王国歴622年6月5日(日)

24-1 指名依頼の結果報告

 王国歴622年6月5日(日)

 ・麦刈り6日目

 ・商工会ギルドへ指名依頼の結果報告


 ガタガタ バタン


 今朝も俺を起こしたのは、階下の足音と台所から裏庭へ出る扉の閉まる音だ。


 どうやら裏庭の薬草菜園の水やりで、サノスが店へ来たのだろう。

 今日は定休日だから、サノスは起こしに来ないよな。


 二度寝しよう。


 うつら ⋯ うつら


 ⋯ うつら ⋯


 うつら ⋯ うつら


 バタン ガタガタ


 う~ん、もう少しだけ静かに⋯


(カランコロン)


 おっ?!

 店の出入口に着けた鐘が鳴ったということは、サノスが店を出て行ったからだな⋯


 うつら ⋯ うつら ⋯


 や、やばい!

 俺は強い尿意に負けて起きることにした。


 この年齢で寝小便は絶対に避けるべきだ。

 漏らさないように急いで階下へ降りて用を済ませる。


 何んでだろう。強い尿意で目覚める前には、必ずと言ってよいほど用をたす夢を見る。

 夢に出てきた便器の前で、危うく自慢の息子を出して放出しそうになった。

 尿意に迫られた夢を見ると、男性なら誰もが便器の前に立つ夢だと聞いたことがある。


 ん?


 女性だと、どんな夢を見るんだろうか?

 やはり夢に出てくる便器の前で、急いで下履きを脱ぐ夢を見るのだろうか?


