8-3 今日も店を休み、東町の魔道具屋へ
「そうだ、ヘルヤさんには師匠から伝えてくださいね」
御茶を飲み終えたサノスが聞いてきた。
「俺からヘルヤさんに何を伝えるんだ?」
「今日の昼から月曜まで店が休みで、私が『魔法円』を描けないと、それだけヘルヤさんに渡すのが遅れます」
「まあ、そうなるな。サノスは『湯出しの魔法円』を何日ぐらいで描いたんだ?」
「何日ぐらいだったかな? 2週間? もっとかかったかな?」
「2週間で模写したのか?」
2週間で、あの『湯出しの魔法円』を描き上げたとすれば凄いことだ。
「いや、覚えてないんです。もっと掛かった気もするんですけど⋯」
そうだよな。
3つもの『神への感謝』が描かれ、それが組み合わされているのだ、2週間以上は十分に掛かると思うぞ。
そこまで考えたところで、俺は研究所時代の『魔法円』を模写する部署が使っていた魔道具を思い出した。
あの魔道具をサノスが使えれば、2週間も要せずに『湯出しの魔法円』を描ける気がする。
東町の魔道具屋なら置いていそうな気がするな⋯
「サノス、店を開ける準備は出来ているのか?」
「掃除を済ませて、ブラインドも上げちゃいました。後は看板を返すだけです」
言われてみれば、店舗からの明かりも差し込んでいて、作業場はいつもの明るさだ。
「直ぐに開けますか?」
「いや、今日も店を休みにしよう」
「えっ?」
「日当は払うから心配するな。今日は急な休みにしたから、今日の分の日当は払うから安心しろ(笑」
「日当を貰えるの嬉しいです。けど、昨日も店を休みにしましたよね? 今日も休んで来週の月曜まで休みにして、大丈夫なんですか?」
言われてみればそのとおりだ。
昨日はサノスもいないということで、朝から店を休みにした。
世間一般的に店が休むのは珍しいことだが、俺としては休める時は休みたい。
そうか、サノスは店へ来る前は、年中無休の大衆食堂で働いてたんだよな。
店が休むとか定休日があるのは、若干の抵抗があるのかも知れないな。
「気にするな。用事があって休みにするんだ。それにギルドの討伐依頼が続く限り、客は来ないと思うぞ」
「確かに⋯ 前も討伐の直前は多かったけど、討伐中は来なかった気がします⋯」
前回のギルドの討伐依頼は計画されていた。
討伐期日に向けて、俺は連日のポーション作りで睡眠不足に陥った。
無事に期限までにポーションをギルドへ納めることが出来たが、討伐の当日は寝ていた気がする。
あの時は、サノスの店番に頼ってしまった。
「ちょっと買い物に行くから付き合え。それが今日の日当分だ」
「買い物?」
「そうだ、昼飯も奢ってやる。買い物をして昼飯を食ってギルドへ行くぞ」
「師匠、良いんですか?」
「たまには良いだろ。片付けを済ませたら、スマンが店のブラインドを下ろしてくれるか?」
「わかりました」
サノスがさっそく席を立ち店舗へ向かった。
俺も御茶を飲み終え、外出着に着替えるために2階へ向かうことにした。
◆
ブラインドを降ろした店をサノスと共に出て、店の出入口の扉に外鍵を掛ける。
鍵を掛けた扉のガラスには、サノスの提案で店の外から見えるように張り紙を出すことにした。
─
臨時休業
5月20日(金)~23日(月)
─
「これで大丈夫ですね」
店の前で腰に手を当てサノスは満足気だ。
そんなサノスを放置して、俺は東町方面に向かって歩いて行く。
急ぎ足でサノスが追い付いて来て聞いてくる。
「東町へ行くんですか?」
「サノスは、魔道具屋には行ったことがあるか?」
「食堂近くの魔道具屋は、昔に行ったことがあります」
サノスが言うのは、主が捕まった魔道具屋の事だ。
「あの魔道具屋へ行ったことがあるのか?」
「店主が代わる前です。前は、優しいお爺ちゃんとお婆ちゃんでやってたんです」
その話は聞いたことがある。
捕まった魔道具屋の主になってから、評判がよくない話も聞いた。
「何をしに魔道具屋へ行ったんだ?」
「『魔石』を見に行ったんです」
「見せてくれたのか?」
「見せてくれました」
「へぇ~ サノスみたいな子供にも『魔石』を見せてくれたんだ(笑」
「はい。私みたいな子供にも見せてくれたんです。あのお爺ちゃんもお婆ちゃんもきっと優しい人です。元気にしてるかな⋯」
「田舎に帰ったんだろ?」
「えぇ、南方だって聞きましたね」
南方と言えばストークス領の方だ。
そう言えば、そんな話をコンラッドから聞いたな⋯
「師匠、もしかして、これから行くのって東町の魔道具屋ですか?」
「そうだ。サノスは行ったことがあるのか?」
「無いです。師匠、もしかして『魔石』の仕入れですか?」
