22-9 シーラとの草案の検討
国王の勅令で始まった王国西方再開発事業、そのリアルデイル方面での魔法技術支援相談役に、俺とシーラが任命された。
しかし、相談役としての具体的な業務内容や待遇が未定であるという問題が浮上した。
具体的な待遇と業務内容を決めるために商工会ギルドでの打ち合わせに参加したのだが、示された草案の段階で根深そうな問題が発覚した。
そこで提示された草案を、俺とシーラの二人で別室で検討することにした。
草案の検討はするが疑念が募り、犯人探しに寄りそうな流れも見えた。
それでも流れを変えたそのとき、シーラが相談役辞任の可能性を匂わせてきた。
「商工会ギルドや冒険者ギルドから、いいように使われるぐらいなら、いっそのこと相談役を辞めてしまおうと思うの」
「まあ、それは本当に最後の手段だな」
そう答えつつも、俺は既にベンジャミンと似た話をしていることを鮮明に思い出した。
「なあ、シーラ。聞いてくれるか?」
「うん、聞いてる」
「実は以前に似たような話を、冒険者ギルドのベンジャミンとしたことがあるんだ」
「⋯⋯!」
シーラは目を見開き、その緑色の瞳を俺に向けた。
彼女の真剣な表情が、俺の話に対する興味を物語っている。
「これは、俺がベンジャミンに感じた事なんだが⋯」
そこまで口にして言葉を止めれば、シーラはじっと俺の目を見て次の言葉を待っている。
「冒険者ギルドのギルマスであるベンジャミン・ストークスは、どこか他者に仕事を投げようとする傾向があるんだよ」
「うん、それで?」
「冒険者ギルドの部外者である俺を、自分の部下のように扱おうとした事があって、少しベンジャミンに意見したんだ」
「⋯⋯」
「『あまりにも理不尽な扱いをするなら、シーラと共に相談役を辞任するぞ』ってね(笑」
「わかったぁ~ それでかぁ~」
俺の話を聞いた途端に、シーラが頷くように言葉を返してきた。
「ん? それで?」
「実は今日の昼前に冒険者ギルドへ挨拶に伺ったの。その時に、ベンジャミン様と少し話をしたけど、確かにそんな印象が見え隠れしてたわね(笑」
「ククク、シーラは既に感じてたのか?」
「少しね。それに面白いことも言ってた」
「面白いこと?」
「キャンディスさんに『イチノス殿とシーラ殿に逃げられぬよう』って言ってた(笑」
そう告げてくるシーラの瞳には笑いが隠れている。
「ククク、そんなことを言ってたのか?(笑」
「うん、キャンディスさんが首を傾げてた(笑」
「ククク」
「フフフ」
互いに笑い声が出たことで、俺とシーラが同じ感覚を持っていることがわかった。
このシーラとの共感はとても心地好く感じた。
そんなシーラとの時間は楽しいが、このままではいけない。
二人とも相談役としての姿勢を崩さず、継続した場合も、きちんと考えておく必要があるだろう。
「なあ、シーラ。待遇と業務内容だが、辞任は最終手段として、一歩手前の線引きは必要だよな?」
「一歩手前の線引き?」
「指名依頼で受けるのはどうだ?」
「一歩手前が指名依頼⋯ そうか! 確かにそれもありね」
「1件の相談毎に、指名依頼で受けるかどうかで、こちら側が主導権を握る方法だな」
「うん、それなら依頼を受ける段階から、相談事の解決を出来るか、達成できるかを検討できるわね」
「シーラは冒険者ギルドや商工会ギルドから、指名依頼を受けたことはあるんだろ?」
「店をやってる時に、ポーションの作成とか魔道具の修理で経験があるわよ」
やはり、そうした範囲か。俺も似たようなものだ。
古代遺跡への調査隊で指名依頼を受けたが、むしろあれは例外に近いからな。
「次に但し書きは退ける前提で、折衷案(せっちゅうあん)を考えないか?」
「そうね、但し書きは外してもらいましょう。イチノス君の言う折衷案(せっちゅうあん)だけど、ギルドへ出向く回数を増やすのはどう?」
「うん、良い案だな。今の草案だと月に2回で5日と20日か⋯」
「イチノス君は、これが月に3回とか4回だと問題ある?」
「月に3回というと例えば、5日、15日、25日みたいな感じか?」
そういえば、今月から五十日(ごとうび)は店を休むことにしたんだよな⋯
五十日(ごとうび)休みで月に6回の休みが半減するのか⋯
それも『折衷案(せっちゅうあん)』と言えるな(笑
「問題ないぞ。毎日は勘弁して欲しいが、月に4回ぐらいなら大丈夫だろう」
「私も4回なら大丈夫だろうから、イチノス君も4回で、二人で合わせて月に8回だから十分に譲歩してるよね?」
「そうだな、その譲歩案(じょうほあん)で但し書きを排除する線で話を持って行こう」
「そうね、それで交渉してみましょう」
何とか、シーラとの意見がまとまった感じだ。
残るは実際の交渉だな。
「どうする? この後の駆け引きと言うか、交渉はシーラに任せて大丈夫か?」
「う~ん キャンディスさんが味方になってくれそうだから、多分、大丈夫だと思うよ」
「但し書きを排除して、代わりにギルドへ出向く回数を増やすなら、キャンディスもメリッサも興味を示しそうだよな?」
「そうよね、まずは『但し書きは受け入れられない』から始めて、月に3回で交渉する感じ?」
「そうだな。そんな感じだな」
「何なら月に4回で割り増しとか?(笑」
「ククク その付近はシーラに任せるけど、割り増しになるとキャンディスも敵になるかもな(笑」
「そうかぁ~ その時はイチノス君の出番ね(笑」
「えっ? 俺の出番?」
「うん、だって私の味方がいなくなるんだよ? そうなったら、イチノス君に丸投げよね(ニッコリ」
ようやく、シーラの口から冗談が聞けた気がした。
コンコン
シーラの冗談に微笑んだところで、応接室の扉をノックする音に気が引かれた。
「は~い」
「どうぞぉ~」
シーラと共に応えると、応接室の扉が開き、商工会ギルドの制服に身を包んだ若い女性職員が姿を現した。
会議室の方での話し合いが終わったのだろうかと思っていると、若い女性職員が予想外の言葉を口にした。
「失礼します。イチノスさん、シーラさん、製氷業者のベネディクトさんとラインハルトさんがいらしてるんですが、こちらの応接室へお通ししてよろしいでしょうか?」
製氷業者との打ち合わせは確か3時からのはずだよな?
「もうそんな時間ですか?」
「いえ、約束の時間にはかなり早いんですが⋯」
早目に来たということは、かなり急いでいるのだろうか?
「メリッサさんは、何か言ってたんですか?」
「製氷業者のお二人がいらしたら、この応接室へ通すように言われてるんです」
これ以上は、この若い女性職員を問い質しても仕方ないな。
「ならばここは空けた方が良いですね。一応、メリッサさんに確認してもらえますか?」
女性職員は頷きながら、応接室から出ていった。
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