8-7 東町の魔道具屋から西町南のカレー屋へ
東町魔道具屋の御主人から、訪問の目的である『魔素転写紙(まそてんしゃし)』を無事に手に入れることが出来た。
長居をしても申し訳ないので退散の意思を示すと、御主人と女将さんから店の外まで送られそうになった。
だが、そこまで御主人や女将さんのお時間を取らせては申し訳ないと、店内での挨拶とさせて貰った。
「イチノスさん。あれの正体がわかったら知らせるから、また店に来てくれよな」
「はい。楽しみにしてます。今度は手土産を忘れずに持ってきます(笑」
「ハハハ そこは気にするな(笑」
あの後、魔道具屋の御主人から、木板に記された古代語の解釈について熱弁を振るわれた。
ついには御主人から『今日の結果以上のものを追求したい』という意気込みまで延々と語られてしまった。
それがまた長居の原因になったのだが⋯
明日の朝、パトリシアさんは強い困惑を受けるだろう。
古代語の解釈を交えた御主人からの調査報告で、パトリシアさんは強い困惑を受けるだろう。
俺も延々と御主人から古代語の解釈を聴かされ困惑したのだ。
パトリシアさんにも同じ思いを味わって貰おう。
「サノスちゃん、いつでも遊びに来てね」
「女将さん。色々教えていただき、ありがとうございました。また必ず来ますので宜しくお願いします」
サノスが頭を下げ女将さんにお礼を述べる。
その手には女将さん特性の魔素ペンがしっかりと握られている。
サノスの斜めがけしたカバンには、魔素転写紙を入れた筒が顔を覗かせている。
「それではここで」
「失礼します」
サノスと共にそう告げて、俺とサノスは東町の魔道具屋を後にした。
東町の魔道具屋を後にした俺とサノスは、南北に走る大通りを目指して歩いて行く。
その道中、時折、見掛ける街兵士は、俺とサノスを見つけると軒並み会釈をしてくる。
その様子から、俺とサノスが東町の魔道具屋へ来ていることを、会釈してくる全ての街兵士が知っているのだろうと伺い知ることができる。
東町の魔道具屋へ向かう際に、帯剣した街兵士に行き先を告げたのが、回り回って功を奏したのだろう。
また、俺の推測の範囲ではあるが、こうして見掛ける街兵士は、あの木板の警護を兼ねた巡回をしている気もする。
どんな経緯で、あの木板を詐欺師が所持していたかなんてわからない。
どんな状況や理由で宿に置かれていたかもわからない。
だが、多分にイルデパンやパトリシアさんが続けている捜査に、深く関わっているものだろうとは感じることが出来る。
そんな思いを巡らせながらサノスを見れば、スキップを踏むような足取りで、とても嬉しそうだ。
「サノス、嬉しいのか?」
「そりゃもう、嬉しいに決まってます。これで捗りますからね♪︎」
そう言ってカバンをポンポンと叩く。
サノスは女将さんから、魔素転写紙と魔素ペンの使い方を教えて貰って上機嫌なのだ。
「こんな便利な物があるのに、どうして師匠は教えてくれなかったんですか?」
「ん? 聞かれなかったから(笑」
「ぶぅ~」
「ククク」
どこか嬉しさを含んだ顔で、ブ~たれるサノスの顔が笑える。
「女将さんは師匠と違って優しい人です」
「おいおい、何だそれは(笑」
「女将さんは、すごく丁寧に教えてくれるんです。師匠とは全然違います」
「俺だって優しいだろ? これからサノスに昼御飯を奢ってやるんだから」
「はいはい。昼御飯が美味しかったら、師匠が優しい人だと認めてあげます」
「そうかそうか(笑」
さてさて、サノスは『カレー』にどんな反応を示すのだろうか?(笑
南北に走る大通りへ出ると、右手に中央広場、左手に南部市場が見える。
そんな大通りを渡ろうと馬車をやり過ごしているとサノスが聞いてきた。
「師匠、この通りを渡ると教会のある西町南ですよね」
「あぁ、目的の店が西町南にあるんだ」