「ハハハ 魔導師が魔道具屋から『魔石』の仕入れはしないだろ。そう言えば、サノスが店へ来たのは『魔石』が切っ掛けだったな」
「はい。師匠の店の『魔石』は不思議な色合をしてて驚きました。魔道具屋へ何をしに行くんです?」
「ちょっと魔道具が欲しいんだ」
「魔道具ですか? 師匠が?(笑」
「おいおい、何が可笑しいんだ?」
「だって、師匠は魔導師でしょ? 魔導師が魔道具を欲しがるなんて、変な感じがして(笑」
「いやいや、便利な物を求めるのに魔導師も魔道具師も関係ないだろ」
「へぇ~ そう言うものなんですか?」
「あぁ、関係ないぞ。今日これから手に入れようと思うのは、サノスもその便利さに驚くだろうな」
「何です? 何を手に入れるんです?」
「まあ、着いてからのお楽しみだな(笑」
そんな会話をサノスとしていると、目の前に中央広場が見えてきた。
この中央広場はリアルデイルの街を横断する東西の街道と、縦断する南北の街道が交差する場所だ。
雑木が繁る広場を、馬車が通れる道でぐるりと囲んだ造りになっている。
中央広場を囲んだ道は、時計回りの一方通行で馬車が進め、それぞれの街道から来た馬車が、それぞれの街道へと抜けて行く仕組みになっている。
目の前を通る馬車は馬が1頭で引いているからか、かなりゆったりとした動きだ。
それが通るのを待ってからサノスと共に道を渡り、雑木が繁る中央広場へと入って行く。
「私が小さい頃は馬車が多くて、この通りは子供だけで渡るのは禁止されてましたね」
「ほぉ~」
「それが、大きな荷馬車や早馬車の通行を外周通りに切り替えてから、随分と様子が変わりました」
サノスの言う『外周通り』とは、リアルデイルを囲む壁の、直ぐ内側を走る通りだ。
言われてみれば、東西南北の関から入った荷馬車が、そのまま街中を走っているのは見掛けた事がない。
「そうなのか? それって、いつ頃の話なんだ?」
「私が初等教室を卒業する前の年かな?」
「そんなに前じゃないんだな」
「あれ? 師匠は知らないんですか?」
「おいおい、俺はこの街に住んで1年ぐらいだぞ(笑」
「じゃあ、知らなくて当たり前ですね(笑」
中央広場に繁る雑木の中には、雑木を抜けるための小路が拵えてある。
その小路を進み雑木を抜けると、一気に視界が開けた。
辺り一面が青々と繁った広大な芝生の広場になっていて、所々に子供連れの親子が遊んでいるのが小さく見える。
まるで緑が香るような一面の芝生は、実に静かに昼前の陽射しをたたえている。
広大な芝生を囲むように作られた散歩道にはベンチが置かれ、年寄りが陽にさらされてのんびりと座っている。
こうして見ると、その完璧に整った広場の様子に感動すら覚えてしまう。
そんな広大な芝生の広場を、サノスと共に突き切るように歩きながら、初めてここに来た時を思い出す。
俺が初めてこの中央広場へ足を踏み入れたのは、強い陽射しも懐かしい頃で、周囲の雑木も葉の枯れた時期だった。
広大な芝生も全てが茶色に染まっている時期だったな。
「あぁ~ 久しぶりに来たけど、やっぱりここは広いですね」
「そうだな、これだけ広い芝生の広場を備えた街は、俺の知る限りリアルデイルだけだな」
「えっ? 王都には無いんですか?」
「王都に有るわけ無いだろ(笑」
「へぇ~ 王都は何でも有ると思ってました」
「ハハハ サノスはリアルデイル以外の街には行ったことがないのか?」
「師匠、私は未成年ですよ。他の街に行く機会なんて有るわけ無いですよ」
「そうだったな(笑」
「師匠は、他の街にも結構行ってるんですか?」
「サノスは俺の出自を知ってるんだよな?」
「えぇ、父(ワイアット)さんや母(オリビア)さんから聞いてます」
「なら教えるが、俺が生まれたのは隣のランドル領なんだよ。その後で王都の魔法学校に放り込まれて寄宿舎生活だ」
「寄宿舎って、親と離れて暮らすんですよね? それって寂しくないんですか?」
サノスが面白いことを聞いてくる。
「寂しくないかって?(笑」
「そうです。子供が親と離れて暮らすなんて、私はちょっと考えらんないです」
「貴族で継承権が無い子供はそうしたのが多いんだよ。俺の時は、王都の別邸に母(フェリス)が居たから、それなりに会えたな」
「へぇ~ 貴族の子供って大変なんですね」
「サノスも貴族の子供に生まれたかったとか?」
「いえいえ、私は庶民で十分です(笑」
そうした話をサノスとしながら中央広場を突き切り、西町の反対側、東町に面する通りへと行き着いた。
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