11-16 相談役へ相談


「こうした代物からリアルデイルの街を、そしてウィリアム様を守る方法を考えて行きたいのです」


 イルデパンの相談とは『魔法筒』の脅威から、ウィリアム叔父さんの命やリアルデイルの治安を守りたいと言う、実に街兵士らしいものだった。


 飛び道具として考えれば、長弓と短弓(ロングボウ、ショートボウ)による殺傷行為も考えられる。

 弓の類いならば携行や運搬している時点で、見た目で対応も取れる。

 実際に各四方の関では、そうした飛び道具の街中への持ち込みは禁じているのが事実だし、関に立つ衛兵や街兵士が止めている。


 ところが、イルデパンに見せられた魔法筒では、俺の伸縮式警棒と同様にマントの中に隠し持たれると関で防ぐことが困難だろう。

 現時点では、厳密な持ち込み検査を行うぐらいしか対策が取れないだろう。


「イルデパンさん、領主であるウィリアム様は何かを考えているのですか?」

「長官のアナキン様と話し合い、魔法筒の製造や所持を禁じる領令を出そうとしております」


「そうですね。まずはそこからになりますよね」


 なるほど。

 既にウィリアム叔父さんも街兵士長官も動き出しているということか。

 ということは、この机の上にある魔法筒は、これから出される領令による取り締まりをすり抜けた物ということになるのだろう。

 こうした代物は既にどのくらいリアルデイルに持ち込まれているのだろう。


「アナキン様はウィリアム様の領令発布に大賛成で、同時にストークス領でも発布されるようご実家に強く働きかけて行くそうです」

「それは素晴らしいことですね」


 リアルデイルはストークス領への入口でもあるから、この街で禁じられれば南方のストークス領にも持ち込むことは困難になるだろう。


 更に踏み込んで考えれば、隣のランドル領でも取締の対象に出来ないだろうか?

 王都からランドル領へ入ってくるのを防ぎ、更にはランドル領からウィリアム領へ入ってくるのを防げれば、このリアルデイルへ入ってくることは稀になるだろう。


「隣のランドル領はどうですか?」

「イチノスさん、ウィリアム様と同じ考えですね(笑」


「はぁ?」


 イルデパン、急に変な事を言わないでくれ。

 何とも返事がし辛いだろ(笑


「明朝、その件でマイク様とジェイク様へ早馬が出る予定になっております」

「東方へも西方へも手配すると言うことですね」


「そうなりますね」


 これ以上の魔法筒流入を防ぐには、このぐらいしか現段階では手が打てないだろう。

 まずは領令で『魔法筒』が違法なものとして取り締まって行くことには俺も賛成だ。


 だがそれでも、こうした代物はどうしてもこの街へ入って来てしまうだろう。


 実際に南町のヤクザが所持していたぐらいなのだ。

 自衛用として街道を行き交う商人達が欲しがるだろうし、冒険者の中にも欲しがる者は現れるだろう。


 これが作られたという王都ではどうなのだろうか?

 国王を守る近衛騎士団では何らかの対策をしていないのだろうか?


「既に王都でここまでの物が作られているのなら、近衛騎士団で何らかの対策が練られているやもしれませんね」

「そうですよね。そちらについては私からも王都の知人へ問い掛けてみます」


 それとなく話が進んだ気がするのだが、何かが心に引っ掛かる。

 何だろうこの感覚は⋯


 待てよ。

 この考えには何処か欠けている気がする。


「イルデパンさん、何かが欠けている気がします」

「イチノスさん、まだ不十分ですか?」


「王都で作られた物が、そんなに易々と南町のヤクザに届くのでしょうか?」

「やはりイチノスさんは、そこに気がつきましたか⋯」


 俺の気付きにイルデパンが同意してきた。


「そもそも、この大きさの魔法筒なんて私は見たことがありません」

「イチノスさんもですか、私もです。きっと最新式の物だと思われます」


「そんな新式の代物を南町のヤクザが易々と手に入れるとは思えません」

「さすがですね。イチノスさんは気付かれたのですね」


「もしかして王都方面に何らかの作意を持った者、こうした代物を南町のヤクザに渡せる支援者がいるということですか?」

「⋯⋯」


 そこでイルデパンが押し黙った。

 これはイルデパンの捜査中の部分に足を踏み入れてしまったか?


