8-4 西町から東町の魔道具屋へ


 中央広場を囲む道を渡り、俺とサノスは東町の街並みへと足を踏み入れた。

 そのまま魔道具屋のある通りへ入ろうとして、通りの入口に帯剣した街兵士が立っているのが見えて、俺は思わず声を出してしまった。


「あっ!」

「ど、どうしたんです、師匠!」


 俺は帯剣した街兵士の姿から、イルデパンの言葉を思い出し、思わず声を出してしまった。

 急に発してしまった俺の声にサノスが驚く。


〉イチノス殿へのお願いとは

〉西町から出ないでいただきたい


 イルデパンはそうした願いを俺にしてきて、俺もそれを受け入れた。


 どうする?

 俺は既に西町を出てしまった。

 思い付きとも言える行動で、東町の魔道具屋を目指し西町を出てしまった。

 これは俺の警護を担っているイルデパンの願いを蔑(ないがし)ろにしているんじゃないのか?


「師匠、どうしたんですか?」


 サノスが重ねて聞いてくる。


「い、いや、何でもない⋯」

「???」


 帯剣した街兵士がこちらを見ている気がする。

 いや、明らかに俺を見ている。

 その視線をサノスも感じたのか、俺と共に、帯剣した街兵士へと顔を向けてしまった。


 帯剣した街兵士が俺達に向き直る。

 俺とサノスの視線が気になったのか、こちらを見ている。


 動いた。

 俺とサノスへ向かって、帯剣した街兵士が歩み寄って来る。

 向かってくるその目は、俺の正体を確かめようとするような、そんな目をしている。


 まずいぞ。

 このまま俺に掛かっているゴタゴタに、サノスを巻き込むのはまずい感じがする。

 あの時のイルデパンの口調は、俺が何者かに襲撃される可能性を語っていた。

 その襲撃から俺を守るために、イルデパンの指揮で西町全体という規模で警護が成されている。

 そして、西町を出るなとまで願われている。

 そんな物騒な状況に、西町の住民でしかないサノスを巻き込むのはまずいぞ。


 ならばどうするべきか⋯


 俺はサノスを連れ、自ら帯剣した街兵士に向かって、ゆっくりと足を進めた。

 すると向こうも俺が近寄ってくるのに気が付き、真っ直ぐに俺を見てきた。

 その瞳は俺が何者かを確かめるようで、俺の足元から顔に向けて視線を這わせたかと思うと、急にハッとした顔に変わった。


 その変化した顔に気付いた俺は、すかさず声をかける。


「東町の魔道具屋はこの通りですか?」

「は、はい! この通りの右側です」


 魔道具屋のある通りを手振りで知らせながら、緊張気味に俺達を案内してくれる。

 肩の階級章を確認すれば、イルデパンやパトリシアさんが着けていた物より、若干、簡素な感じだ。


「ありがとうございます。東町は久しぶりなので助かります」

「いえ、ご苦労様です」


 帯剣した街兵士の丁寧な返事に、察してくれた感じがした。

 いや、察してくれている。

 うん、そう思いたい。


 俺は再びサノスを連れて東町の魔道具屋へと歩みを進めた。

 しばらく歩き、チラリと後ろを振り返れば、帯剣した街兵士が部下らしき一般の街兵士と話しながらこちらを見ていた。


 あのやり取りで気付いてくれただろう。

 今も街兵士が俺とサノスを見ている視線を背中に感じる。

 多分、気付いてくれている。


 俺はそう勝手に思い込んで、東町の魔道具屋へ向かって再び足を進めた。


「な~んだ。師匠は魔道具屋の場所を忘れてたんですね(笑」


 サノスが変なことを言ってくる。

 俺がイルデパンの言葉を思い出して変な声を出し、街兵士に魔道具屋への道を聞いた。

 それでサノスは勘違いをしたな(笑


「まあ、そう言うことにしておこう」

「師匠は東町の魔道具屋は来てるんですよね?」


「一度来てる。店を開く前に挨拶に来たんだ」

「なるほど。同業者への挨拶ってやつですね」


「同業者? まあ、サノスの言うとおりに、魔導師の店と魔道具師の店では、扱う品々で被ることが多いからな」

「うんうん」


 サノスが偉そうに頷いている。

 こいつ、本当にわかってるのか?


