8-5 掛かるはずの無い罠へ自ら飛び込んでいる


チリンチリン


 俺が先頭で後ろにサノスの並びで魔道具屋の扉を開ける。


 扉に着けられた鐘の音は洗濯屋と同じ物だ。

 やはり俺の店の鐘も、こうした静かな音の物に付け替えよう。


「いらっしゃいませ~」


 店番をしていたであろう受付カウンターに座る女性が、眼鏡を外しながら声をかけてきた。

 ふっくらした感じのこの女性が、東町魔道具屋の女将さんだ。

 年の頃で言えば、大衆食堂の給仕頭の婆さんよりは若く、オリビアさんよりは年配だろう。


「あら? え~と⋯」

「ご無沙汰しています。西町で魔導師の店を営むイチノスです」


「そうそう、イチノスさん! お久しぶり~」

「開店に際しては贈り物までいただき、ありがとうございました。お返しの挨拶が遅れましたこと、深くお詫びします」


「いいのよ~ 気にしないで~ そうそう、ギルドで魔物の討伐依頼が出てるんでしょ? イチノスさん、忙しいんじゃないの?」


 この魔道具屋の女将さん、相変わらず自分の思った事を遠慮無く口にしてくる。

 詐欺師の件で店の信用を落としたような話を聞いたが、女将さんからは落ち込んでいる様子を感じない。


「あら、かわいいお嬢さん!」


 受付カウンターの中でエプロン姿の女将さんが立ち上がると、俺の後ろに控えていたサノスに気が付き声を掛けて来た。


「はじめまして。サノスと言います」


 サノスが俺の脇へ並び出て、ペコリと頭を下げて挨拶をする。


「イチノスさん、そのお嬢さんは? あら、もしかして?!」

「弟子です。弟子のサノスです。弟子の挨拶も兼ねて来ました。御主人はお手隙でしょうか?」


 女将さんの口調から何かの勘違いが出そうな気がした俺は、サノスは『弟子』だと念を押しつつ、御主人の様子を伺った。


「そ、そうね、ちょっと待ってね(ニヤリ」


 女将さん。

 そのニヤリの理由を教えなさい。


 女将さんが早足で壁の向こうに消えた。

 俺の店と同じ造りで、あの壁の向こう側に作業場があるのだろう。


 サノスは珍しそうに店の中を見渡している。

 ふと、女将さんが座っていた受付カウンターの中を覗くと、筆とインク壺、それに『魔法円』が置かれている。


 女将さんは受付カウンターに座って、店番をしながら『魔法円』の修理をしていたと伺える。


(あんた、西町のイチノスさんが来たよ)

(なに? イチノスさんが!)


(可愛いお弟子さんを連れてきてるわよ)

(可愛い弟子? お前は何を言ってるんだ?)


(それより早く、ほらほら)

(わかった。ちょっと片付ける)


 女将さんとご主人のやり取りが店まで聞こえてくる。

 きっと、慌てて御主人が作業場を片付けているのだろう。


 先ほどの街兵士の件といい、やはり思い付きで行動するのは、周囲へ迷惑を掛けてしまい良いことじゃないな。


 そんな反省をしつつサノスを見れば、店内を見飽きたのか、俺と同じ様に受付カウンターの中を覗き込んでいた。


(じゃあ、イチノスさんを案内するわよ)