「だとすると、詳しくは話せない部分ですか?」


 俺はイルデパンが話さないことを理解した上で問い掛ける。


「はい、現段階では話せません」

「わかりました。その部分はイルデパンさんの仕事の範疇ですね」


「イチノスさんに話せるのは、暫くは警護が続くことだけです(笑」

「ククク わかりました。皆さんの警護のおかげで、こうして生きてられますからお任せするしか無いですね(笑」


「ククク」「ハハハ」


 これ以上はイルデパンの領分なのだろう。

 俺からは踏み込むべきではないということだな。


「では、私も研究所の元同僚へ手紙を書いてみます。さすがにイルデパンさんのようにこの街の治安までは守れませんが、ウィリアム様の安全は確保したいですからね」

「ご協力に感謝します」


 現段階で俺が出来るのはこのぐらいだろう。

 イルデパンの近衛騎士団からの話と、俺の聞き出した話を組み合わせて、何らかの手段を考えるしかないな。


 それにしても、まだまだ警護は続きそうだ。

 店の前の簡易テントはいつまで続くのだろう。

 イルデパンの口調だと先が見えないな。


「警護の話で思い出しました。店先の簡易テントは、少々、物々しいですね」


 イルデパンが考えた警護策に何かを言うつもりはないが、俺はダメ元で問い掛けてみた。


「気になりますよね。今暫くは我慢してください。そうですね来月の中頃までは我慢してください」


 来月中頃か⋯

 まあ期日が決まってるなら、急かす必要もないだろう。

 そう思っているとイルデパンが話を続けた。


「イチノスさんの店の反対側に空き家がありますよね?」


 確かにイルデパンの言うとおりに、道を挟んだ反対側の区画、そこの角の家は空き家だったな。


「そこに来月の中頃に交番所が出来るんですよ」


 まて、イルデパン。

 交番所って街兵士が朝昼晩と交代で立ち続ける場所だろ?

 それをあそこに作るというのか?


「イルデパンさん、それは⋯」

「イチノスさん、勘違いしないでくださいね。今回の襲撃が理由じゃないですよ」


 イルデパンが言い訳するように説明を続ける。


「今回の襲撃前、以前から交番所の新設は予定されていたのです。住民の要望と街兵士の運用を見直して、少しだけ順番の入れ換えはしましたが(笑」


 うーん⋯ それは本当に順番を入れ換えただけなのか?


 『街兵士の運用』は西町街兵士の都合だろう。

 微妙に『住民の要望』に引っ掛かりを感じるぞ。


 『順番の入れ換え』は、複数件の交番所設置の順番を入れ換えたということだろう。

 もしかして、あの空き家に設置するのを最優先にしてるんじゃないのか?

 ロザンナが俺の店で働く前提を組み込んでいないか?

 いや、そうだとしたら動きが早すぎるな。

 公私混同をしているわけではないということか⋯


「ですので、来月の中頃にはテントを撤去します。それまでは辛抱してください」

「はぁ、そうですか⋯」


 まあ、サノスとロザンナの事や周辺住民の安全を考えれば治安が良くなるのは良いことだ。

 ここで俺が何かを言うのも筋違いだな。


 いや、待て待て。

 俺は毎日毎日、交番所に立つ街兵士へ敬礼をすることになるのか?

 労いの言葉を、毎日毎日、考えるのか?



 イルデパンとの話し合いを終えて家路に付くことなった。

 結局、店への帰り道は2名の護衛付きだ。


「イチノスさん。申し訳ありませんが立番の交代もありますので2名付けさせていただきます」


 何とも断れない理由を口にするイルデパンの申し入れを俺は受け入れるしかなかった。

 イルデパンに呼ばれて来た街兵士は二人とも若手で、俺の記憶には無い二人だった。


 二人の護衛と共に西町幹部駐兵署を出ようとすると、入口で立番をしている街兵士が敬礼を出してきた。

 突然の敬礼で労いの言葉が出ない俺は、微笑みで誤魔化してしまった。


 東西に走る大通りをしばらく進み前を歩く街兵士に聞いてみる。


「ちょっと教えて欲しいんだが」

「はい、何でしょう?」


「昼の会合の時と違って敬礼してくるのは何かあったのか?」

「昼から会合終了まで敬礼と出席者の名を呼ぶのを禁じられていたのです」


 緊張気味な返事に、やはりそうした勧告が出てたんだなと納得する。

 そうなると、今日これからや明日から、延々と敬礼をするの日々が続くのか⋯


 まあ、彼らのおかげで街をフラフラ歩けるから致し方ないよな。

 諦めて開き直ろう、暫くすれば彼らも敬礼に飽きるだろう。確証は無いがそう思いたい。


 東西に走る大通りの両側には等間隔でガス灯が並び、そのどれもが主の捕らえられた魔道具屋の前にあるのと同じように明るい。

 そんな明るいガス灯が中央広場まで続き、リアルデイルがそれなりの街であることを実感させてくれる。


 数日前に西町幹部駐兵署へ来た時には、この通りは歩かなかった。

 今回は護衛の街兵士の勧めに従い、この大通りを歩いている。


 店へ続く路地を入り、何事もなく店の前にたどり着けば立番の街兵士交代の儀式に付き合う。

 元の立番の二人、ここまで俺の護衛を兼ねて来た二人。

 この4人へ労いの言葉を掛けたところで、それまで立番だった街兵士が声を掛けてきた。


「イチノス殿、サノスさんもロザンナさんも帰りました」

「そうか、ありがとう。気を使わせてすまないね」


「いえいえ、気にしないでください。これも任務ですから。それよりイチノス殿は、この後、お出掛けしますか?」


 続けて出た言葉に戸惑うが、確かに俺は空腹を感じているし、一日の疲れを風呂屋で洗い流したい。


「まあ、一応、その予定ですが?」

「わかりました。巡回班に伝えておきますので、安心してお出掛けください」


「ありがとう。本当に助かるよ」


 俺の言葉に嬉しそうな顔を見せられると、同じ様な返事しか返せない自分が少し情けなくなってきたぞ⋯


 そんな思いを抱きながら店に入り、2階の寝室で着替えたらタオルを手にして店の外に出る。


 先程までの道のりで、俺の前を歩いていた街兵士に一声掛けて、俺は風呂屋へと足を向けた。

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