6-9 俺の母を大好きな年上のお姉さん
「では、パトリシアさんは東町の副長なのですか?」
「そうだ。東町を担当している」
パトリシアさんとの長く力のこもった握手を解き、皆で応接に座り互いの紹介をして行く。
パトリシアさんは、先ほどの挨拶で
〉東町を担当している
そう自ら述べていた。
その言葉から、イルデパンが西町を担当し、東町はパトリシアさんが担当しているのだと俺は理解した。
パトリシアさんは、見るからにイルデパンのように歳を重ねてはいない。
むしろ『エルフの魔石』を贈った異母姉のメラニアと同い年ぐらいの気がする。
そこで探るように、名字の『ストークス』について問いかけてみる。
「パトリシアさん、先ほど『ストークス』と名乗られましたが、ギルマスとは⋯」
「ギルマス? 冒険者ギルドだな。ベンジャミンは私の兄だよ。それよりイチノス殿、ちょっと聞いて良いか?」
「はい。何でしょう?」
「フェリス様はお元気か?」
「(ククク)」
急に母(フェリス)の名を出され、俺は直ぐに返事を返せなかった。
そんな俺の様子を察したのか、イルデパンが笑いを堪えている。
なんで急に母に(フェリス)の様子を聞いてくるんだ?
何かあるのか?
「ええ、元気ですよ。数日前に会いましたが、元気そうでした。何かあるんですか?」
「いや、特に意味はないんだ。元気なら幸いだ。そうか、そうか⋯」
「(ククク)」
パトリシアさんは意味はないというが、俺には意味のある言葉を得られた。
ギルマス=ベンジャミン・ストークスがパトリシアさんの兄ならば、俺とは10歳ぐらい年上だろう。
その年齢で東町の街兵士達を取りまとめる副長の職に就いているのだ。
ストークス子爵家の血筋とはいえ、この年齢でそうした大役を勤めるとは、中々のものだ。
そうしたことを考えていると、イルデパンが俺を突いてくる。
「イチノス殿、先ほど驚かれていたようですが?」
「いや、驚いたというか⋯」
「⋯⋯」
「フェリス様に似ているとか?(笑」
やっぱりイルデパンは侮れない。
俺の先ほどの様子を読み取ったようだ。
バレたならば仕方がない。
正直に答えよう。
「正直に述べて似てますね。一瞬、パトリシアさんを母(フェリス)かと思ったほどです」
「ニコニコ」
俺がパトリシアさんに目を向けて答えると、パトリシアさんは満更でもない笑顔を返してくる。
「パトリシア殿、これで満足か?(笑」
「はい♪︎」
イルデパンがパトリシアさんに変な問いかけをし、パトリシアさんが嬉しそうに応えている⋯ 何だろう?
母(フェリス)に似ていることが、パトリシアさんは嬉しいのか?
「パトリシアさん。母のフェリスに似ていることが、その⋯ 喜ばしいのですか?」
「な! イチノス殿は何を言い出すのだ! フェリス様に似ていると言われるのは女としては喜ばしいに決まってるだろう。あのフェリス様の美貌だぞ。これは女ならば喜ばしいに決まっている」
「(ククク)」
イルデパン、そこで笑うな。
それにしても、パトリシアさんがわからなくなってきた。何だこの人は?
確かに母(フェリス)を見た人々は、一様に『美しい』とか『綺麗』だとかの言葉で称えてくる。
けれどもそれは男性に限った事だと思い込んでいたが、女性から見てもそうなのか?
