王国歴622年5月24日(火)

12-1 新人従業員の初出勤


・魔物討伐6日目 ⇒ 一時延期

・薬草採取解禁(護衛付き)

───────────────


 階下のガタガタする音で目が覚めた。


「師匠! 起きてますかぁ~」


 サノスの声が聞こえる。

 ベッド脇の置時計を見れば8時前だ。


 カーテン越しの外光は既に明るく、しっかりと日が昇っている感じがする。

 どうやら天気は悪くない感じだ。


「起きてるぞ~」


 俺はサノスへ応えたつもりだが、当のサノスから返事はない。まあ、いつものことだよな(笑


 昨夜はワイアットやその仲間達をからかった後、皆が古代遺跡で夜営した話を聞き出せた。


『イチノス、詳しい話はギルドで聞けるぞ(ニヤリ』


 そう笑ったワイアットの言葉で古代遺跡に関する話は幕を閉じた。


 まあ、俺もギルドの公表を待つと言った手前、これ以上はワイアット達から聞けないからな。


 それにしても、あいつらの勘違いは婆さんが発信源だとつくづく感じた。


『今夜はお前らが奥様から襲われろ』

『ギャハハハハハ』


 そうした賑やかさで、一際(ひときわ)うるさい集まりだったと思うぞ(笑


 そんなことを考えながら着替えを済ませ階下へと降りて行く。

 たまった尿意を済ませようとすると、ロザンナがお手洗いを掃除していた。


「イチノスさん、おはようございます」

「おはよう、ロザンナ」


「すまんが使って良いかな?」

「はい、終わったところです」


 どうやらお手洗いの掃除はロザンナの仕事になったようだ。


 無事に用を済ませて作業場へ向かう途中、台所を覗けばでロザンナが手を洗っており、サノスは御茶を淹れる準備をしていた。


「サノス、おはよう」

「師匠、おはようございます」


 作業場へ入り自席に着くと、俺を追いかけるように、サノスが両手持ちのトレイにティーセットを乗せて入ってきた。

 その後ろからロザンナが顔を出してくる。


「イチノスさん、改めて挨拶させてください」


 ロザンナの急な言葉に戸惑うが、これはイルデパンやローズマリー先生の言い付けだろうと受け入れることにした。


「今日からお世話になるロザンナです。よろしくお願いします」

「はい、ロザンナ。よろしくね」


 パチパチ パチパチ


 俺が応えるとサノスがロザンナを称える拍手をしてくる。

 顔を上げたロザンナは少し照れた顔だ。


「さて昨日も話したけど、まずは朝の御茶をお願いできるか?」

「はい、よろこんで♪︎」


 ロザンナが元気な返事と共に御茶を淹れ始めた。

 それを見守るように眺めるサノスへ声をかける。


「サノス、店の掃除は終わってるのか?」

「はい、ロザンナと一緒に店の外も中も終わらせました。直ぐに開けますか?」


「いや、まずはみんなで御茶を飲んでからにしよう。サノスが店の開け方をロザンナに教えてやってくれるか?」

「そうですね。ロザンナ、御茶を飲んだら一緒に店を開けよう」

「はい、よろしくお願いします」


 ロザンナは返事をしながら『魔法円』に魔素を流して行く。



 ロザンナが淹れてくれた御茶を飲みながら、今日の二人の予定を確認する。


「今日は何時からギルドへ行くんだ?」

「それですけど、もう私とロザンナの出番は無くなりました」

「うんうん」


 出番が無くなった?

 そう言えば討伐が延期になった話をしていたな。

 そうか、昨日の昼前は雨だったから薬草採取が出来なくて漬け込みが出来なかったのか。

 それでも今日の午後は漬け込みがありそうだが⋯

 あぁ、討伐が延期になったからポーションその物の需要が下がってるのか。


「昨日の夜、魔物討伐が延期になった話は聞いたが?」

「それもありますけど、昨日帰りがけにロザンナと一緒に雑貨屋へ寄ったら、キャンディスさんに言われたんです」


「雑貨屋で? キャンディスに?」

「『魔法円』と『鍋』をしばらく貸して欲しいって言われました」

「うんうん」


「見習いの何人かが手を上げたそうです」

「アグネスにタージとソージの3人ですね」


 手を上げた?

 もしかして、ポーションの原液作りに、手を上げた見習い冒険者がいると言うことか?


 アグネス? タージとソージ?

 聞いたことが無い名前だな。

 サノスやロザンナの後輩なのだろうか?


「もしかして、ポーションの原液作りに見習い冒険者の何人かが手を上げたのか?」

「「そうです」」


 どうやら正解のようだ。


「師匠、それでキャンディスさんから水出しと湯沸かしの魔法円の値段と貸出し料金を聞かれました」

「うんうん」


 サノスとロザンナの話から、それとなくだがキャンディスの考えが読めてきた。

 朝から見習い冒険者に薬草採取を頑張ってもらい、昼には研修所で食事をしてもらう。

 昼過ぎからはポーションの原液作りで薬草の選別と漬け込みをお願いする。

 漬け込みが終わったら煮出しをして、仕上げを教会長とシスターにお願いする。


 こうした仕組みが作れるなら、ギルドはより安定してポーションが手に入る。

 見習い冒険者は、伝令の仕事が無くて冒険者ギルドで待ちぼうけも減らせる。

 なかなか考えている感じだな。


 この仕組みの中でサノスが模写した『水出しの魔法円』と『湯沸かしの魔法円』は確かに必要だ。

 今はサノスが持ち込んでいるが、サノスがポーションの原液作りに参加しなくなれば、返却してギルドとして準備する必要がある。

 それならば冒険者ギルドで購入しようと言うわけだな。


「わかった。冒険者ギルドでキャンディスと話し合ってくるよ」


 昨日のイルデパンからの話もあるから、王都の元同僚へ手紙を出す必要もあるし丁度良いな。


 ん?

 サノスがニヤニヤしているな。


「サノス、どうしたんだ? 何か良いことでもあったのか?」

「師匠、いつ頃、キャンデイスさんに売れます?(ニヤニヤ」


 ははーん。

 さては製作者利益の金貨を早く欲しいんだな?


「わかった。御茶を飲んだらギルドに行ってくるよ。その結果を楽しみに待ってろ(笑」

「へへへ」


 サノスが嬉しそうだ。

 まあ模写した魔法円が売れて利益が得られるんだ。

 それなりに嬉しいのも頷ける。


 魔法円が売れた利益と言えば、サノスは隣街のイスチノ爺さんに御礼の手紙と謝礼は送ったのだろうか?


「サノス、聞いて良いか?」

「何ですか?」


「隣街のイスチノ爺さんに御礼の手紙と謝礼は送ったのか?」

「ギクッ!」


 マグカップを持つサノスの手がピタリと止まった。

 これは未だ何もしていないのだろう。


「て、手紙は書きました⋯」


 そう言ってサノスがカバンの中をゴソゴソし始めた。

 そして取り出した手紙を見せてきた。


「自分なりに書いてみました。師匠の確認が必要と思って未だ出してないんです」


 まあ、そう言うことにしておこう(笑


「サノスが自分で書いたんだ、俺の確認は不要だろ? サノスの気持ちが伝われば良いと思うんだ。このまま俺がギルドで出してくれば良いな?」

「い、いやいや、師匠、ちょっと待ってください。もう一度、見直します!」


 サノスが慌てて手紙を持った手を引っ込めた。


「わかった。昼前にはギルドに行くから、頑張って見直せよ」


 俺の言葉を聞く前にサノスが手紙を読み返し始める。

 そんな忙しないサノスと違って、ロザンナは落ち着いた感じだ。

 そういえば、霧を吹いたロザンナの魔法円はどうなったんだ?


「ロザンナ、薄紙は乾いたのか? もう見たんだろ?」

「はい、サノス先輩と話し合って、イチノスさんに見てもらう事にしたんです」


「わかった。御茶を飲んだら見ようか」

「ありがとうございます」


 そう答えたロザンナだが、ちょっと自信が無い感じだ。

 まあ、1回目から上手く行くわけが無いからな(笑


 そう言えばロザンナは魔石と魔素の関係を、ローズマリー先生から聞いたのだろうか?


「ロザンナ、ローズマリー先生から、魔石と魔素の話で何か言われなかったか?」

「魔石の話をされました。前にも聞いてたんですが、家の魔石は祖母が魔素を充填してたと聞かされました」


「そうか、ロザンナは魔石と魔素の仕組みはわかったんだな」

「はい、わかりました。『こうしたことも覚えてないと恥ずかしいわよ』って叱られちゃいました(てへ」


「まあ、そうだな。これからローズマリー先生の言うことは、きちんと覚えた方が良いぞ(笑」


 ロザンナが恥ずかしそうな顔で照れ笑いをしてくる。

 まあ、ロザンナはこれから色々と新しいことを覚えるんだ。

 新しい事を学ぶ都度に幾多の事を感じるし体験するだろう。


「さて、御茶も飲んだし店を開けるか」

「はい!」

「⋯⋯」


 俺の言葉にロザンナが元気に返事をし、サノスは自分の手紙を食い入るように見詰めたままだった。

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