22-11 商工会ギルドからの指名依頼

 

 打ち合わせを終えた製氷業者の二人が応接室から退室し、それを見送るために若い女性職員も応接室を出て行った。


 この商工会ギルドの応接室は、再び俺とシーラの二人だけとなった。


 シーラは俺から取り上げた紙とペンで、黙ったままで何かを書いている。


 そんなシーラが口を開いた。


「イチノス君、明日って空いてる?」


「明日は4日だよな?」


 用事があるとすれば、コンラッドからムヒロエの薄緑色の石が戻って来るぐらいか?


「特に予定は入っていないから、一応、空いてるぞ」


「じゃあ、迎えに行くから、イチノス君も一緒に来てね」


「えっ?」


「ほら、製氷業者さんの氷室と魔道具を観に行くのよ」


 どうやら、シーラは製氷業者の件に取り組むのを決めたらしい。

 そんな意欲を抱いたであろうシーラへ、軽く問い掛ける。


「シーラは、こうした依頼を引き受けたことがあるのか?」


「うん、あるよ。店をやってた時に、肉屋の氷室を2軒ぐらい直した事があるね」


 そうか、そうした経験があるのなら、この仕事はシーラに丸投げしても良さそうだな。


「なあ、シーラ」


「ん? なあに?」


「この製氷業者の依頼は、シーラが受けてみないか?」


「ああ、ごめん。これって本当は、イチノス君に来た依頼よね?」


「いや、そんなことを俺は気にしていない。むしろこうした街の人々からの依頼仕事は、シーラに受けてもらいたいんだよ」


「??」


 どうして、そこで頭上に疑問符を浮かべるんだ?

 さっき俺が話したことを、シーラは覚えていないのか?(笑


「さっきも言ったけれども、この先、シーラはリアルデイルの街で暮らすんだよな?」


「⋯⋯」


「それなら、こうした依頼をシーラと俺で取り合うよりは、話し合って別け合った方が良いと思わないか?」


「それは、そうだね。確かに、イチノス君の言うとおりな気がする⋯ けど⋯」


「けど?」


「このリアルデイルの街には、イチノス君の他に魔導師はいないの?」


 シーラの問い掛けに、俺は東町の魔道具屋の御主人と女将さんが思い浮かぶ。


「魔道具師は二人ほど知ってるが、魔導師を名乗ってるのは俺だけだな。後はローズマリー先生?(笑」


「フフフ 先生はちょっと違うでしょう?(笑」


「そうだな。さすがに先生には、こうした魔道具の話は行かないだろうな(笑」


「そのイチノス君の言う魔道具師の方って、今回の話しに関わって無いの?」


「俺の知る限りは関わって無いだろう。その付近は、さっきの女性職員に確かめるのが確実だな」


「う~ん⋯ やっぱり魔道具師の方って、他の魔道具師が作った道具の修理は避けるよね⋯」


 ん? シーラが何かを語り始めた気がするぞ。


「ねえ、イチノス君。魔導師の役割って、何だと思う?」


 コンコン


 シーラの言葉を遮るように、応接室の扉がノックされた。


「はーい、「どうぞぉー」」


「失礼します、イチノスさん、シーラさん」


 案の定、そこに現れたのは若い女性職員だった。


「製氷業者の方からの相談事は如何でしょうか?」


「はい。早速ですが、明日にでもイチノス魔導師と一緒に現場へ伺おうと話していたところです」


「では、今回の件は受けていただけるんですね?」


 シーラの返答に、若い女性職員の顔が一気に明るくなったのを俺は見逃さなかった。


 この女性職員は最初に感じたとおりに、若い感じだな。

 年の頃で言えば、冒険者ギルドのタチアナと大差が無いように思える。


「はい、受けますよ。但し、まだ現状を観ていませんから直せるかとか、そうした話は止めてくださいね(笑」


「そうですよね。何も見ていないのに直せるわけがないですよね(笑」


 話が一段落した感じがするので、俺は若い女性職員に大切な事を問い掛ける。


「それで、今回の件は商工会ギルドからの指名依頼になるんでしょうか?」


「あぁ、そうですね。ちょっとお待ちください、直ぐにメリッサを連れてきます」


 そう言うなり、若い女性職員が応接室を飛び出していった。


 ◆


 メリッサさんが、若い女性職員に連れて来られ、再び応接室に5人が集まった。


 俺とシーラ、メリッサさんと若い女性職員、そして立ち会い者としてキャンディスさんが応接室に揃ったのだ。


 商工会ギルドからの指名依頼の締結であり、本来ならば冒険者ギルドのキャンディスさんが立ち会うのはおかしい事だ。


 しかし、応接室に入室してきたキャンディスさんの『私が立ち会いをさせていただきます』の言葉に、メリッサさんが何も反論をせず全員が同意したのだ。


「では、こちらの内容で製氷業者の現状視察の指名依頼とさせていただきます」


 そう言って、若い女性職員が指名依頼の書類を応接机へ置いた瞬間、キャンディスさんがその書類を拐うように手に取った。


 キャンディスさんの行為に、メリッサさんが何かを言うかと思ったが何も口にせず、むしろキャンディスさんから目線を外している。


 もう、そうした様子と、キャンディスさんがこの場にいるだけで、会議室で何らかの決着が出たのだろうと、俺は察してしまった。


 黙って書類に目を通したキャンディスさんが、書類を応接机へ置いて呟いた。


「良いわね、これなら問題ないわ」


 その書類をシーラが手にして、俺にも見せるように差し出してきた。


 ─

 《リアルデイル 商工会ギルド 指名依頼》


 ■依頼概要

 製氷業者の相談事に基づく現状の視察と視察結果の報告


 ■依頼金額

 ・金貨2枚


 ■依頼担当者

 リアルデイル商工会ギルド メリッサ


 ■依頼受託者

 イチノス・タハ・ケユール

 シーラ・メズノウア


 ■依頼実行日時

 ・王国歴622年6月4日(土)2時


 ■依頼結果報告期限

 ・王国歴622年6月5日(日)2時


 ■特記事項

 無し


 ─


「イチノス魔導師は、何か意見がありますか?」


 書類に目を通し終えたシーラが問い掛けて来た。


「問題ないな」


 そう答えながら改めて皆を見渡すと、メリッサさんは安心したように肩の力を抜き、キャンディスさんは満足げで、若い女性職員は大きく息を吐いていた。


「シーラ、先に署名してくれるか?」


 俺の声に応えてシーラが署名し、俺も署名を済ませた。


 署名を済ませた書類をメリッサさんへ差し出すと、若い女性職員が席を立った。


「直ぐに伝令を出して来ます」


 そう告げて、慌ただしく若い女性職員が応接室を飛び出して行った。


 メリッサさんが改めて指名依頼の書類へ目を通していると、キャンディスさんが口を開いた。


「メリッサさん、不備や不満、ご意見がありますか? 無ければサインを済ませてください。時間がもったいないので、次へ行きましょう」


「⋯⋯」


 キャンディスさんの言葉に、メリッサさんが厳しい視線を送るが、それでも手早くサインを済ませ、書類を手に、応接から勢い良く立ち上がった。


「馬車の手配してきます」


「そうね、お願いします」


 そう応じたキャンディスさんを、再びメリッサさんが睨み付けた。

 どこか悔しさを含んだ顔をしながら、誰へ挨拶をすることもなく、メリッサさんは応接室を出て行ってしまった。


 これはかなり根深そうな問題になりそうな気がするな。

 そんなことを感じていると、シーラが口を開いた。


「キャンディスさん、この後にどこかへ行かれるのですか?」


「あぁ、そうね。帰りは文官達の馬車に同乗させてもらうから」


 そこまで言った、キャンディスさんが俺を見てきた。

 ここが機会だと思い、俺から問い掛ける。


「キャンディスさん、今日の相談役の業務内容の会合に、ギルマスは不参加だったんですね?」


「えぇ、今回の打ち合わせには、ベンジャミンとアキナヒさんから、私が代行の依頼を受けたんです」


 あらまぁ


 これは会議室での打ち合わせで、キャンディスさんは両ギルマスからの代行としての強権を行使したな。


「それで本日に出しました草案ですが、一旦⋯」


 そこまで口にしたキャンディスさんへ向かって、俺は手で制した。


「キャンディスさん、シーラ魔導師と話し合いましたが、我々としては、あの但し書きには同意できません」


「うんうん」


 俺の隣でシーラが強く頷く。


「そこで譲歩案として、ギルドへ出向く回数を月に3回、二人で計6回とする事を提案させていただきます」


「うんうん」


 シーラが頷くと、キャンディスさんの顔が明らかに綻んだ。


「イチノスさん、シーラさん、ご配慮をいただき、本当にありがとうございます。今回のご意見も踏まえて、この後に草案を立て直しますので、再びご相談させてください」


「そうですね、日を改めましょう」


「ありがとうございます」


 キャンディスさんの返事にシーラを見やれば、満足そうな顔で頷いていた。

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