22-8 シーラとの調整

 

 国王の勅令により進められている王国西方再開発事業(おうこくせいほうさいかいはつじぎょう)。


 そのリアルデイル地域での魔法技術支援相談役に、俺とシーラが就任し、任命式も行われ、我々の新たな役割が公になった。


 しかし、そうした式典の裏で、相談役としての具体的な業務内容と待遇がまだ決まっていないという問題がくすぶっていた。


 その問題解決のため、商工会ギルドでの打ち合わせが急遽設定され、まずは関係者とされる方々との挨拶を無事に終えた。


 そして、この会議の焦点である、相談役としての業務内容と待遇が開示されたのだが、その内容を目にした瞬間、俺は問題の深刻さを理解した。


 皆が、メリッサさんが回した資料へ目を通し終えた頃に、冒険者ギルドのキャンディスさんが口を開く。


「メリッサさん、それにカミラさんとレオナさん、これはあくまでも『草案(そうあん)』ですよね?」


「はい、今回の打ち合わせのために、商工会ギルドとしての意向を盛り込んだ草案となっています」


 意気揚々とメリッサさんが応え、獣人文官のレオナさんも、そしてカミラさんも頷いている。


 そんな様子とやり取りを目にして、今日この場で何かが決まるわけではないと俺は感じた。


 ん?


 気が付けば、シーラが指で机を叩く音が止んでいる。


「商工会ギルドの意向を盛り込んだ草案ですか⋯」


 シーラの向こう側のキャンディスさんが呟くと、俺とシーラに意見を求める顔を見せてきた。


 それに気付いたシーラが、俺へ問い掛ける。


「イチノスさんは、何かご意見がありますか?」


 おいおい、シーラも気付いているんだろ?


 そこで俺に意見を求めるのは、一手目は俺に撃てと言うことか?