「イチノス殿、よく聞いてくれ。私はフェリス様に憧れているのだ。あの方は美しさもさることながら、生きざまも素晴らしい。そう思わんか?」
「はぁ⋯ そうなんですか⋯」
「⋯⋯」
「なんだ、イチノス殿はフェリス様のご子息でありながら、フェリス様の素晴らしさがわからんのか?」
「いえ、その身近すぎて⋯ スンマセン」
「⋯⋯」
「あの方に始めてお会いした時に、私は魅入られてしまったのだ。そうだなあれは⋯ 私が東町の担当に赴任した折りに兄に勧められてフェリス様へ会いに行った時だ。兄といってもベンジャミンじゃないぞ。長官の方だ」
「「⋯⋯」」
なんか、パトリシアさんの話が長くなる気がしてきた。
ふとイルデパンを見れば、微笑ましくパトリシアさんを見ている。
「それでだな、フェリス様が仰ったのだ。あの時は私に縁談の話が入って、ついその事をフェリス様に相談してしまったのだ⋯」
「「⋯⋯」」
あぁ⋯ これって長い話になりそうだ。
俺はこうなった女性を知っている。
とにかくこうなった女性の話は、ただひたすら『黙って共感するふり』で聞き続けるしかないのだ。
途中で遮ったり『反論』に聴こえる言葉を口にしてはならない。
そう父(ランドル)から教わった。
もう黙ってパトリシアさんの話を聞き続けるしかない。
チラリとイルデパンに目をやれば、相変わらず微笑んでパトリシアさんを見ている。
それに所々で、若干、頷いている感じもする。
さすがはイルデパンだ。
「イチノス殿、そのぐらいフェリス様は強く生きる女性の鑑なのだ。そうは思わんか?」
「まったく「そのとおりです!」」
パトリシアさんの母(フェリス)を称える話が収束に向かい、俺とイルデパンに同意を求めてきた。
空かさずイルデパンと声を合わせて、全てを受け入れる返事をする。
うんうん。気が合うなイルデパン。
思わず一緒に頷いてしまったよ(笑
「そう言ったわけでパトリシア殿はフェリス様に強い憧れがあるのだよな?(笑」
「ああ、誰にも負けない憧れだ」
「⋯⋯」
やっぱりイルデパンは強者だ。
パトリシアさんの話の切れ目を捉え、彼女の思いを代弁までしている。
こうした手腕は見習うべきだな。
「まったく今日は良い日だ。詐欺師の件でイル師匠を訪ねれば、フェリス様のご子息であるイチノス殿に出会えた。それにしても、イチノス殿はやはりフェリス様に似ているな」
「そ、そうですか?」
「(ククク)」
パトリシアさんは、かなり上機嫌な感じで俺に話題を移してきた。
けれども俺の気になる『詐欺師』という言葉を交えてくる。
どうする? 俺からその件を、この場で問いかけて良いのか?
「パトリシア殿、詐欺師の件は魔道具屋の主(あるじ)も絡んでいる。イチノス殿から私が話を聞いておくよ。それより時間は大丈夫なのか?」
「おお、そうだったな。思わず長居をしてしまった」
そう言ってパトリシアさんが応接から立ち上がった。
それに合わせてイルデパンも俺も立ち上がる。
パトリシアさんが再び右手を差し出してきた。
「イチノス殿、今日は良い出会いであった。今度、店に伺っても良いか? フェリス様について語りたいのだ」
待て待て。
母(フェリス)について語るために店に来ると言うのか?
「いや、それは暫くは難しいだろう。イチノス殿は、ウィリアム様の件でも時間を割かれる身だ。そうした話は、ベンジャミン殿から聞いていると思ったが?」
「おっと、そうであった。では、イチノス殿が落ち着いた頃に伺うとしよう」
俺が返事に窮しているのを察したのか、イルデパンが言葉を掛けてくれる。
それに応えてパトリシアさんが握手を解いてくれた。
今まで俺と握手をしていたパトリシアさんの手が、そのままイルデパンへと向かう。
「イル師匠、長居をしてすまなかった。イチノス殿から聞けた話は私の方へも頼むぞ」
「はい。今回の件は合同で進めましょう」
「それでは失礼する」
そう告げたパトリシアさんは王国式の敬礼をイルデパンに向けた。
イルデパンがそれに応えると、踵を使って綺麗に身を反し、ツカツカと扉から出て行ってしまった。
俺は『パトリシア』と言う嵐の過ぎ去る様子を、呆然と見送ることしかできなかった。
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