 無事に用を済ませた俺は、台所で手を洗いながらそんなくだらないことを考えてしまった。


 そんなくだらない考えを振り払うために、裏庭へ出る扉を開ければ眩い朝の光に目が追いつかない。


 その明るさに目が慣れた頃、薬草菜園の所々に以前よりも芽吹いた緑が増えているのが見て取れた。


 それに、以前に見掛けた緑が育っている気がする。

 さらには、それらの緑の周囲や未だ芽吹いていない場所に、水を撒いた跡が見て取れる。


 どうやら薬草菜園は、二人の手で無事に管理されているようだ。


 裏庭へ続くドアを静かに閉めて作業場へ行けば、そこは薄暗く人の気配は皆無で、まるで昨日の夕刻から時が止まったようだ。


 さて、目も覚めたことだし、朝の御茶を淹れるか⋯


 いや、着替えて商工会ギルドへ報告を出しに行こう。

 早めに用事を済ませてしまえば、今日一日を有効に使えるだろう。


 カランコロン


 身支度を整え、昨日書き上げた報告書の入ったカバンを斜め掛けして店を出る。


 向かいの交番所の女性街兵士と目が合ったので、軽く会釈しつつ歩み寄り、王国式の敬礼で挨拶を交わす。


「おはようございます」


「イチノスさん、おはようございます」


「今日も良い天気ですね」


「そうですね。先ほど、サノスさんが教会へ行くと言ってましたが、イチノスさんも教会ですか?」


「いえいえ、私はこれから商工会ギルドです」


「商工会ギルドですか、お疲れ様です。そういえば、昨日、交代の前に、サノスさんとロザンナさんから、今日はお店はお休みだと聞きましたが?」


「えぇ、そうですね。今日は店が休みなので、サノスとロザンナは教会のミサへ行ったんですよ」


 そう答えながら、店の定休日の件はこの女性街兵士にも伝えておく必要があると気が付いた。

 今日の休みはともかく、次の定休日の前にはきちんと伝えておこう。


「お休みと言っていたサノスさんが、店へ入って行ったんで、忘れ物かなと思ったんですが⋯」


「あぁ、サノスが裏庭の水やりで来たんですよ」


「あぁ、それでですか。それで、イチノスさんは今日は一日お出かけですか?」


 警戒に当たってくれるこの女性街兵士には、一日外出だと伝えておこう。

 早めに戻れたなら、その時はその時だな。


「多分、そうなると思います。では、行ってきます」


「行ってらっしゃ~い」


 そうして俺は、女性街兵士の見送りを受けて商工会ギルドへ向かった。



 商工会ギルドへ足を踏み入れると、屋内の涼しい空気が汗を抑えてくれる。

 ここまで中央広場を抜けてきたが、既にこの時期のこの時間は陽射しが強く、じんわりと汗ばむ感じだった。

 それが陽の射し込まない商工会ギルドの建物へ入っただけで、涼しくなった。


 そのまま商工会ギルドの奥へ進むと、受付カウンターには色鮮やかなベストを着た商人やエプロン姿の女性が並んでいる。

 そうか、今日は5日で納税の締切日だから、それなりの混雑なんだな。


 さて、どこの列に並ぶかと眺めていると、一昨日に馬車の手配や伝令などの世話をしてくれた若い女性職員の顔が受付カウンターに見えた。


 俺は迷わずに、若い女性職員の列に並んで待つことにすると、直ぐに数名先に並んでいたエプロン姿の女性が、受付カウンターの前から離れた。

 この様子なら、俺が選んだ列は進みが良さそうだ。


 そんなことを思っていると、若い女性職員が俺に気が付いたのか、軽く会釈をして来た。


 それに首肯で応えると、若い女性職員が席を立ち上がり衝立の奥へと姿を消し、直ぐに初老な感じの男性職員が受付カウンターに座った。


 途端に俺の前で並んでいたエプロン姿の女性が肩を落とし、隣の列へ目を向けている。


 これは何か嫌な予感がするな。


「イチノスさん、こちらからどうぞ」


 そんな思いを巡らせていると、受付カウンター脇のスイングドアから、先ほどの若い女性職員が顔を出して、俺を呼んできた。

 

 俺は列を離れて若い女性職員の元へ向かうと、まずは挨拶から切り出された。


「イチノスさん、おはようございます」


「おはようございます。一昨日の指名依頼の報告書を持って来ました」


「それはありがとうございます。ベネディクトさんとラインハルトさんがいらしてますよ。ご一緒の打合せですよね?」


 あの二人が来ている?


「いえ、その打合せを私は知りませんし、今日は指名依頼の結果報告を持ってきただけです」


「あら、そうだったんですね⋯ どうしましょう?」


 いや、『どうしましょう』と言われても(笑


 製氷業者の二人が商工会ギルドへ来ているとなると、可能性としては元魔道具屋の夫婦がしていたような、定期的な面倒をみてもらうための相談の可能性があるな。

 これはここに長居すると巻き込まれそうな気がする。


 それに、そうした件の打合せなら、シーラにも同席してもらうのが良い気がするな。

 ここは聞いてもいない打合せには参加せずに退散しよう。

 俺はカバンから報告書を取り出し、若い女性職員に押し付けるように渡せば素直に受け取ってくれた。


「じゃあ、報告書は出しましたんで、私はこれで失礼しますね」


「あっ! イチノスさん待ってください。報酬の支払いはどうします?」


「預かりに入れといてください」


 それだけ告げて、俺は足早に若い女性職員の元から離れた。

 

 フゥー


 軽い小走りで商工会ギルドを出たところで、一息付いて念のために後ろを振り返る。


 よし、追手は来ていない。


 少し安心して周囲を見渡していると、環状交差点(ラウンドアバウト)の反対側に、二人の街兵士が後ろ手仁王立ちで周囲を警戒している姿が目に入ってくる。


 確か街兵士が立つ建物は、東町街兵士の幹部駐兵署だ。


 この交差点の南北に走る通りを北上すれば貴族街なんだよな⋯

 交差点から北上して貴族街の領主別邸へ出向き、コンラッド宛の伝言を頼むか?

 だが、あの街兵士の前を通って敬礼の嵐に会うのは避けたい気分だ。

 いや、道のこちら側ならば街兵士の姿も見当たら無いから、行こうと思えば行けるかもしれない⋯


 それにしても、この交差点は広いな。

 元は旧東町の市場だったと、コンラッドから聞いた記憶が甦る。


 そんな記憶を思い出していると、仄(ほの)かに甘い焼き菓子のような香りが漂ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る