 女将さんの声が聞こえたかと思うと、奥の作業場から女将さんが戻ってきた。


 受付カウンターの中を覗き込んでいたサノスが女将さんに気付き、遠慮の無い言葉を口にする。


「女将さん。これって『魔法円』の修理ですか?」

「あら、サノスさんは『魔法円』に興味があるの?」


「えぇ、興味があります!」

「1枚ぐらいは描いたのかな?」


「写しですけど、3枚ほど描かせてもらいました」

「あら、すごいじゃない!」


 女将さんとサノスが『魔法円』談義を始めそうな勢いだ。


「本当に、イチノスさんのお弟子さんなんだ~」

「まだまだ、修行を始めたばかりです」


「その歳で3枚も描いてるなら、将来が楽しみね~」

「ありがとうございます。女将さん、お邪魔じゃなければ、修理を見学させてください」


 サノスが女将さんの言葉に嬉しそうな顔を見せたかと思うと、再び遠慮のない言葉を口にする。


 その時、御主人が奥の作業場から顔を出してきた。


「イチノスさん、こっちだ入ってくれるか?」

「あら、もう大丈夫なの? じゃあ、イチノスさんは奥へ入って、サノスさんはこっちで見学ね」


 女将さんがサノスの見学を受け入れてくれた。

 サノスの希望もあるし、ここは女将さんに甘える事にしよう。


 御主人に招かれ、女将さんの仕切りに任せて、俺は作業場へ入って行く。

 店舗と作業場の造りは、俺の店とさほどの変わりは無い。

 こうした造りが、この街の店舗兼自宅の一般的な物なのだろう。


「イチノスさん、よくぞ訪ねてくれた」


 作業場へ入ると、眼鏡を掛けエプロンを着けた細面の御主人から握手を求められる。


「いえいえ、こちらこそ手土産も無く、突然に来てしまい申し訳ありません」

「何をおっしゃる。こちらの窮地を察して来てくれただけで大助かりだ」


 魔道具屋のご主人は、俺が訪れたことを殊更(ことさら)に喜んでいる感じだ。


 手土産も持たない俺の訪問を喜んでくれるのならば、暫し、御主人の流れに任せよう。

 今回の東町魔道具屋への訪問は、俺の思い付きで魔道具を求めに来たのだ。

 挙げ句に手土産も準備をしていないという、何とも不甲斐ない有り様だ。


 俺の求める魔道具を円滑に入手するためにも、御主人の求めに従おう。


 だが、魔道具屋のご主人は『窮地を察して』とか言っている。

 何かご主人は困っていることでもあるのか?

 それを救うために俺が来たと思っていないか?

 それならば、御主人の窮地を救うことで、手ぶらで訪問してしまったことを帳消しにするのが良策だろう。


 ただ、俺が訪問することを、事前に御主人や女将さんが察していた様な感じが気になる。


 もしかして俺は


  掛かるはずの無い罠へ

  自ら飛び込んでいる


 のか?


 そんな懸念が心の奥底から湧いてしまう⋯


「では、さっそく見て貰えますか」


 そう告げた御主人が俺を作業机の前へ案内する。

 俺の店の作業場に置いているのと同じぐらいの大きさの作業机には、大きな木板が置かれていた。

 作業机から、はみださんばかりの大きさの木板だ。


 木板へ近寄れば『魔法円らしき物』が描かれているのがわかる。

 俺はその『魔法円らしき物』が気になり、それから見始めた。

 

 何よりも気になるのは『魔法円らしき物』が描かれている位置だ。

 通常の『魔法円』は、こうした木板などの中央に描かれるものなのだが、これは中央に描かれていない。

 角に寄った部分と言うか片側へ寄った部分に描かれているのだ。


 しかも『魔法円らしき物』に幾多の直線や曲線が繋がっている。

 通常の『魔法円』ならば、こうした直線や曲線を『魔法円』の外円と繋げるのは、魔素注入口との接続ぐらいだ。

 魔素注入口との接続ならば1本か2本の線だけで済むはずだ。

 だが、この『魔法円らしき物』には、2本の曲線と3本の直線が繋がっている。

 外円部が5ヶ所も外との繋がりを持つと言うことは、魔素注入口が5ヶ所も必要だということか?


「どうして外円部から5本も出てるんだろう⋯」 


 俺は何とはなしに呟いてしまった。


「イチノスさんも、それが気になるよな?」


 特に意識して、魔道具屋の御主人へ問い掛けたわけではない。

 だが、この作業場には俺と御主人だけだ。

 俺から魔道具屋の御主人への問い掛けに聞こえたのだろう。


「それと、この曲線や直線が木板の端で切れていることも気にならないか?」

「そうですね」


「イチノスさん、ここを見てくれるか?」


 そう言って御主人が木板の縁を指差す。

 指差す箇所を見れば、ノコギリで切ったような跡が見て取れる。


「何かで切断した感じがするだろ?」

「えぇ、そうですね」


「そうした事から、私はこの木板が、実は大きな魔法円の一部で、この部分だけが切り出された物だと思うんだ」

「なるほど。その考えは当たりだと思います」


 そこまで魔道具屋の御主人と会話したところで思いきって聞いてみた。


「それで、御主人がこれを私に見せたのは何故(なぜ)ですか?」

「?」


 俺の問い掛けに、御主人の頭上に疑問符が現れた気がする。

 俺は変なことを聞いてしまったのか?

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