22-10 製氷業者との打ち合わせ
若い女性職員が応接室を出たところで、シーラが聞いてきた。
「イチノス君、この後に別の打ち合わせがあるの?」
「ん? 製氷業者との打ち合わせが3時からあるんだよ。それもメリッサさんが担当なんだが⋯」
そこまで告げて、俺はあることを思い付いた。
「そうだ。よかったら、シーラも参加しないか?」
「えっ? 私も?!」
シーラが驚きの表情を浮かべる。
「いや、都合が良ければと思ったんだが、既に予定があるなら⋯」
「いや、特に無いけど⋯ 私が参加して意味があるのかな?」
俺の言葉に被せるように、否定的な意見をシーラが告げてきた。
「俺はあると思うぞ。これからのシーラは、相談役を辞めない限りはリアルデイルの街に住むんだろ?」
「まぁ、そうだけど⋯」
「シーラがリアルデイルの街に住むのなら、この街の人々と顔を繋いでおいた方が、色々と良いと思うんだ」
「まぁ、確かにそうだけど⋯」
俺の提案に、シーラが考え深い表情を見せた。
軽い気持ちで誘ったのだが、シーラの渋り方には何か背景があるのだろうか?
少し考え込むシーラに気を使い、俺は話題を変えることにした。
「そうだ、サノスを馬車で送ってくれたそうだな。ありがとうな」
「ううん、気にしないで。キャンディスさんがサノスさんを紹介してくれて、商工会ギルドへ来るついでだったから」
「いやいや、助かったよ。ありがとうな」
「そうそう。聞きたかったんだけど、イチノス君は弟子を取ったの?」
重ねて礼を述べれば、シーラが誤魔化すようにサノスの話に踏み込んできた。
「取ったな。サノスは将来は魔導師を目指しているみたいなんだ」
「へぇ~、イチノス君に弟子かぁ~」
「シーラはどうなんだ? 魔導師を目指す弟子を取ったりしたんだろ?」
そう問いかけると、シーラはプルプルと震える仕草で返答した。
「私には無理かな?(笑」
シーラが『無理』と言うなんて珍しいな?
俺の知る限り、魔法学校時代のシーラは『無理』と言う言葉を使った記憶が無い。
いつでも前向きで、『無理』と言うような後ろ向きな言葉を使っていなかったはずだ。
もしかして、シーラが患った極度の魔力切れの経験が、そうしたところに影響を残しているのだろうか?
そうした事を思いつつも、サノスとロザンナにシーラを紹介する機会を考えて行く。
「弟子の話ついでなんだが、どこかでシーラに時間を取って欲しいんだ」
「えっ?!」
「キャンディスさんから、サノスを紹介されただろ?」
「うん、食堂で早目の昼食をしてる時に紹介されたよ」
「実は、もう一人、将来は魔導師か魔道具師を考えてる従業員がいるんだ」
「えっ?! イチノス君は二人も弟子を取ったの?!」
「いや、もう一人は弟子じゃなくて店の従業員として雇ったんだが、この二人がシーラに興味を持ってるんだよ」
「私に興味を持った?」
「二人とも未成年の女の子なんだが、多分だが、二人は女性の魔導師であるシーラに何かを感じてる気がするんだよ」
「⋯⋯」
ん? シーラが少し引いた気がするぞ?
「それで、出来ればで良いんだが二人にシーラを紹介したいんだが⋯」
ん? 何でシーラが目を細めてるんだ?
俺は何かまずいことを口にしたか?
「イチノス君」
「は、はい、なんでしょう」
俺の名を呼ぶシーラの低い声が少し怖いんだけど⋯
「未成年の女の子を二人も使ってるの?(ニッコリ」
シーラ、ちょっと待て。
お前は変な事を考えてないか?
シーラの口元は笑っているが、その細めた目に怒りのような軽蔑のようなものが見えるんだが⋯
コンコン
「はい「どうぞぉ~」」
応接室の扉をノックする音に救われた気がする。
シーラと共に応えると、応接室の扉が開き、先程の若い女性職員とメリッサさんが姿を現した。
「失礼します。イチノスさん、シーラさん、もう少し時間が掛かりますので、製氷業者の件を先に進めていただけますか? 商工会ギルドからは彼女が立ち会いますので、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
一気呵成にメリッサさんが言い切り、頭を下げると俺達の返事も聞かずに直ぐに姿を消した。
どうやら、会議室の方は話がまとまらないようだ。
俺は残された若い女性職員を安心させるために声を掛ける。
「わかりました。私とシーラ魔導師で話を聞きます。お待たせしては悪いので、製氷業者のお二人を案内してください」
「ありがとうございます。では、こちらへお二人を案内してまいります」
そう告げて、若い女性職員も応接室から小走りに出ていった。
「ねえ、イチノス君」
「ん?」
改めて応接室にシーラと二人になると、声も顔も元に戻ったシーラが少しだけ憂鬱そうに聞いてきた。
「私がいても、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、製氷業者から話を聞くだけだから。わからないことは知らん振りをしていれば良いから(笑」
「う~ん、わかった。イチノス君に任せる(笑」
シーラは腹を括ったのかいつもの顔に戻って、服装の皺を伸ばすように整え始めた。
そんなシーラの服装は特に魔導師らしさは皆無で、周囲から見れば街娘にも見える装いだ。
藍染の生地で半袖のワンピースに白のレースなカーディガン。
あれ?
このシーラの着ている服装は、どこかで見た気がするぞ?
どこで見たんだろう?
つい最近、この服装の女性を見掛けた記憶があるんだが⋯
◆
応接室の狭い空間に、俺とシーラ、製氷業者の二人、そして若い女性職員の合計5人が集まった。
前に使っていた会議室は、この応接室の倍ほどの広さがあったが、今はここで事を進めるしかないらしい。
「では、先週から氷室の氷が溶け始めたんですね?」
シーラが問うと、製氷業者たちは微妙に訛りを感じさせながら話し始めた。
「そうなんよ、俺んとこもこいつんとこも溶け始めてヤバイと話してたんよ」
「先週から暑くなったからだと思っちょったら、魔道具が氷も作らんし氷室もいつもより温いんよ」
製氷業者たちは互いに挨拶と名乗りが終わった途端、なぜか一斉にシーラへと話しかけ始めた。
気持ちはわかるぞ。
俺だってシーラのような若い女性が話を聞いてくれるなら、若い女性と話すだろう。
しかし、見るからによい歳をした二人が、揃いも揃って嬉しそうな顔をしているのは何とも言えない気持ちになるな。
「お話しはわかりました。製氷の魔道具、冷却の魔道具。この二つが動いてないんですね?」
シーラのまとめ行く言葉に、製氷業者の片割れがここぞとばかりに答えた。
「そうなんじゃ。そんで、シーラさん、どうじゃろうか。その魔道具を観てくれんじゃろうか?」
「どうか何とかお願いしたい」
そう言って製氷業者の二人が揃ってシーラへ頭を下げて行く。
すると、若い女性職員が後押しするように口を開いた。
「このところ、少し暑くなって来ましたから、急いでますよね?」
「そうなんじゃ。出来りゃあ今日明日にでも直して欲しいんじゃ」
「今は壊れとらん氷室で凌いどるが、このままでは、いつ氷が底を着くかわからん」
「シーラさん、どうですか?」
平然と若い女性職員がシーラへ問い掛ける。
そんな問い掛けに少し考えたシーラが答えた。
「まずは、その動かないという魔道具を観ましょう。それから治すかどうするかを、ご一緒に考えましょう」
「おぉ~「受けてくれるか?!」
喜びの声と共に前のめりになり、顔を近付ける二人へ、シーラが手を出して制しながら言葉を続けた。
「けど、きちんと料金は貰いますよ(笑」
「もちろんじゃ。治してくれるなら、しっかりと払うぞ。この先は氷の引き合いが増える季節じゃ」
「そうじゃ。それに応えられんと、俺もこいつも首を括るしかないんじゃ」
「では、シーラさん、この後で魔道具の状況を観に行く日程や料金も含めてお話ししましょう」
「そうですね」
「「うんうん」」
若い女性職員のまとめる言葉に皆が合意して、製氷業者との会合が終わった。
結局、最初の挨拶をした後、俺は聞き役に徹するだけだった。
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