22-14 コンラッドからの手紙を読み返す

 

 商工会ギルドでの打合せから店へ戻り、一息つくために一杯のお茶を飲みながら、明日の予定をサノスとロザンナへ伝えた。


 その際、サノスとロザンナから要望を伝えられた。


 二人の要望は、しばらくの間、魔法円を描くのに集中したいので、昼食を弁当にしたいというものだ。


 この要望は俺も懸念していたことだったので、喜んで了承した。


「じゃあ、俺は2階にいるから。何かあったら声をかけてくれるか?」


「「は~い」」


 そう返事をする二人を作業場へ残して、俺は2階へ向かった。


 2階へ上がって、書斎の魔法鍵に手を添えたところで少し考える。

 ここで書斎へ入っても、特にすることは無いよな?


 『黒っぽい石』は古代遺跡から追加を得ないと進まないし、『勇者の魔石』の件はコンラッドからの助言待ちだし⋯


 そう言えば、シーラが届けてくれたコンラッドからの手紙には、ムヒロエの薄緑色の石を届ける話しだけが記されていた。

 俺が他にコンラッドへ願っているのは、魔法学校時代の教本を詰めた木箱の行方と、『勇者の魔石』を作る上での助言の2つだ。


 この2つはどうなったのだろう?

 上手く伝わっていないのだろうか?


 コンラッドがシーラに託した手紙に一言添えてあっても良い気がするが⋯


 いや、『勇者の魔石』を作るための助言は、手紙に残すのは危険かもしれない。

 けれども、魔法学校時代の教本を詰めた木箱の件ならば、何かの一言があっても良い気がするな。


 俺はそこまで思い直して寝室へと向かった。

 ベッドに横になり、シーラが問い掛けて来た『魔導師の役割は何か?』の言葉に思いを戻していく。


 そもそも、俺が将来の職業として魔導師を選んだのは母の影響もあるが、半分流されながら魔導師になったようなものだ。


 かといって、魔導師の道を嫌がった訳ではない。


 母の影響もあったと思うが、俺自身、魔法や魔法円への関心が強かった。それに、魔素への興味も強かった。


 魔法学校で魔法の基礎から応用方法を学び、研究所時代には自分なりに魔法や魔法円を組み立てることもできた。


 まだ魔素の正体までは完全に行き着いてはいないが、それも見えてきそうな予感はしている。


 それに、リアルデイルのような静かな街で店も持てた。

 今のこの店で日々の糧を得ながら、自分の研究、自分の知りたいことを探り続けるのも悪くないと思うようになっている。


 俺の体の中を流れるエルフの血は長寿の血だ。

 長く生きれれば、いつかは魔素の正体にもたどりつけるだろう。


 一方のシーラはどうなんだろう。


 聞く限りでは、シーラが魔導師を選んだのは実家の都合だからじゃないのだろうか?


(カランコロン)


 ん? お客さんが来たのか?


(は~い いらっしゃいませ~)


 サノスの声が聞こえてきた。


 どれ、どんなお客さんが来たかを見に行くか。

 そう思い、俺はベッドから起き上がり、寝室を出て階下へ降り、まずは用を済ませた。

 台所へ向かい手を洗うが、サノスが俺を呼ぶ声はしない。


 作業場へと足を運ぶと、ロザンナが魔素ペンを片手に、洗濯バサミの飛び出た魔法円を睨みつけていた。


「それでは、こちらのポーションでよろしいですね?」


「あぁ、それで頼む」


 店舗の方から、そんな接客をするサノスの声が聞こえたところで、ロザンナが顔を上げて俺と目が合った。


 俺は空かさず口の前で指を一本立て、ロザンナに言葉を発しないように合図した。

 すると、ロザンナが微笑みながら軽く頷き、肩を軽く回すと再び魔素ペンを動かし始めた。


 そんなロザンナの隣を見ると、『初歩の回復魔法』が置かれており、そこにはサノスが教本での勉強を続けている様子があった。


 俺は微笑ましく思いながら、壁に掛けた外出時に使うカバンから、シーラが渡して来たコンラッドからの手紙を取り出し読み直す。


 コンラッドからの手紙には、やはり教本を詰めた木箱と『勇者の魔石』のことは、一切記されていなかった。

 これは明日の夕刻に、アイザックが来た際に、コンラッドへ念押しの伝言を頼む必要がありそうだ。


 壁の時計を見れば5時を回っている。

 この時間ならば、もう俺宛の客が来ることは無いだろう。

 風呂屋に行って、食堂で夕食を済ませ、今日は終わりにしよう。


 そう思い直して、カバンに手紙を戻したところで、再びサノスの声が聞こえた。


「お買い上げ、ありがとうございました~」


 カランコロン


 どうやらポーションを求めに来たお客さんのようで、何事もなく無事にサノスの接客が終わったようだ。


 暫く店舗の方からカタコトと音がすると、サノスが作業場へと戻って来た。


「ポーションのお客さんだったよ~」


 サノスが俺に気付かず、ロザンナへ明るく声を掛けるが、直ぐに俺と目が合った。


「あれ? 師匠?!」


(ククク)


 ロザンナの含み笑いが聞こえるが、サノスは気にせず、店の売り上げを入れるカゴへ代金を納めた。


「サノス、ポーションが売れたのか?」


「はい、向かいのお姉さんの所に来てる大工さんが買って行きました」


「そうか、ありがとうな(笑」


(ククク)


 思わず笑いを添えて礼を告げると、再びロザンナの含み笑いが聞こえた気がした。


 今度は俺がロザンナの含み笑いを無視して、二人へ告げて行く。


「すまんが、後は二人に任せて良いか?」


「「はい、大丈夫です」」


「今日の日当は⋯」


「「もらってます!」」


「よし、俺は出掛けるから暗くなる前に帰れよ」


「「は~い」」


 俺はサノスとロザンナの返事を聞きながら、店を出て風呂屋へと向かった。


 俺は店を出て向かいの交番所に立つ二人の女性街兵士へ軽めの敬礼で挨拶し、そのまま直進して突き当りのカバン屋の前で風呂屋へ向かって曲がった。


 その通りは、冒険者ギルド前の通りで、明るい時間に歩道へ我が物顔のテントが張り出す通りだ。

 日が傾きつつあるが、まだまだ明るいこの時間、やはり我が物顔のテントが路上に張り出している。

 どのテントの下にも、そのテントを張り出している店にも、一人や二人の客がいる。


 そんな様子を眺めながら歩いていたのだが 元魔道具屋で、今は交番所の前で立番をする街兵士へも軽い敬礼をしたところで、俺の足が止まった。


 俺は、この辺りで今日のシーラと同じような服装の女性を見かけた。


 藍染の生地で作られた半袖のワンピースに、白いレースのカーディガン。


 そんな服装の女性を、この辺りで見かけた記憶が甦って来た。


 周囲を見渡し、喫茶店が歩道に置いているテーブルへ目が向く。

 魔道具屋の主が捕えられた時、シスターとジュリアさん、そしてヘルヤさんが座っていたテーブルだ。


 そうだ、思い出した。


 マンリッチとか言う若い街兵士と共に、あの席に座っていた女性がシーラと同じような服装をしていたんだ。


 あの時の女性は、店の向かい側に立っている女性街兵士の一人だよな?


「イチノス殿、どうかされましたか?」


 声を掛けてきたのは、あの班長と呼ばれた街兵士だった。

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