22-13 魔導師の役割は何か?
商工会ギルドでの打ち合わせが終わり、シーラが使う貸出馬車で店への帰路についた。
店へと向かう馬車の個室の中で、シーラから思わぬ問い掛けが飛び出した。
『魔導師の役割は何か?』
この問い掛けは、魔法学校卒業の半年前、学年主任の教師が『魔導師』を目指すと決めた生徒たちを集めて投げかけた代物だ。
まさか、そんな問い掛けが、シーラの口から出るとは思いもよらなかった。
あの時のシーラはなんと答えたのだろう?
そして、俺は何と答えたかが思い出せない。
その後、シーラは俺の研究所時代についても尋ねてきた。
少し脇に逸れた感じの問い掛けだが、シーラが俺から聞き出したいのは、やはり俺の『魔導師』についての考えだろう。
その問いに対する適切な返答に思いめぐらせながら、口に出すべき言葉を探った。
「シーラが『魔導師の役割』を問うとは⋯ 随分と哲学的な質問だな?」
「哲学的?」
「そもそも、魔導師を目指すと決めた者たちは学校を卒業する頃には、そうした問い掛けへの答えを⋯」
そこまで口にして、俺は言葉を止めた。
魔法学校の卒業間際、シーラはそうしたことへの考えを深める余裕もなく、重度の魔力切れを起こした父親の治療に専念するために休学していたのだ。
看病のかいもなく、父親が亡くなった後に復学して卒業したとはいえ、そうした哲学的な思考を深める心の余裕も、シーラは持てない状況だったんじゃないのだろうか?
「シーラ、すまん」
俺は思わずそんな言葉を口にしていた。
そんな俺に、シーラは優しげな言葉を返してきた。
「ううん、気にしないで。イチノス君のそうした優しい感じが変わってなくて良かった」
そう答えたシーラの顔が、俺にはどこか寂しげな感じに見えてしまった。
どこか重い空気の馬車の中、暫しの沈黙が俺とシーラを包んだ時、馬車の動きが止まった。
ブラインドの隙間から外を窺えば、見慣れた景色だ。
どうやら店へと到着したらしい。
「着いたな。シーラ、ありがとうな。明日は⋯」
「明日は、2時に製氷業者だから、1時には迎えに来るね」
馬車から降りる支度を整えたら、忘れずに財布から1枚の銀貨を取り出す。
輪留めを掛ける音がして、コンコンと個室の扉をノックする御者に応えて、扉を開けシーラへ声を掛けながら降りて行く。
「じゃあ、明日」
「お疲れさま~」
そんな言葉をシーラと交わすと、少し間を空けて俺とシーラへ軽く気遣った御者が扉を閉めてくれた。
御者が輪留めを外したところで俺から声を掛け、取り出し置いた銀貨を1枚手渡す。
「寄り道させてすまなかった」
「お気遣いありがとうございます」
そう答えた御者は、嬉しそうな顔を見せてくれた。
シーラを乗せ遠ざかる馬車を見送っていると、道の向こう側から視線を感じる。
視線の元を辿れば、女性街兵士が傾き行く太陽を背に、俺に向かって敬礼をしていた。
俺はそんな二人へ敬礼で応えて、店へと入って行った。
カランコロン
「は~い、いらっしゃいませ~」
明るい声で俺を迎えてくれたのはロザンナだった。
「イチノスさん、お帰りなさい」
「おう」
しまった!
先程までのシーラの問いかけに気を取られて、素っ気ない返事になってしまった。
「早く戻って来れたんですね」
「思ったより打ち合わせが早く終わったんだ。留守番、ありがとうな」
「いえいえ、仕事ですから」
良かった。
ロザンナは、俺の素っ気無い返事には気付かなかったようだ。
「水出しは順調か?」
「う~ん、私としては順調です(笑」
「そうか、それは良かった(笑」
そんなやりとりをしながら、ロザンナと共に作業場へ入ると、サノスが開いた本の上で右の掌(てのひら)を睨みつけていた。
「サノス、戻ったぞ」
「あれ?! 師匠、おかえりなさい!」
慌てた声で返事をしたサノスが、壁の時計へ目をやる。
それに釣られて俺も時計を見ると4時を回ったところだ。
「師匠、早く戻って来れたんですね」
「思ったより打ち合わせが早く終わってな。留守番、ありがとうな」
「御茶を淹れますか?」
そう言いながらサノスが本を閉じて席を立ち上がる。
閉じた本へ目をやれば『初歩の回復魔法』だった。
「そうだな、頼めるか?」
「「はい」」
二人が元気に返事をすると、作業机の上を片付け始めた。
◆
皆がお茶を一口飲んだところで、まずは今日の商工会ギルドで決まった、明日の予定を二人へ話して行くことにした。
「明日だが、昼から出かけることになった」
そこまで告げると、ロザンナが席を立ち、棚から予定の書かれたメモ書きとペンを取り出した。
「前に話していた製氷業者の様子を見に行くことになったんだ」
「製氷業者? あぁ、氷屋の件ですね」
製氷業者=氷屋と繋げて答えたサノスの隣では、ロザンナがメモへ書き込んでいる。
「そんなに長くはかからないと思うから、昼から出掛けて、店を閉める頃には戻る予定だな」
そこまで話して、コンラッドからの手紙を思い出す。
あの薄緑色の石ならば、サノスとロザンナが受け取って問題ないだろう。
「それと、夕方に届け物が来る予定なんだ。夕方には戻る予定だが、俺がいなくても受け取って置いてくれるか?」
「はい、「わかりました」」
サノスとロザンナが一緒に返事をしてくれたところで、ロザンナが口を開いた。
「イチノスさん、昼からだと昼食は店で食べますか?」
ん? ロザンナが明日の昼食を気にするのか?
何故か、ロザンナが昼食のことを気にするのに、違和感を覚えるな。
そう思っていると、今度はサノスが口を開く。
「師匠⋯」
「ん?」
「お願いがあります」
唐突に、サノスが何かを訴えるような言葉を発した。
「サノス、どうした?」
「明日から暫く、昼食を買いに行くのを止めてもいいですか?」
「ん? なんだ? 何かあったのか?」
「暫く型紙を描くのに集中したいんです」
「私は水出しを描くのに⋯」
なるほど。頷ける話だ。
それに、これは俺も考えていたことだ。
毎日、昼食の御使いで時間を割くより、二人には店で作業に集中して欲しい思いもある。
「それなんだが、俺も考えてたんだ。今の二人には、集中して作業する時間が必要だよな?」
「「コクコク」」
「俺の昼食で、毎日、御使いに行くのも煩わしいだろ?」
「「コクコク」」
「俺の昼食は自分で考えるから、二人には魔法円を描いたり、魔法を学ぶことに集中して欲しいんだ」
「「コクコク」」
「もっとも、店番だけはお願いするが、それで良いかな?」
「師匠、ありがとうございます」
「イチノスさん、ありがとうございます」
二人が嬉しそうな声で応えてくれた。
「じゃあ、師匠。明日から私たちはお弁当でも大丈夫ですか?」
ククク、やはりロザンナが昼食を気にするよりは、サノスが気にする方が合ってる気がするな。
「あぁ、気にするな。俺は適当に昼食は済ませるから」
「ロザンナ、これで明日からはお弁当だね」
「はい、ここなら氷冷蔵庫もあるから安心ですね」
そうだよな。
これからの夏場は弁当が傷む可能性もあるからな。
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