「それって、西町と東町で別れていても仲良くですよね」

「そうだな、同じ街で暮らしてるんだ。にらみ合って喧嘩するより、互いに握手する方が良いだろ?」


「そんなの当然です。喧嘩したって意味ないですよ」


 よしよし。

 サノスも支配を目論んで闘争するよりは、対話による共栄共存を選んでくれそうだ。

 あの捕まった魔道具屋の主などは、俺に対して意味不明な支配を目論んできた。

 多分だが、根強い差別意識か何かが心の奥底に有るのだろう。


 もしくは『不健全な優越性』かもしれない。

 『不健全な優越性』とは、他人と自分を比較し自分の優っている点に固執したりすることだ。


 これに『強い承認欲求』が加わると厄介なことになる。

 『自分が相手より劣っている』ことを認めたくない。

 もっと『自分を認めろ』と言う思いが外へと溢れ出し、やがて周囲へ迷惑を掛け始める。


 これは魔法学校へ来ていた貴族の子息に多かった気がする。

 いや、貴族の子息だけじゃないな、一部の一般庶民の子息にも居たな⋯


 一般庶民の子息でも、こうした感情は表に出てくることがあった。

 何かの切っ掛けで見つけた、自分が他者よりも優れている点に固執する。

 『庶民の俺が貴族より優れている』と強い思い込みを見せてくる。

 遂には貴族だろうが庶民だろうが関係なく傍若無人に振る舞い、果てには他者を支配することで満足を得ようとし始める。


 自分を認めさせる。

 他者を従えようとする。

 支配しようとする。


 やっている本人が善悪さえ考えず、自分を認めさせることに盲目となってしまう。


 きっと捕まった魔道具屋の主などは、そうした領域へ足を踏み込んだのだろう。

 そして俺を従えることを目論み、加えて自分の利益を追い求めたのだろう。

 その結果が、ああした形になったのだろう。


「そうした事が考えられないと、街兵士に捕まるかもな?(笑」

「それって、あの魔道具屋の事ですね。それが原因で捕まったんですか?」


「さあ、どうだろうな?(笑」


 暗に捕まった魔道具屋の主を引き合いに出したが、捕まった理由を知りたそうな口調でサノスが返してきた。


 サノスが知らないと言うことは、イルデパンが語っていたゴタゴタは、この街の住民に伝わって無いのだな。


 俺は見覚えの有る街並みに目的地が近いことを察し、東町の魔道具屋との関わりをサノスに語る。


「これから行く東町の魔道具屋は、中々、律儀な店主と女将さんなんだ」

「へぇ~」


「店に鉢植えがあるだろ?」

「店の鉢植えって⋯ 入口を入ったところに置いてる、私が毎日水をあげてるやつですね」


 そう言えば俺は水やりをした記憶がないな。

 サノスが水やりしているのは見掛けた事がある。


「あの鉢植えは、これから行く東町の魔道具屋から開店祝いで贈られた物なんだよ」

「そうなんだ。私が枯らさないように、きっちりお世話しますね」


 はいはい。

 裏庭の整備も含めて、店の植物の管理はサノスに任せるぞ。


「師匠、そんな義理堅い人を訪ねるのに、手ぶらで良いんですか?」

「うっ!」


 サノスの指摘のとおりだ。

 思い返せば、開店祝いが届いた御礼をギルドの伝令で返しただけだ。

 開店前に挨拶に来て、開店祝いを贈られて、伝令でお返しを出して⋯ 今日が改めての訪問になる。

 そんな訪問なのに、手土産も持たずに来て良いわけがない。


 いや、目的の魔道具を購入することでお返しにならないだろうか?


「師匠! あの店ですね」


 手土産も無く訪問する言い訳を考えている間に、サノスが東町の魔道具屋を見つけてしまった。

 以前に来た時と何も変わっていない東町の魔道具屋へ着いてしまった。

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