11-15 ケガで済むわけがないだろ!


「お二人とも、珈琲のお代わりはいかがですか?」


「いえ、ご馳走さまでした。そろそろロザンナが帰ってくるから、私は戻るわね」


 珈琲のお代わりを勧めるイルデパンの言葉に、ローズマリー先生が遠慮を示す。


「わかった。ちょっと待ってくれるか? 護衛を呼ぶから」

「あら、いいわよ。皆さん忙しいんだから」


 そう言ってローズマリー先生が立ち上がった。


「じゃあ、イチノスさん。ロザンナを宜しくお願いします」

「はい。お気を付けて」


 ローズマリー先生は軽く頭を下げて俺の声に応えると、イルデパンのエスコートで部屋を出て行った。


 一人になった俺は応接に身を預け、近日中にロザンナが魔力切れを体験することを考えて行く。


 ロザンナが初めて経験するであろう魔力切れは、ヴァスコやアベルのように空腹を感じる程度で済んで欲しい。


 ローズマリー先生が付いているから、魔力切れを起こしても直ぐに回復を受けて、重度には至らないだろう。

 ロザンナにどこまでやらせるか、どこまで経験させるかは、ローズマリー先生に任せるしかない。


 そういえば、サノスは一人で魔法に挑戦して、魔力切れを起こした経験があると言っていた。


 一人で魔法習得に挑むのは、本当に危険な行為だ。


 魔法の習得では、ほぼ確実に魔力切れを起こすし、習得したい意志が強いほど、重度の魔力切れを起こしやすい。


 俺も何度か魔法の習得で魔力切れを起こしている。

 もとっも母(フェリス)が側にいてくれたおかげで直ぐに回復を受けることが出来た。

 母(フェリス)の元を離れてからは、自家製ポーション片手に魔法の習得に勤(いそ)しんだりもした。


 やはりサノスに魔法を教える際には、俺が立ち会っていないとかなり危険だな。


 魔力切れは、魔導師や治療回復術師を志す者が必ず体験する、避けては通れない道だ。

 それに時として、シーラのように魔導師になってからでも魔力切れを引き起こす。

 それにしてもシーラの魔力切れは何が原因だったのだろう。

 大きな魔法の習得が原因だろうか。


 魔力切れを体験せずに魔法を習得できるなら、もっと魔法を使える人々が増えそうな気がする。

 この話は研究所の連中と飲みに行くと必ず出てくる話題だった。


 そもそも魔力切れなどという事象が無くなれば、ロザンナの母親のような悲しい結末を迎える事も無い。

 ロザンナが母親の死にトラウマを抱えることも無いだろうし、ローズマリー先生も孫のロザンナに回復魔法を教えただろう。


 んん?

 何となくだが繋がった気がするぞ。


(イチノスさん)


 ローズマリー先生がロザンナに魔法を教えていないのは、ロザンナが魔力切れを経験するのを避けていたからじゃないのか?


 だとしたら、俺はとんでもない課題をローズマリー先生へ投げてしまった気がする。

 ローズマリー先生は、魔力切れをロザンナに経験させまいとしていた。

 だからロザンナに魔法を教えていない。


 だとしたら、俺の店で働くなら経験させろとか、魔導師を志すなら経験させろととか、俺が強要した形になっていないか?

 一生、経験する必要の無い魔力切れをロザンナに経験させる後押しを俺がしているのでは?


