11-17 調査隊が戻ってました
─
『入浴料変更のお知らせ』
燃料費高騰を受け来月1日より入浴料を以下のとおりに値上げさせていただきます。
皆様にはご迷惑をお掛けしますがご理解とご協力をお願いします。
─
風呂屋の受付に貼られた入浴料改定のお知らせを横目に入浴料を支払う。
収納棚の鍵を受け取ると男湯の脱衣所から聞き覚えのある声がする。
脱衣所に足を踏み入れると、ワイアットとその仲間の三人が着替えていた。
「よう! イチノス」
「ワイアット、無事に戻って来れて何よりだ」
「おう、無事に帰って来れたぜ」
「泊まりだったみたいだな」
「まあな」
ワイアットが濁した感じの返事をしてくる。
確かにここには他に客も居るから詳しく話すのは良くないな。
どうせ揃って食堂へ行くだろうから、そこで話が聞ければ良いか。
「ワイアット、この後で食堂へ行くよな?」
「もちろんだ!」
「わかった、俺も行くから」
「おう、イチノスの分も席を取っとくからな」
「じゃあ、また食堂で」
「イチノス、またな」
「先にやってるぞ」
ワイアットとその仲間達は連れ立って出て行った。
ワイアット達と入れ替わるように服を脱ぎ、まずは蒸し風呂を楽しむ事にした。
いつもの流れで、蒸し風呂⇒水風呂⇒広い湯船の順番だな。
サノスがワイアットは『討伐調査』だと言っていたから、それから戻って来れたのだろう。
昨夜は霧雨だった。
雨の中での夜営は、かなり大変だっただろう。
あの面子で行ったとすれば、ほぼ確実に魔の森で発見されたという古代遺跡の調査だろう。
古代遺跡について、俺がここまで聞いた話を整理すると、魔の森での討伐にワリサダとダンジョウ、それにお供の何人かが参加して、住み着いていたゴブリンを殲滅したことから始まる。
そのゴブリンが住み着いていたのが古代遺跡なのだろう。
その付近の詳細は、この後の食堂でワイアット達から聞ける話だけを聞こう。
それにしても、今日の会合にシーラが来ていたのには驚いた。
シーラと最後に会ったのは、魔法学校の卒業間近の年末だったよな。
新年を迎える前、冬休みに入る前だな。
そうだ、思い出してきたぞ。
冬休みを終えて学校へ行くと、シーラがいなかったんだ。
以前から将来は家業を継ぐだろうとシーラは言っていた。
年末から年始にかけての冬休み、シーラは公爵領の実家へ帰省すると言っていた。
あの時は帰省したシーラが実家でつかまって、戻って来るのが遅くなっているだけだと思っていた。
その数日後だよな、風の噂でシーラが休学したと聞いたんだ。
卒業を間近に控えてのシーラの休学はいろいろと考えたが、何より一緒に卒業式に出られないことが寂しく思ったな。
学校の成績は常にシーラが一番で俺は2番目だった。
シーラが休学して、いきなり俺が卒業生の総代に選ばれて、答辞を用意したり式の流れを覚えたり、思い出したくもないことをしたな。
それも今では、いい思い出だな(笑
突然のシーラとの再会は、魔法学校時代が甦るようで嬉しいの言葉しか浮かんで来ない。
でも、再会したシーラが極端な魔力切れを経験しているのには驚きだ。
髪があんなに白くなっているのは本当に気になる。
シーラに何があったのだろうか。
ローズマリー先生の診察によると、10日ほどの治療で髪の色は元に戻ると聞いた。
その程度で済んで本当によかったと思う。
シーラは来月からの相談役で共に働く仲間だから、体だけは大事にして欲しい。
そうだ、明日の朝一番にシーラの治療に使う魔石をローズマリー先生に届けるのを忘れないようにしないと。
あれ? 届ける場所は何処だ?
ローズマリー先生のご自宅か?
それとも先生が構えている診療所か何処かへ届けるのか?
まあ、ロザンナかサノスに聞けばわかるだろう。
他に明日の用事はあっただろうか?
そう思いながら水風呂で体を冷まし、広い湯船に浸かり明日の用事を思い出す。
コンラッドからの木箱の返事は来たのだろうか?
今日の会合にコンラッドが居たぐらいだから返事はまだ先だろう。
明日は火曜日だよな。
冒険者ギルドのキャンディスが、魔石の入札の公表が火曜日と言っていた気がする。
そうだ、研究所の元同僚に魔法筒の対策について問い合わせる手紙を書かないと。
今のところ考えれる対策は対物障壁ぐらいだな。
確か国王の安全を守るために、研究所で対物障壁の魔法円を研究していたはずだ。
他に対策はあるだろうか?
