含み笑いだ。

 そう言うロザンナも『お祖母ちゃん』と『ちゃん』で呼び始めてるぞ(笑


「まぁ、ローズマリー先生は治療回復術師なんだから『先生』と呼ぶことは許してくれよ」

「はい。けど、今は半分引退してますよ(笑」


 ん? 半分引退ってなんだ?


「半分引退?」

「お祖父ちゃんからの依頼や、ギルマスからの依頼しか受け付けてないんです」


「ほぉ~ 一般からの依頼は受け付けてないんだ?」


「ローズマリー先生の診療所は1年前に閉めたんです」


 それまで静かだったサノスが割り込んできた。


「さすが先輩、よく知ってますね」

「父さんみたいな冒険者は、ケガをしたらローズマリー先生に治してもらうしかないでしょ?」


「じゃあ、先生は今はどうしてるんだ?」

「家にいることが多いですね。そうだ、今日は予約の患者さんがお昼に来るって言ってました」


 予約の患者=シーラの事だな。


 昼に来るなら⋯

 俺は手にしたメモを読み返し、やはりロザンナに魔石を届けてもらう事にした。

 先に冒険者ギルドへ行くと、色々な話に巻き込まれて昼までに届けられない気がする。

 それに先にローズマリー先生へ届けるにしても、届け先がご自宅だと少し気が引ける。


「じゃあ、ロザンナ。魔石を先生に届けてくれるか? 多分だが昼からの患者さんに使う奴だから昼までに届けてくれるか?」

「はい、わかりました」


 ロザンナが読んでいた本に栞(しおり)を挟み本棚へ戻して行く。

 俺は魔石を納めた棚から『オークの魔石』を1つ取り出して少し考える。


 1つで足りるのか?

 2つ渡した方が良いのか?

 1つで足りなければ2つだよな?

 そもそも2つで足りるのか?


 どうもローズマリー先生がシーラへ施す治療回復魔法で、どのぐらい魔素を消費するかがわからない。

 俺の回復魔法を基準にすれば1つで十分だと思うが⋯


 えーい、何を迷うんだ。

 足りなければ追加して、足りたら返してもらえば良いだけだ。


「サノス、店から魔石入れの袋を2つ持ってきてくれるか?」

「2つですか?」


「そうだ2つだ」


 何でサノスが『2つ』と聞いて声を出すんだ?

 『オークの魔石』を2つはサノスには多いかもしれないが、大切な学友であるシーラの治療に使うんだ、俺は出し惜しみをする気はないぞ。


 サノスが店から持ってきてくれた袋に1つづつ魔石を入れて袋の紐を閉じて行く。


「ロザンナ、まずはこの2つを届けてくれるか?」

「えっ? 2つもですか?」


 ロザンナも2つと聞いて、サノスと同じ反応をしてくる。


「まあ、それだけ大切な患者さんなんだ。俺にとってもローズマリー先生にとっても大切な人なんだよ」


「えっ? 師匠の『大切な人』?」

「お祖母さんの『大切な人』?」


 そこまで言ったサノスとロザンナが互いに顔を見合わせた。


 お前ら変な勘違いをするなよ。

───────────

一旦お休みいたします。

次の更新は2月10日(金)5時の予定です。

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