6-10 亡き父の名誉に懸けて誓う
嵐の様なパトリシアさんは、あっさりと去っていった。
イルデパンが手配してくれたお茶をいただきながら、共に過ぎ去った嵐を振り返る。
「イチノス殿、さぞ驚かれたことでしょう」
「えぇ、確かに驚きですが、むしろ感心させられました(笑」
「ハハハ イチノス殿、感心ですか?」
「あれ程まで母(フェリス)に傾倒できるとは⋯ 特に髪型は驚きですね。母(フェリス)の様な短い髪の女性は見掛ける事も少なかったので(笑」
「ククク あれは彼女なりの意思の現れでしょう。まあ、先ほど話していた『縁談』の件もありますが、彼女は騎士学校時代はそれなりに髪は長かったのですよ」
「騎士学校? パトリシアさんは騎士学校の出なのですか?」
パトリシアさんは明らかに女性だ。
女性でも騎士学校に入れるのは聞いたことがある。
100人中一人か二人が女性だと聞いたことがある。
「パトリシア殿は中々の才女でしたね。首席の成績なのに、次席で卒業した逸話を持つ御方なんですよ」
「首席で次席?」
「ええ、私の力およばず、彼女を首席で卒業させることが出来なかったんです。その事は今でも悔やまれる事です」
「イルデパンさん、力およばずって⋯ どう言うことですか?」
「あれ? イチノス殿に話していませんか? 実は私は彼女が騎士学校に在学している時、指南役だったんです」
そこまで聞いて驚いた。
俺の知っているイルデパンは、魔法研究所の護衛騎士の幹部だった記憶はある。
だが、その前が騎士学校の指南役だったとは驚きだ。
「さて、イチノス殿。この場に不在な女性の話題はそろそろ終わりにして、お呼び立てした本題に入っても良いだろうか?」
「あぁ、その件ですね。私から聞きたいのは、東町に出たと言う詐欺師の件です。それが西町にも出たのですか?」
俺は教会長から聞いた話を、イルデパンの顔色を見ながら問い掛けて行く。
どこかでイルデパンが、顔に何かを出すんじゃないかと期待しての事だ。
「さすがはイチノス殿だ。そうした話が聞こえているのですね?」
「まあ、それなりに聞いています」
「それなら委細にお伝えしましょう。事の始まりは、最初に東町の教会が寄付を認めたのが始まりです」
うんうん。
この話は教会長から聞いたとおりだ。
それからイルデパンは、東町での詐欺師の行動について、教会長から聞いたのと同じ話をしてくれた。
教会長が話してくれたとおりに、最初に東町の教会が騙されたこと、続いて東町の魔道具屋が金銭を払ってしまったこと、そして飲食店にまで被害が及んだ話をしてくれた。
イルデパンの話す内容は、教会長から聞かされた話と同じだった。
「その後、その詐欺師と同じ人物らしき者が西町にも現れたのです」
「うんうん」
俺はイルデパンの話に頷きながら、脇に置いたカバンから例のチラシを取り出す。
「このチラシですね?」
そう告げて、俺は応接机に寄付金のチラシを置いた。
「やはりイチノス殿の店にも現れたのですか?」
「はい。私の店に来て置いて行きました」
「イチノス殿、その人物の人相を覚えていますか?」
イルデパンに詐欺師の人相を問われるが、生憎と覚えていない。
「人相か⋯ すまんが覚えていない。男だというぐらいしか覚えていないですね」
「そうですか。何か被害に遭われていないですよね?」
「それは大丈夫です。その男は金銭を要求する様子も無かったですね」
「ほぉ~」
「そもそも『魔法円』の販売と教会への寄付を繋げる意識には薄いので(笑」
「ククク そうでしたな。失礼な質問ですいませんでした(笑」
俺は軽い冗談を述べたつもりだが、それなりにイルデパンに伝わったようだ。
「そうは言っても、教会への寄付を否定しているわけではありません」
「うんうん」
「例えばですが、領令で定められれたならば、きちんと従い教会へ寄付しますよ」
「なるほど。イチノス殿が被害に遭われていなくて何よりです。それでですね⋯」
そこまで述べてイルデパンが一拍おいた。
「イチノス殿は、詐欺師とは何も繋がりは無いのですね?」
ん? イルデパンが俺の顔を真っ直ぐに見ている。
これは俺の顔色を見ているのか?
顔色を見るのは俺の方じゃないのか?
「改めて聞きますが、イチノス殿は詐欺師と繋がりは無いのですね?」
「繋がりも何も初対面でしたよ」
「そのこと、詐欺師とは繋がりが無いことをですね⋯ フェリス様やウィリアム様へ誓えますか?」
「なっ! ⋯⋯?」
何を言い出すかと思えば、イルデパンが、母(フェリス)とウィリアム叔父さんの名を出してきた。
イルデパンは、俺に何を問いたいんだ?
「イチノス殿、今は亡きランドル様へ誓えますか?」
続けて亡き父の名を出してくる。
「イルデパン⋯ 何が言いたい」
俺はイルデパンの目を見つめて問い返す。
「申し訳ありません。どうかご無礼を⋯」
「待て、イルデパン。貴様はそれでも騎士なのか? 王国の騎士はそうした無礼が許されるのか?」
俺は怒りを込めてイルデパンを問い詰める。
母(フェリス)に誓えるか。
叔父のウィリアムに誓えるか。
果ては亡き父(ランドル)に誓えるか。
ここまで言われるとは何だ。
俺に何かの嫌疑がかかっているのか?
「「⋯⋯」」
俺もイルデパンも、それ以上は何も言葉に出来ない時間が過ぎて行く。
イルデパンが俺との目線を外しその顔を俯かせた。
「イチノス殿、どうか私の無礼を許していただきたい」
「⋯⋯」
「王国の騎士の名に懸けて、イチノス殿が潔白であると私は信じております」
「⋯⋯」
イルデパンが座ったままではあるが、深く頭を下げてきた。
俺は軽く深呼吸し、今にもこの場に飛び出してきそうな怒りに蓋をして、イルデパンに声をかける。
「いや、こちらこそ⋯」
「私の言葉でイチノス殿が怒りを感じられるのは当然のことです。どうか許していただきたい」
俺の言葉を遮るように、イルデパンは頭を下げたままで謝罪の言葉を続ける。
これでは俺が一方的に怒っている図になってしまう。
まずはイルデパンに顔を上げさせよう。
そうしないと顔色も見極めきれない。
「イルデパンさん、わかった誓おう。亡き父(ランドル)の名誉に懸けて、その息子であるイチノスは詐欺師などとの繋がりは一切無いと誓おう」
俺がそう告げると、イルデパンが顔を上げて俺の目を見てきた。
その茶色の瞳は、どこか安心したような雰囲気を感じる。
俺はイルデパンの本音を聞き出すために、少し場を和らげる言葉を口にする。
「どうせなら、母(フェリス)とウィリアム叔父さんにも誓うか?(笑」
「いや、勘弁してください(笑」
イルデパンに少し笑顔が感じられた。
「いやいや、イルデパンさんが言い出した事ですよ?(笑」
「いえいえ、イチノス殿がランドル様の名誉を口にされただけで十分です。ウィリアム様やフェリス様は次回に残してください(笑」
「「ハハハ」」
イルデパンと俺は、互いに目を見合い声に出して笑ってしまった。
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