魔法筒を発動させるために魔石を使っているなら、何か出来るかもしれない。
魔石を持っているかを調べる方法も、研究所では考えていたはずだ。
だが、魔石を使わずに体内魔素を使って魔法筒を発動するとなると対策が難しくなるな。
あそこで見せられた魔法筒が魔石を使っていたかを、イルデパンから聞き出すべきだった。
それにしても、このところ店の商売のために何もしていない気がする。
昼前に考えていた試作品も作りたいな。
それにそろそろ、ポーション作りの薬草の手配が必要だな。
研究所の元同僚に手紙を出すのに冒険者ギルドへ行くから、一緒に薬草の手配をお願いしよう。
いや、ロザンナと一緒に薬草採取へ行くのも良いかもしれないな。
どうせなら、サノスも誘って皆で薬草採取に出掛けるのも悪くないな。
他に何かなかっただろうか?
勇者の魔石の件はなかなか進まないな。
母(フェリス)から依頼されて、コンラッドの教えで教会長と話して頓挫した感じだな。
今ここで再整理して対策を練り直さないと、何も進展しない気がするな。
そこまで考えて、体がエールを求め始めたのを強く感じた。
◆
風呂屋から大衆食堂へ向かう通りの角、ガス灯の下に簡易装備の人影が見えてきた。
イルデパンと若い街兵士と出会った場所だ。
今夜も街兵士が二人で立っている。
「「イチノス殿!」」
二人の側に寄ると、二人一緒に王国式の敬礼をしながら声をかけてきた。
顔を見れば、二人とも何処かで会った気がする街兵士だ。
俺の名を呼ぶと言うことは、二人は俺を知っているということだよな。
向こうが俺を知っていて、俺が知らないというのは何とも不思議な感じだ。
それでもここは労いの言葉を二人に掛けるべきだな。
「巡回、ご苦労様です」
「「はっ! ありがとうございます」」
この二人が巡回班ならば、一応、俺の行き先を伝えておいた方が良いな。
昨夜の襲撃事件のことも考えれば、街兵士の巡回班には自分の居場所を報せておくことが懸命だな。
立番を交代した街兵士が巡回班に知らせると言っていたが、詳細までは知らないだろう。
「すまないが、これから大衆食堂で食事して帰るよ」
「「はい、了解しました」」
「君らのような精鋭の街兵士のおかげで、こうして安全に過ごせるよ。じゃあ、頑張ってね」
「「ありがとうございます!」」
二人の声を背に受けながら、俺は大衆食堂へと向かった。
◆
「イチノスさん いらっしゃ~い」
給仕頭の婆さんがいつものように迎えてくれる。
店内を見渡せば空いている長机は1つぐらいだ。
冒険者達が気の合う仲間と集まり杯を交わしている。
良く見れば商人が混ざっている長机も2~3あるし、商人達だけの長机もある。
以前の大衆食堂の様相に戻った感じだな。
「忙しそうだな」
「一時延期だってさ」
婆さんが言わんとしてるのは、魔物討伐の延期のことだろう。
今日の会合で出された、魔の森で発見された古代遺跡への探索を禁じる公表からすれば、冒険者ギルド主導での魔物討伐を一時延期するのは頷ける。
ワイアットやその仲間達以外の冒険者が古代遺跡へ近づくのを避けるには、冒険者ギルドはこうした策しか取れないだろう。
馬車軌道の敷設を考えれば、近日中に冒険者ギルド主体で再開する可能性は高いが、今は一時延期が最良だろう。
「イチノスは、エールと串肉だね」
婆さんにいつもの注文を通して代金を支払い木札を受け取ると、婆さんを呼ぶ声が掛かる。
「おーい! エールを頼む!」
「ハーイ」
冒険者だか商人だかの声に婆さんが反応して走って行く。
改めて店内を見渡すと、いつもの長机に座ったワイアットが手を振っているのが見えた。
ワイアット達の座る長机に着けば、皆が何やら変なことを口にしてきた。
「イチノス、随分と長風呂だな(笑」
「隅々まで磨いてたのか?(笑」
「今夜も頑張るのか?(笑」
「昨日の夜はどうだった?(笑」
こいつら、言葉の端端(はじはじ)が笑ってる気がするぞ。
もしかして、昨日の夜に俺がヘルヤさんと一緒に帰ったことで、婆さんから何か吹き込まれたか?
ヘルヤさんとは何も無く、南町のヤクザに襲われたのだが、そこまでの話は婆さんの耳にも入ってはいないのだろう。
少しからかってやるか(笑
「いやあ、昨日の夜は大変だったよ」
「「うんうん」」
「「それでそれで」」
「襲われたんだ」
「襲われた?!」
「「おいおい」」
「す、すげえな」
ククク
どうやらこいつら、俺がヘルヤさんに襲われたと思ってるな?
もう少しからかおう(笑
「そういう皆はどうなんだ? 襲われなかったのか?」
「無い無い」
「雨だけが厄介だったな」
「それより襲われた続きは?」
「そうだよ勿体ぶらないで続きを聞かせろ!」
うん、やっぱりこいつら勘違いしてるな(笑
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます