22-12 シーラと馬車の中で

 

 それなりの決着を伴って、商工会ギルドで予定されていた2つの会合が終わった。


 相談役としての具体的な業務内容と待遇は、キャンディスさんの強権行使と相まって、不協和な雰囲気を残したままで次回への持ち越しとなった。


 製氷業者の抱える問題については、状況を見極めるための指名依頼が結ばれ、明日の昼過ぎに俺とシーラでの視察が決定した。


 俺はキャンディスさんへ、もう一つの懸案を問いかける。


「キャンディスさん、もう一つ聞いて良いですか?」


「はい、何でしょう?」


 彼女は優雅に微笑みながら返した。

 その微笑みは、先程までのやり取りを制した勝者の微笑みにも思えた。


「次の古代遺跡の調査隊は、いつ頃に組まれる予定ですか?」


「その件ですが、今すぐには組まれません。満月を過ぎるまでは無理でしょうね」


 キャンディスさんはシーラへ目をやりながら、静かに言葉を続けた。


「イチノスさんもご存じの通りに、満月の頃は魔物が増えますので、それを過ぎてからでしょうね」


 この答えには納得できる。

 そうなると、早くて20日過ぎか?


「では、冒険者の方々は、当面は麦刈りと古代遺跡周辺の魔物討伐が主な仕事な感じですかね(笑」


「そんな感じですね(笑」


 キャンディスさんがそう答えると、一瞬、考えた顔を見せて言葉を続けた。


「もしかして、イチノスさんは調査隊への参加をご希望ですか?」


「いえいえ、調査隊へ行かれる方々へ依頼を出したいんです。これが少し変わった依頼でして⋯」


 コンコン


 その時、応接室の扉をノックする音が会話を遮った。


「はーい」

「「どうぞぉー」」


 俺とシーラ、キャンディスさんの声に応えて扉が開くと、そこには商工会ギルドの若い女性職員が立っていた。


「キャンディスさん、馬車の準備ができました。他の皆さんは既に向かってます」


「あら、ありがとう。イチノスさん、続きはギルドへいらした際でよろしいですか?」


「はい、詳しい話が必要でしょうから来週には伺います」


「楽しみにお待ちしています」


 キャンディスさんはそう告げると、急いで応接室を出ていった。


 そんなキャンディスさんを見送った若い女性職員が再び口を開く。


「シーラさん、イチノスさん、先ほど伝令が出ましたので、明日の視察は大丈夫だと思います」


「素晴らしいぐらいに迅速ですね。ありがとうございます」


 シーラから称える言葉が出ると、若い女性職員は戸惑いを顔に浮かべたが、直ぐにそれを消して答えてきた。


「お褒めの言葉、ありがとうございます。それと、シーラさんの馬車も間もなく準備ができそうです」


「そこまでしてくれるなんて、本当にありがとうございます」


 シーラが答えると、若い女性職員がお辞儀をして、応接室の扉の向こうへ姿を消した。


「イチノス君、送ってく?」


「いいのか? じゃあ、お願いするよ」


 俺はシーラの言葉に甘えて、馬車で店へ戻ることになった。


 ◆


 シーラの言葉に甘えて、商工会ギルド裏の馬車停りから黒塗りの馬車へと乗り込んだ。


 その馬車の個室内の雰囲気から、この馬車はアンドレアの貸出馬車だと俺は察した。


 動き出した馬車の揺れ具合で、それを確信したところで、シーラへこの馬車の話を問い掛けて行く。


「シーラ、この馬車はシーラの持ち馬車か?(笑」


「イチノス君、私が馬車なんか持てるわけ無いでしょ。この馬車はね、アンドレアさんって商人さんが、ウィリアム様と言うかフェリス様へ献上したのが貸し出されたの」


 うん、あり得る話だ。

 ウィリアム叔父さんも母(フェリス)も持ち馬車があるだろうから、アンドレアさんから貸出馬車を献上されても使わないだろう。


 そう考えれば、シーラに回ってくるのも十分にあり得る話だ。


「『シーラがリアルデイルの中で移動するのに良いだろう』そうウィリアム様が言って、フェリス様も後押ししてくれて私が主に使うことになったの」


 そこまで聞いて、俺はシーラが領主別邸を出る話を問い掛けた。


「そう言えば、領主別邸を出る話はどうなったんだ?」


「そうだ! 忘れてた!」


 そう言ってシーラがショルダーバッグ?

