4-13 両手鍋にバケットサンドを盛り付ける


 ヘルヤさんは初めて知った。


 国王命令で『魔鉱石(まこうせき)』や『エルフの魔石』に魔素充填を行うことが禁止されている事をヘルヤさんは初めて知った。


 ヘルヤさんは初めて知ったのだから、格別に誰かに謝罪したりする必要は無い。

 だが、ヘルヤさんは素直に頭を下げてきた。


「ヘルヤさんは、国王命令で禁止されていることを知らなかったんですよね?」

「ああ、知っていればもっと慎重な行動をしただろう」


「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで安心です。もっとも国王命令で禁止されていても、明確に禁じる法が定められてはいません」

「⋯⋯」


 ここで俺は更に話の舵を切り返す。


「実は『エルフの魔石』や『魔鉱石(まこうせき)』を有するものは、時として事故に遭うことが多々あります」

「事故?」


「魔素充填は国王の命令で禁じられている、保有する者は時に事故に遭う。こうした背景から、有するものも欲する者も、どうしても声を潜めるのです」

「⋯⋯」


「冒険者ギルドでの伝令も然り、従者に持たせる手紙ですら明確には記しません。あれらは奪われたりすると中身を読まれますからね(笑」

「イチノス殿、何が言いたいのだ。今回の依頼を断ると言うのであれば⋯」


 ヘルヤさんはそこまで言って、次の言葉が出て来なかった。


「ヘルヤさん、今回の依頼を私が断ったら他の魔導師に依頼しますか?」

「⋯⋯」


「魔導師でなくとも魔法使いでも良いでしょう。魔素充填をしてくれそうな者を探し出して依頼しますか?」

「あっ⋯ いや⋯」


「あまり大っぴらに動かれると、ヘルヤさんは目立ってしまいます。あなたのように高名な彫金師が『エルフの魔石』に魔素充填をしたがっていると知れたらどうなります?」

「イチノス殿、待たれよ⋯」


「⋯⋯」

「⋯⋯」


 俺はヘルヤさんの言葉に従い待つことにした。

 ヘルヤさんは腕を組み瞑想するように目を閉じて考え込んでしまった。


 互いに何も喋らず静かな時が過ぎて行く。


 コトコト⋯ これは馬車の音だな。


 ピィピィ⋯ 鳥の鳴き声か。


 やはりこの店舗兼自宅は静かだ。


 ここに店を構え、ここに住めた事は一つの幸せだな。

 この先もこの街が静かであれば、俺はここに住み続けるのだろうな。


 『エルフの魔石』を作っているのが俺だとバレたら、騒がしくなるのかな?

 ヘルヤさんのように魔素充填を願うもの、自身の私欲に駆られて『エルフの魔石』を欲する者が連日訪れるのだろうか?


カランコロン


 店の出入口に着けた鐘が誰かの訪問を告げてくる。

 直ぐにサノス声が聞こえないことから、サノスではないと思うが俺は念のためにヘルヤさんの兄の形見を入れた小箱に蓋をした。


「ヘルヤさん、念のために蓋をしますね」

「お、おぅ⋯」


 ようやくヘルヤさんが反応してくれた。


「来客のようなので、ちょっと失礼します」

「イチノス殿、トイレはお借りできるだろうか?」


「あぁ、気がきかなくてすいません。あちらの奥にあります」

「すまん、お借りする」


 俺が台所の奥を指差すとヘルヤさんが席を立った。

 その後ろ姿を確認して、俺は接客の為に作業場から店舗へと向かった。



「お買い上げありがとうございます。またの来店をお待ちしています」

「ああ、また来なくて済むようにするよ⋯」


「お大事にぃ~」


コロンカラン


 昨日、道に落ちていた顔見知りの冒険者がハーブティーの種を買いに来た。

 なぜ彼がハーブティーの種をと思って聞いてみれば、面白いことが聞けた。

 サノスのハーブティーの種は二日酔いに効果があると言うのだ。

 確かにポーションを作った残りを再利用しているのだから、体力を回復する効果がそれなりに残っているのかも知れない。


 けれども俺は違う見方もしている。

 サノスが配合した薬草の方が二日酔いには効果があると思うのだ。

 ほのかにポーションに似た苦そうな香りに続けて、清々しい香りがするハーブティー。

 あの清々しい香りが、二日酔いの辛さを和らげてくれるのだろう。


 もしかしたら来月の父の日のプレゼントに使えるかもしれないなと、馬鹿なことを考えながら作業場へと戻る。


 そこには見事な赤髪の女性が覚悟を決めた顔で待っていた。


「ヘルヤさん、お待たせしてすいません」

「いやいや、待たせたのは私だ。トイレまでお借りして申し訳ない。それでだ⋯」


 ヘルヤさんが一息いれて決意を口にして来た。


「覚悟を決めた。イチノス殿に依頼したい」

「では、正式に依頼を受けます。暫くヘルヤさんの兄上の形見を預かることになりますが、よろしいですか?」


「ああ、イチノス殿を信頼してお預けする」

「先ほども言いましたが、預かりも発行できません(笑」


「そうだな(笑」


 ヘルヤさんがニッコリと微笑んでくれた。


カランコロン


「師匠! 戻りました~」


 サノスが大きな声でお使いから戻ってきたのを伝えてくる。


「ヘルヤさん、ちょっと失礼します」


 俺はそう告げてヘルヤさんの兄の形見が入った小箱を手に2階の書斎へと上がって行く。

 書斎のドアの魔法鍵を解除し、書斎机に小箱を置いて直ぐに書斎を出た。

 もちろん忘れずに書斎のドアは魔法鍵で施錠した。


 階下に戻れば、サノスが片手鍋で昨日のトリッパを温めていた。

 それを見ながら作業場に行けば、両手鍋が机の中央に置かれ、蓋から何かがはみ出ている。


「バケットサンドだそうだ(笑」


 目の合ったヘルヤさんが笑いながら答えてきた。

 両手鍋の蓋を取って改めて見れば、両手鍋からはみ出ていたのはバケットの一部だった。


「私は両手鍋に盛り付けられたバケットサンドを初めて見た(笑」

「ヘルヤさん私も初めてです。これがサノスのセンスなのでしょう(笑」


「「ハハハ」」


 ヘルヤさんと共に声を出して笑ってしまった。

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