8-6 木板の謎を御主人と共に考える
その後、東町魔道具屋の御主人の頭上に浮かんだ『?(疑問符)』を消す会話をした。
この木板は、東町の街兵士が詐欺師の宿泊していた宿を捜索して、押収した物だという。
それを東町街兵士副長のパトリシアさんの指揮の元、東町の魔道具屋へ持ち込まれ、調査を依頼されたそうだ。
当初は詐欺師が絡んでることもあり、依頼を断ることも考えたそうだ。
だが、調査を依頼される際に『東町街兵士御用達』を条件に出され、女将さんが乗り気になったと言う。
御主人の方は木板を見せられた際に、描かれている『魔法円らしき物』に興味を抱き、引き受けてしまったそうだ。
「昨日の夕方、副長のパトリシアさんが来て、調査期限は明日の朝までと念を押されたんだ。しかも、必要ならイチノスさんの力を借りようと言われたんだよ」
いや、御主人。
俺はそんな話は全く知らないです。
「そしたらイチノスさんが来てくれただろ? これはイチノスさんへ話が行ったんだと思い込んでしまったんだ ハハハ」
御主人、ごまかし笑いですね(笑
「正直に言って、詐欺師の件では参ったよ」
「そんなに酷かったんですか?」
「売上が無い日が続いて、店仕舞いも考えたぐらいだよ(笑」
御主人は笑っているが、かなり切実な状況に陥ったのだろう。
「この依頼も詐欺師絡みと言うことで気が乗らなかったんだが、今ではこの依頼を受けて良かったと思ってるんだ」
「ほぉ~」
「家内も仕事が入ったし、実はストークス邸への『魔法円』納入の話も貰ったんだ」
「それは嬉しい話ですね」
「まさに、捨てる神あれば拾う神ありだな(笑」
パトリシアさん。
随分と巧みに飴と鞭を使うんですね⋯
「それで、イチノスさん。店へ来てくれた目的は何だったんだ?」
ここまで御主人が自分の思い込みを誤魔化すように話してくれたが、ようやく俺の訪問目的へ触れてくれた。
「実は、魔素転写紙(まそてんしゃし)が欲しいんです」
『魔素転写紙(まそてんしゃし)』とは『魔法円』の写しを作る時に大変に便利なものだ。
研究所時代の『魔法円』を模写する部署が使っていた物で、俺はこれを手に入れることを思い付いたのだ。
『魔素転写紙(まそてんしゃし)』に『魔素ペン』と呼ばれるものを使うと『魔法円』の写しを、かなり短期間で描ける優れものなのだ。
「魔素転写紙(まそてんしゃし)? おいおい『魔法円の改革者』と呼ばれるイチノスさんが『魔法円』を写すのか?(笑」
御主人、その呼び名で私を呼ぶのは、何かの嫌みですか?
「いや、私じゃなくて弟子のサノスに使わせようと思ったんです」
「弟子? さっき店にいた女の子か? まさか⋯ 内弟子じゃないよな?(笑」
御主人の言葉に、俺は思わず目を細めた顔をしてしまう。
「プププ」
おい、御主人。
今、笑っただろ。
顔を背けても笑い声は聞こえるんだぞ。
「い、イチノスさん そ、その顔は勘弁してくれ プププ」
ギルマスと同じで御主人には目を細めた顔は効果がないようだ。
むしろ笑いを誘ってしまうらしい。
「プププ イチノスさんから見て、この木板はどうだ? プププ」
御主人が話題を切り替えるように顔を背けたままで、笑いを堪えながら聞いてきたので、俺は諦めて顔を戻した。
「正直に言って興味がありますね。もう一度、詳しく見て良いですか?」
改めて『魔法円らしき物』と曲線や直線の配置を見直す。
確かに『魔法円らしき物』は、外円部が『魔法円』の特徴でもある二重円で描かれている。
そして、二重円を描いている線と線の間には⋯ 文字だろうか?