「イチノスさん」

「えっ?」


「考え事ですか?(笑」


 気が付けば、イルデパンが戻って来ていた。



 現在、イルデパンの勧めで珈琲のお代わりをいただいております。


 続けて珈琲を飲む習慣の無い俺には珍しいのだが、イルデパンの淹れる珈琲は味わいが良く2杯目でも美味しくいただける。


「イチノスさん、先程、ローズマリーから伝言を頼まれました」


 珈琲カップを片手に、イルデパンが口を開いた。


「ローズマリー先生からですか? どんな伝言ですか?」

「イチノスさんが悩んでいたら伝えて欲しいと言われたので伝えます」


 おっと、やはりイルデパンには俺が悩んでいたのがバレていたようだ。


「『私がロザンナに魔法を教えなかったのは、イチノスさんの考えるとおりです』との事です」

「⋯!」


 どうやらローズマリー先生は、俺の心が読めるようだ⋯


 と、笑い事で考えるのは止めよう。

 ローズマリー先生もロザンナに魔力切れを教えることに決心をつけてくれたのだろう。


「以前に魔法学校へロザンナを行かせる話が出た際に、ローズマリーが言っていたのです」

「⋯⋯」


「『あの子が魔法学校へ行くのなら魔力切れを教えるのは私の役目だろう』とね⋯」


 そうか、ローズマリー先生は、やはり意識していたんだ。


「ですので、イチノスさんは悩まないでください。これは私達が孫に覚悟を与える意味で、祖父母である私達も十分に悩んだ事ですので」


 そう告げるイルデパンの顔に、俺は『決心』を強く感じた。

 まるでローズマリー先生の決心もイルデパンが一人で背負っているように感じてしまった。


「御二人の心遣いに感謝します」


 俺はそうした言葉しか、返すことが出来なかった。


「さて、イチノスさん。ここからは昨日の襲撃の件です」


 イルデパンが孫を思う祖父から、西町街兵士副長の顔に変わったようだ。


「まず、捕まった襲撃犯の全員が、南町の歓楽街で活動する『ヤクザ』と呼ばれる組織の構成員でした」

「『ヤクザ』の構成員というと、俗に『チンピラ』とか『破落戸(ごろつき)』と呼ばれる連中ですね」


「そうです。ここまで得られた供述と調査結果からしますと、あの魔道具屋の主(あるじ)絡みのようです」


 ここで魔道具屋の主(あるじ)登場かよ!


「どうやらあの三人は、イチノスさんにケガを追わせる依頼を受けていたそうです」

「ククク そのわりには両手持ちの剣で切りかかってきましたね。ケガどころか、一つ間違えば私は死んでいたでしょう(笑」


「まったくそのとおりです。せめて木刀ぐらいなら傷害が目的だったと言えるんでしょうが(笑」


 ちょっと待て、イルデパン。

 例え木刀だっとしても、傷害目的とは言いきれないだろ。

 十分に殺害目的だと言えないか?


 それに昨晩の襲撃では、実際に両手持ちの剣で俺は斬りかかられてるんだぞ。

 まあ、騎士達が使うような剣筋ではなかったが⋯

 力任せに剣を振り回していたし、もしかしたら初めて人を襲ったような感じもした。


「これで魔道具屋の主(あるじ)からの依頼だという確証が得られれば、奴は完全に終わりとなります」

「完全に『終わり』ですか?」


「しかし、奴もシラを切り続けるでしょう。全てを襲撃犯に押し付けて保身に走るでしょう」

「⋯⋯」


「ですが、保身の為に裏切ったと知れれば、逆に今度は魔道具屋の主(あるじ)が命を狙われるでしょう」

「ククク あり得る話ですね」


 俺を襲わせておきながら、自分だけ助かろうなんて随分と都合の良い話だ。

 それが奴の浅はかな考えなのだろう。


 そうなると今の奴の命はイルデパンに守られているとも言えるな。


 ククク それにしても笑える構図だ。

 まあ、これで昨夜の襲撃についての、イルデパンからの話は終わりだな。


「じゃあ、昨夜の襲撃の件はこれで終わりですね」

「いえ、まだ残ってます」


 そう言ったイルデパンが応接から立ち上がり執務机へと向かった。

 すると机の引き出しから白い布に包まれた何かを手にして戻ってきた。


「昨晩の襲撃犯の一人から、こうした物が押収されたのです」


 イルデパンが白い布を取り払うと、俺の持っている伸縮式警棒のような物が出てきた。


「イルデパンさん、これは?」

「『魔法筒(まほうつつ)』呼ばれる物です」


 『魔法筒(まほうつつ)』


 研究所時代に聞いたことがある代物だ。

 俺が勤めていた王国魔法研究所には、市民生活を向上させるガス灯などを製造する部署ばかりではなく、王国軍で使うための軍事兵器を研究する部署も当然のように存在する。


 その部署で、ガス灯に使われた魔法円を改造し、新たに描かれた魔法円を組み合わせて作った兵器が存在していると聞いたことがある。

 その兵器が『魔法筒(まほうつつ)』と呼ばれるものだった。


 『魔法筒(まほうつつ)』の仕組みは至って簡単だ。

 ガス灯と同じように、石炭からガスを取り出し、急速に燃焼させて爆発力を得ようという発想から始まった。


 筒の中で爆発が起こせれば、その爆発力を使って石などを放つことができるという発想だ。


 俺が知る限りではもっと大きく、ワゴンに乗せて運ぶサイズだと聞いていたが、こんな風に手に収まるものを作れるとは正直驚きだ。


「商人達の話によると王都のとある魔道具屋が作った物らしいのです」

「ほぉ~」


「いよいよ、こうした代物がリアルデイルにも持ち込まれ始めたのです」

「かなり危険な物でね」


「危険極まりない代物です。これでイチノスさんが襲われていたらと思うと⋯」


 確かにイルデパンの言うとおりだ。

 こんな物騒な代物で襲われたら、ひとたまりも無いだろう。

 一つ間違えば、昨夜の襲撃で俺は即死していたかも知れない。


「危険性を議論しているだけでは無策と一緒です。今後は対策を考えなくてはなりません」

「おっしゃるとおりですね」


「そこでイチノス相談役に、ご協力をお願いしたいのです」

「はい?」


 イルデパン。

 ここで『相談役』と呼ぶんですか?


「こうした代物からリアルデイルの街を、そしてウィリアム様を守る方法を考えて行きたいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る