 だが、そう簡単に俺は一手目を撃たないぞ(笑


「メリッサさん、他に使える応接室、そうだ、商談室は空いてますか?」


「えっ?」

「「はい?」」

「イチノスさん⋯」


 皆が疑問の詰まった声をあげるが、全てを無視して俺はシーラに告げて行く。


「シーラ魔導師、この草案について、相談役同士で話がしたいんだ。難しいかな?」


「そうね、イチノス魔導師との調整が必要そうですね」


 シーラの同意が得られたので、改めてメリッサさんにお願いする。


「お聞きしたとおりに、シーラ魔導師と私で、この草案を吟味する時間をいただきたいのです。他の応接室か商談室は空いていませんか?」


「は、はい。確認してきます」


 そう告げるなり、メリッサさんが席を立ち、会議室を出ていった。


 それを見送りつつ、俺はキャンディスさんへ告げて行く。


「キャンディスさん、私とシーラ魔導師の二人で打ち合わせをしている間、カミラさんとレオナさん、それにメリッサさんを交えてギルド同士の調整を行っていただけますか?」


「そうですね、お任せください」


 キャンディスさんが全てを理解したように毅然と答えた途端に、カミラさんとレオナさんが資料を指差して、二人で話を始めた。


「これのどこかが悪いのか?」

「まずは一語ずつ確認しよう」


 ぶつぶつ⋯ ぶつぶつ⋯


 ◆


「メリッサさん、お手数をお掛けします。では、こちらの応接を使わせていただきますね」


「はい、会議室での話し合いが終わりましたら、私からノックさせていただきます」


 そう告げたメリッサさんがドアを半分閉めると、廊下を挟んだ反対側の会議室へと、小走りに向かった。


 結局、以前にアキナヒとイルデパンと話し合った応接室が、俺とシーラにあてがわれた。


「シーラ、閉めても良いよな?」


「良いわよ、イチノス君なら、信頼してるから(笑」


 俺は応接のドアを閉めて、シーラの向かい側へ座ると、直ぐにシーラが問いかけてきた。


「イチノス君はどう思う?」


「その前に、シーラの気になる点を聞かせてくれないか?」


「そうね、この但し書きが曲者な感じがするの」


 そう言ってシーラが、先ほどの資料の気になる点を指差した。


 〉・但し、金貨15枚の報酬は両ギルドから依頼する魔法技術支援相談役への相談事項が完遂された場合とする。


「やはりシーラもそう思うか?」


「うん、これだと相談事の達成基準がギルドの預かりになって、イチノス君も私もまるでギルドの子飼いよね?」


 シーラの声にはわずかな怒りが含まれている感じだ。

 どうやらシーラも気が付いているようだし、シーラも両ギルドの配下に置かれることを懸念しているようだ。


「それにしても、ウィリアム様やフェリス様がこんな条件をつけるとは思えないのよね」


「そうだな、多分だが、ウィリアム様は待遇の支払額に了承を出しただけだろう。他のいろいろ書いてあるのは文官や商工会ギルドの意見やら思惑が入ってる感じだな」


 シーラの問い掛けに、俺は正直に思ったことを口にした。


「文官と商工会ギルドか⋯ イチノス君から見て、この但し書きを冒険者ギルドのキャンディスさんが付ける可能性はある?」


「俺は無いと思う。キャンディスさんがメリッサさんへ問い掛けていた様子からすると、この但し書きは知らなかった感じがあるな」


 正直に答えながらも、俺とシーラが置かれている状況の複雑さを感じた。


 一瞬、犯人捜しも考えたが意味がないな。

 そう思ったところで、シーラが別の視点を告げてきた。


「ギルマスの可能性は無いの?」


「ギルマス? どっちのだ?(笑」


「冒険者ギルドのギルマス、ベンジャミン・ストークス様は可能性があるの?」


「無いとは言い切れないな」


 シーラの問い掛けに、ベンジャミンが俺を部下のように使いたがっていたことを思い出した。


「じゃあ、商工会ギルドのギルマスの⋯」


「アキナヒさんか? 俺は商工会ギルドでの相談事への体制は熟知していないが、彼も可能性が無いとは言い切れないな」


 俺の返事にシーラが少し思案する顔をして、結論を求めるように口を開いた。


「そうなると、両方のギルマスかメリッサさんか、あの文官達が私たちを囲い込みたいってこと?」


 いや、あの獣人の文官はどうなんだろう?


 多分だが、誰かに指示をされてこの文章を起こしただけな気がするな。


「シーラ、俺は獣人の文官と接するのは始めてなんだ。シーラはサルタンに居た頃に、何人かの獣人と接してるんだよな?」


「珍しいわね。イチノス君が獣人だからと区別するの? 例え獣人でも、あれだけ人に近い上に文官にまでなってるから、普通の人と同じで考えた方が良いわよ」


 まぁ、そうだな。

 シーラの言うとおりだ。


 獣人だからと考える以前に文官として見れば、こうした但し書きを考えてくる可能性は捨てきれないな。


 そこまでシーラと話を重ねて、俺はあることに気が付いた。


 確かに、この但し書きは俺も気にはなった。

 しかし、それら以外の商工会ギルドや冒険者ギルドでの業務に従事すること、そして相談事に取り組むことには、何ら問題はないように感じられてきたのだ。


 そうした視点にシーラを引き入れないと、このシーラとの話し合いも無駄になる気がしてきた。


「シーラ、犯人捜しは後にしないか?」


「フフフ、そうね。今はそんなことは後にして、対策を考えましょう」


 俺の意図に、シーラも気が付いてくれたようだ。

 これで俺とシーラが、この草案にどう応えるかを議論できそうだ。


 だが、シーラはこの後に思わぬ言葉を口にした。


「ねえ、イチノス君」


「ん? なんだ?」


「最終手段は、辞任で良いかな?」


「辞任? 相談役を辞めるってことか?」


 俺はシーラからの『辞任』という思わぬ言葉に、数日前のベンジャミンとの駆け引きを思い出した。

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