22-7 二人の文官
「イチノスさん、こちらです」
案内された扉をくぐると、そこはどこか冒険者ギルドの会議室と似た空気が漂っていた。
会議室には、既にキャンディスとシーラ、そして街兵士の制服に似た文官服を着た二人が座っていた。
二人の文官たちには見覚えがない。
というか、獣人だよな?
獣人特有の頭部から突き出た耳や顔の中央に置かれた突き出た鼻、そして顔を覆う毛並みで、明らかに獣人とわかる。
俺の入室に気が付いたのか、二人の獣人文官が立ち上がり、王国式の敬礼を出してきた。
シーラとキャンディスへ目をやれば、どこか口元に微笑みが浮かび、その瞳には秘めた楽しみが宿っている感じだ。
そして、視界の端に映るメリッサも、以前とは異なる笑顔を浮かべていた。
俺は軽く息を整えて、獣人文官たちの敬礼に軽めの敬礼を返した。
俺が王国式の敬礼へ応えたことから、これは俺から話しかけるべき時間だと考え、皆が耳を傾ける中、慎重に言葉を選びながら声を出す。
「皆さん、まずは私からの話を聞いてもらえますか」
「「はい」」
「「「⋯⋯⋯」」」
周囲の静寂が、俺の呼びかけに対する期待と興味を示している。
「私は魔導師の『イチノス』と申します。この度、領主のウィリアム様からそちらに座るシーラ魔導師と共に魔法技術支援相談役の命を授かった者です」
言葉が一瞬だけ停滞する。
しかし、それは計算された演出で、皆の注目を引くための手段だ。
その瞬間、シーラが優雅な姿勢で席を立ち、軽く頭を下げて挨拶を始めた。
「イチノス魔導師から紹介をいただきました。魔導師のシーラと申します。今後は皆様と共に国家事業を成すため、精進したいと思います」
うん、良い感じだ。やはりシーラは俺の考えを汲み取ってくれた。
バッ バッ
俺は、机を挟んだ向こう側に座る二人の獣人文官が、改めて王国式の敬礼を出してきた様子を感じた。
その敬礼は、明らかにシーラへ向けられており、それにシーラも静かなお辞儀で応えた。
シーラがお辞儀から頭を上げたところで、メリッサさんが口を開く。
「イチノスさんとシーラさん、私から二人の文官を紹介させていただきます」
メリッサさんの言葉に応えた二人の獣人文官は、敬礼を解き直立不動だ。
「まずは、向かって左側、キャンディスさんの側におりますのが、冒険者ギルド付きのカミラさんです」
その言葉に応えて、向かって左側の獣人文官が、半歩前へ出た。
「イチノス様、はじめまして。カミラと申します。今回の西方再開発事業でのリアルデイル冒険者ギルド付きとなりました。魔法技術支援相談役のイチノス様とシーラ様には、お見知りおきください」
そう告げてお辞儀をしてきたカミラさんは、その口調に全く淀みがない。
通常、獣人の特徴が強いと言葉遣いに苦労することが多いが、カミラさんは獣人のハーフかクォーターの可能性が高そうだ。
カミラさんがお辞儀を終えたところで、メリッサさんが再び口を開いた。
「カミラさんの隣におりますのが、商工会ギルド付きのレオナさんです」
「イチノス様、名乗ることをお許しください。レオナと申します。今回の西方再開発事業でのリアルデイル商工会ギルド付きとなりました。魔法技術支援相談役のイチノス様とシーラ様には、お見知りおきください」
レオナさんもそこまで告げてお辞儀をしてきた。
やはりその口調に全く淀みがない。
レオナさんもカミラさんと同じく、獣人のハーフかクオーターの可能性が高そうだ。
「皆様の挨拶も終わりましたので、着席ください」
メリッサさんの言葉に従って、全員が着席した。
カミラ レオナ
┌───────────┐
キ│ │
ャ│ │メ
ン│ │リ
デ│ │ッ
ィ│ │サ
ス│ │
└───────────┘
シーラ イチノス
「すいません、カミラさんとレオナさんは⋯」
皆が座ったところで声を出したのはキャンディスさんだった。
「「はい、お察しのとおりに双子です」」
キャンディスの言葉に被せるように、カミラさんとレオナさんが答える。
改めて二人を見れば、確かに似ている。
というか、俺はこの二人の区別がつかない。
その獣人特有の頭部から突き出た耳や、顔の中央に置かれた突き出た鼻、顔を覆う毛並み、どちらも同じに見えてしまう。
毛並みの色合いが違えば、区別もつくのだろうが⋯
カミラさんとレオナさんを見比べるが、俺にはどちらの毛並みも同じに見える。
彼ら⋯ いや、胸元の膨らみの感じから、この二人の獣人文官はどちらも女性だ。
「私、カミラは右の耳先が黒く」
「私、レオナは左の耳先が黒です」
そう言って、カミラさんとレオナさんはそれぞれの耳を指差す。
「人間の皆さんには、「私たち二人の区別はつけにくいと思います」」
うん、そうですね(笑
「踏み込んだ事を伺っても良いですか?」
次に声を出したのはシーラだった。
「「はい、何でしょう?」」
シーラの問い掛けにカミラさんとレオナさんが声を合わせて応えた。
「もしかして、カミラさんとレオナさんはサルタン領の出身ですか?」
「「はい、シーラ様は良くご存じですね」」
そう応えた二人が手元の資料を捲った。
「あっ! シーラ様は⋯」
「メズノウア家のご出身で?!」
「はい、シーラ・メズノウアです」
「こんな西方に⋯」
「メズノウア家の方がいらっしゃるとは!」
ククク あなた達もこんな西方に来てるんですよ(笑
そう思いながら、メリッサさんを見やると、俺の目線に気が付いてくれた。
「皆さん、今後は長いお付き合いになると思いますので、故郷のお話は後ほどにして、本日の議題へ入りましょう」
「そ、そうですね」
「そ、そうでした」
「イチノスさん、こちらの資料を回していただけますか?」
そう告げて、メリッサさんが数枚の紙を渡してくる。
それを1枚自分の手元に残し、他の残りを隣に座るシーラへ渡す。
─
■待遇
・相談役2名へ支払われる報酬は2名合わせて月額金貨15枚とする。
・但し、金貨15枚の報酬は両ギルドから依頼する魔法技術支援相談役への相談事項が完遂された場合とする。
■業務内容
・両相談役は最低月に2回両ギルドを訪れ、魔法技術支援の相談事項へ取り組む。
・ギルドへ訪れる該当日は毎月5日と20日と仮置く。
・5日に提示された相談事項への回答期限は20日とし、20日に出された相談事項への回答期限は翌月5日とする。
─
ふ~ん
俺はその紙を一読して、しみじみとふんわりとため息をついた。
これが冒険者ギルドのベンジャミンと商工会ギルドのアキナヒが協議した結果なのか?
俺がそう思ったときに、メリッサさんが口を開いた。
「皆様のお手元に届きましたでしょうか?」
メリッサさんが問いかける中、会議の参加者の表情を眺めて行く。
トン トン トン
指で机を叩く音が響き渡り、シーラが回された資料を眺めている。
一方で、キャンディスは眉間に皺を寄せていた。
獣人文官の二人からは、表情が読み取れない。
メリッサさんは、どこかドヤ顔を浮かべているが、それが気のせいだと俺は思いたい。
このままでは、今日の議事が円滑に進むとは思えない。
改めて回された資料を見るが、ベンジャミンとアキナヒの話し合いの成果とは思えない箇所に、強い引っ掛かりを感じるのだ。
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