「西町南に食堂なんてあったかな?」
「言われてみれば、西町南には食べ物屋は少ないよな」
「教会周辺なんて皆無ですよね」
「そうだな、サノスの言うとおりだ。俺も西町南で店に入った記憶は、あの店ぐらいだな。さて、この通りだったかな⋯」
リアルデイルの街は格子状に路が走っているので、方角さえ間違えなければ、目的地の側までは確実にたどり着ける。
たとえ路を1本間違えても、勘に頼って角を数回曲がれば、それなりに目的地にはたどり着けるのだ。
ただ、前回来た時は東西に走る大通りから来たので、南北に走る大通りからは目的の『カレー屋』を見つけにくいのも事実だ。
「教会なら、もう一本南よりの路だと思いますよ」
「なら、この路で大丈夫だろう」
目的の『カレー屋』は、サノスの言う教会よりも、東西に走る大通り寄りにあったはずだ。
おそらくこの路で大丈夫だろうと判断して、西町南の街並へと足を踏み入れた。
西町南の町並みは、前回来たときと同じように静かな住宅街だ。
こうして歩いてみると、サノスの言うとおりに店舗が全くないと言える閑静な住宅街だ。
「クンクン なんか美味しそうな匂いがします」
おっ、サノスがカレーの香りに気が付いたな。
「おう、この通りで合ってそうだな」
フワリと食欲を誘う香りがし、空腹感が増してきた。
前回の記憶を思い起こしながら、サノスと共に香りの元へと向かって行く。
「師匠、この匂いって何ですか?」
「この香りが今日の昼御飯だ」
「何か美味しそうな匂いですよね」
よしよし。
サノスが『美味しそう』と口にしている。
これなら優しい師匠になれそうだ(笑
「そういえば、サノスは辛いものも食べれるよな?」
「えっ、この匂いで辛いんですか?」
そんなサノスの言葉を聞きながら、より香りの強そうな右方向へと道角を曲がると、目的のカレー屋が見えて来た。
カランコロン
俺を先頭にサノスが後ろに続いてカレー屋の扉を開けると、一気に強くなったカレーの香りが押し寄せてくる。
急に大きくなった香りに戸惑いそうな俺とサノスを、女店主の声が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ~ 空いてる席へどうぞ~」
サノスを連れて店の奥へと進むと、カウンターの向こうから女店主が姿を見せてきた。
前回と同じ様に、今日も女店主は身体の線が強く出ない丈の長い赤のワンピースを着ていた。
飲食店なので頭には髪を隠すように布を巻いている。
前にも思ったのだが、澄んだ大きな瞳が妙に美しさを感じさせる女性だ。
「あら? 前にきてくれた⋯」
「イチノスといいます。この味と匂いが忘れられなくて、また、来てしまいました(笑」
「そう(笑 またランチしか出せないけど良いかしら?」
「えぇ、今日は二人前でお願いします」
俺がそう告げると、横に並んだサノスが挨拶をする。
「はじめまして。サノスと言います」
「あら、美人さんね~ 辛いのは大丈夫かしら?」
「ちょっと控えめでお願いできれば⋯」
「はい。優し目にしますね(笑」
そう告げた女主人が朗らかな笑顔を見せてくれる。
「イチノスさん、今日もチキンだけど大丈夫?」
前回と同じチキンカレーだと告げられ、前に来た時のことを覚えていてくれたんだと、少しだけ嬉しくなってしまった。
「はい、大丈夫です。サノスは平気だよな?」
「チキンって鳥ですよね。大丈夫です」
サノス。
チキンは確かに『鳥(とり)』だが、その言い方だと街中を飛んでいる『鳥(バード)』に感じるぞ。
お前は街中で飛んでいる『鳥』を捕まえて食すのか?
「じゃあ、ランチのチキンカレーを二人前ね」
そう告げて、女店主は調理に取り掛かった。
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