通常の魔法円ならば、ここに文字がビッシリと書かれているのだが、ここに書かれているのは見たことの無い記号に思える物だ。
次に『魔法円らしき物』へ繋がっている曲線に目を写す。
これは三重線で描かれ、やはり文字なのだと思うが、俺には記号に見える物が線と線の間にビッシリと書かれている。
改めて曲線の流れを見る。
『魔法円らしき物』と曲線の感じからして『魔法円らしき物』を貫いている感じがする。
続いて『魔法円らしき物』に繋がっている、二重線で描かれた3本の直線の交差角度が似ていることに、俺は興味を持った。
「これの全体を想像してみました?」
「いや、その円に掛かりっきりで全体は考えていないが?」
「確かにこの円の部分は2重円なっていますし、何らかの文言のような記号が書かれていますから『魔法円』の可能性はありますね」
「やはり、イチノスさんもそう思うか。その書かれている文字を読み解いている最中なんだよ」
「試しに全体を想像してみましょう。私なりに調べて良いですか?」
「あぁ、構わないぞ」
「出来れば大きめの、魔法円を写すときに使う薄手の紙を貰えませんか?」
「これで良いか?」
御主人が棚から薄紙を出してくれたので、それを『魔法円らしき物』と直線や曲線が接する部分が入るように被せる。
「なるほど、それなら鉛筆も要るだろ」
御主人が何かを察して鉛筆を渡してくれる。
被せた薄紙へ『魔法円らしき物』と直線や曲線をザックリと書き写す。
書き出した薄紙を、上下左右に回してみる。
そしてひとつの可能性が見えてきた。
「六芒星(ろくぼうせい)の可能性がありますね。想像図を描いてみます」
「⋯⋯」
俺は薄紙の端へ円を描き、それに内接する六芒星(ろくぼうせい)を描いて行く。
「全体像はこんな感じかも知れないですね」
「なるほど。こうして全体を想像すれば、この円の部分の役割や機能を想定する材料になるな。さすがはイチノスさんだ」
「偶々(たまたま)です。もう2日か3日もあれば、御主人も気が付いていたと思います」
「いやいや、どうだっただろう。その付近は自信がないよ。私はむしろ円や線に記されている『古代語』にばかり気が取られていたよ(笑」
そう言いながら、御主人は木板に描かれている円や曲線へ指を沿わせて行く。
先程も見たとおりに、御主人の指先が触れる円や曲線は『魔法円』特有の二重線や三重線で描かれている。
そして線と線の間には、俺の知らない文字の様な記号の様なものがビッシリと書き込まれている。
このビッシリと書かれているのが、御主人が口にした『古代語』なのだろう。
「御主人は古代語が読めるんですか?」
「全ては読めないが、それなりには読める。古(いにしえ)の魔法円には、時折、古代語が使われているんだ」
「へぇ~」
御主人の話を頷きながら聞くが、何故か御主人の口調に力がこもり、話が脱線仕掛かっている気がしてきた。
「イチノスさんなら知っていると思ったんだが、古代語は神官文字(ヒエログリフ)や民衆文字(デモティック)となり、現代文字へと変遷してるんだ」
「その付近は学校で習いましたね」
「今の魔法円に使われているのは現代文字が主流で、神官文字や民衆文字を訳した物になってるんだよ」
「へぇ~」
御主人の力のこもった説明に、俺は『へぇ~』と頷くだけだ。
その付近について魔法学校で学びはしたが、俺はその課題で唯一の『赤点』を取っている。
「希にだけど、古代遺跡から『魔法円』らしき物が見つかるのは知ってるだろ?」
「えぇ、そうした物が見つかる話は聞いています」
ここで古代遺跡ですか?
教会長が口にしていた、別世界の存在を示すのが古代遺跡から出た物だと言ってたな。
「そうした『魔法円』は、大抵が神官文字で書かれているのが多いんだ。これを見せられた時に目を見張ったのは、全てが古代語で記述されてることなんだよ」
そこまで聞いて、御主人がこの木板の依頼を受けた理由がわかった気がした。
御主人は魔法円への興味もあるが、この『魔法円』に古代語が使われていることに、殊更(ことさら)の興味を抱いているのだ。
「それで、この円の魔素の流れは読み解けますか?」
「魔素の流れ?」
「さっきはこの円へ魔素が流れ込む想定で話しましたが、それを確認するんです」
「うんうん」
今度は俺の話しに御主人が頷き始めた。
「実はこうした可能性を考えたんです」
俺は先ほどの六芒星(ろくぼうせい)に外接する円の上に、角毎に木板の図柄を意識した円を描いて行く。
「こ、これは、儀式用の魔法円か!」
「儀式用?」
「イチノスさんは儀式用の魔法円を見たことが無いか?」
「無いです。けれどもこうした六芒星(ろくぼうせい)の魔法円は見たことがあります」
「それは、儀式用じゃなくてか?」
「はい。研究所時代に魔素充填用の開発で見掛けたことがあります。実用には至らなかったみたいですが⋯」
「うーん⋯ それってどんな仕組みなんだい?」
「たしか、こんな感じで中央に描いた『魔法円』に空の魔石を置くんです。その魔石に向かって魔素を流して『魔石』に魔素を充填する考えだったと思います」
俺は説明をしながら六芒星(ろくぼうせい)の中央へ円を描き、角から中央へ向かって矢印を描く。
「なるほど⋯ 儀式用と同じ考えだな」
「何処が同じですか?」
「中央に魔法円を置いて、それに魔素を集める点だよ」
「そう考えると同じですね」
「後は⋯ イチノスさんが言ったとおりに、この円が魔素をどちらに流す作りかを調べるだけだな」
「そこは御主人の出番ですね」
「そうだな。書かれている古代語に、魔素の流れを示す記号か言葉が含まれているかを読み解けばよいだけだな」
御主人は、中々に察しが良いな。
「そうなりますね。これで木板に描かれている範囲の解読は目処がつきそうですね(笑」
「これでパトリシアさんからの調査依頼は達成したも同じだな(笑」
「「ハハハ」」
ようやく、俺は御主人と共に声を出して笑うことが出来た。
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