 いや、この大きさはサコッシュと言うのか?

 そこから1通の封筒を出してきた。


「イチノス君へ渡すように、フェリス様から言われたの」


 シーラから受け取った封筒を開けると、そこにはこんな手紙が入っていた。


 ─

 愛するイチノスへ


 シーラが領主別邸を出てパトリシアと暮らすことになりました。

 ついてはシーラがこの街に馴染めるよう、同じ相談役として支えてください。


 フェリスより

 ─


「シーラ、別邸を出ることが決まったんだな」


「うん、ウィリアム様もフェリス様も了承してくれたの」


「良かったな」


「まあ、ちょっとあったけどね(笑」


「ちょっとあった?」


 俺の問い掛けにシーラは答えず、黙ってもう一通の封筒を出してきた。


「それでこれが、コンラッドさんからのお手紙」


 ─

 イチノス様へ


 先日預かりました品物を、4日の夕刻にアイザックが届けに伺います。


 コンラッド

 ─


 よし!

 明日の夕刻なら、製氷業者への視察から戻ってから受け取れる。

 これなら、5日のムヒロエからの鑑定依頼に間に合うな。


「イチノス君、嬉しそうね」


「えっ? あぁ、良い知らせなんだ」


 急にシーラに声を掛けられ、ちょっと慌てた返事をしてしまった。


「良い知らせなら良かった(ニッコリ」


 そう告げたシーラが、強烈な笑顔で微笑んでくる。


 そうだよ。魔法学校時代に、この微笑みで何人もの連中を虜にしたんだよ。

 シーラのこの笑顔は、相変わらずの威力だ。

 製氷業者の二人のオヤジを虜にしたのも頷けるな(笑


 そんなことを考えていると、シーラが思わぬ言葉を口にしてきた。


「ねえ、イチノス君は『魔導師の役割』って、何だと思う?」


 先程の商工会ギルドの応接室で、シーラは似たようなことを口にしていたよな?


「シーラ、何か悩んでるのか?」


「悩んでるというか⋯ イチノス君がどう思ってるのかちょっと気になったの」


「シーラは『魔導師の役割』について、俺の考えを聞きたいのか?」


「うん、イチノス君は魔法学校を出て研究所へ入ったよね?」


「そうだな」


「どうして、折角入った研究所を辞めたの? 向いて無かったとか?」


「ククク 向き不向きで言えば、俺が辞める頃の研究所は、俺が求めるのとは少し違っていたな」


 何だろう?

 やはりシーラは何かに悩んでいるのだろうか?


「少し違う? 何が違うの?」


「俺が研究所へ入所した頃は、魔素や魔法についての研究ができる機会が得られたと思っていたんだ」


「魔素や魔法かぁ⋯」


「けれども、辞める前の半年か1年ぐらいは、研究所の雰囲気が変わったんだよ」


「具体的に話して」


 おいおい。

 俺の研究所に関する感想の話をするのか?


 『魔導師の役割とは何か?』


 そんなシーラの疑問について、話すんじゃないのか?


「シーラは、研究所へ入ることは考えなかったのか?」


 俺の問いかけに、シーラはプルプルと首を震る仕草で返答した。


 何だろう。

 どうも学生時代のあの飄々としつつも、どこか覇気に満ちたシーラ独特の雰囲気を感じない。


 やはり今のシーラは、何かに悩んでいるのだろうか?

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