1-6 良い人
「コンラッド、これでイチノスへの用件は済んだかしら?」
「はい、フェリス様。イチノス様も十分に理解されたかと」
母(フェリス)とコンラッドの会話から、『勇者の魔石』を求める真意がやはりマイクへ向けられていることを俺は確信した。
「イチノス、最近は新しい『魔法円』は出してないの?」
「新しいって言うと?」
母(フェリス)が話題を俺に切り替えてきた。
「そうね⋯」
「この湯出しは、新作ですね。イチノス様が描かれたのですか?」
母(フェリス)が思案するとコンラッドがティーポットが乗せられている『湯出しの魔法円』を指差した。
「いや、俺じゃなくてサノスだ。その手の一般的な生活系の『魔法円』はサノスが練習中なんだ」
「サノスって、いつも店番をしている人間の娘さんよね?」
おいおい、なんで母さんが『いつも店番をしている』って知ってるんだ?
「あの娘がイチノスのお嫁さん?」
ゲフォゲハゲフ
母の言葉に思わずハーブティーが変なところに入ってしまった。
「か、母さん、何を言い出すの?」
「あなたもそろそろ見つけないと売れ残るわよ。それとも既に良い人が居るとか?(笑」
今度は俺の嫁探しが話題なのか?
よし、少しからかってやろう。
「良い人ねぇ⋯ 居るよ」
「あら、居るの? 私には紹介してくれないの?」
そこで俺は指を折って数えるような仕草をする。
「いち、にい⋯」
「イチノス⋯ そんなに居るの?」
指を折る毎に母(フェリス)が身を乗り出してくる。
ククク、母さんが興味津々な顔をするのが笑える。
右手の指を全て折り込み、左手の指も折ろうとすると、コンラッドが声を掛けてきた。
「イチノス様、指が足りないようであれば、私の右足の指をお貸ししますが?」
コンラッド、目を細めた顔で俺を見ないで!
「⋯⋯」
母さんも目を細めた笑顔を見せないで!
「イチノス、とにかく良い人が出来たら早めに連れて来なさい」
母(フェリス)がそう告げて、椅子を後ろに引く仕草をした。
すかさずコンラッドがエスコートする姿勢を見せる。
どうやら母(フェリス)が俺に会いに来た目的が達せられ帰るようだ。
母(フェリス)が立ち上がったところで、コンラッドが声を掛けてきた。
「イチノス様、明日、昼過ぎに先程のアイザックが届けに来ます」
コンラッドの言葉で思い出した。
三日前にコンラッドから手紙を渡された際に、届け物が間に合えば持ってくる旨も告げられていた。
「わかりました。先程のアイザックさんが持って来るんですね?」
「はい。本日に届けられず申し訳ありません」
そう伝えてきたコンラッドを先頭に、母(フェリス)、俺の順で奥の作業場から店に戻ると、店の入口付近から複数の声が聞こえる。
(だから、イチノスさんに用があるんだよ)
(頼むよ、イチノスさん居るんだろ)
(申し訳ありません、もう少しだけお待ちください)
何だろうと、俺が二人の前に出るとコンラッドが母(フェリス)を背に庇う姿勢を見せる。
カランコロン
俺が入口の戸を開けると、青年騎士(アイザック)の背中越に見知った顔が見えた。
この春に16歳で成人となって冒険者になったヴァスコとアベルだ。
「あっ! イチノスさん!」
「二人ともどうしたんだ?」
「「『水出しの魔法円』と『魔石』が欲しいんです!」」
お前ら仲が良いな。ハモってるぞ。
「すまんが、今日は店仕舞いしたんだ。それに客が来てるんだ少し静かにしてくれ」
「「あ⋯」「⋯え」」
俺の説明を聞いて、ヴァスコとアベルが慌てて口を閉じた。
青年騎士(アイザック)も二人が大人しくなって、やれやれとした表情を見せてくる。
「イチノス、私はもう退散するから売って差し上げなさい」
俺の後ろから母(フェリス)が声を掛けてきた。
慌てて振り向けば、コンラッド越しに母(フェリス)が腰に手を当て仁王立ちだ。
「アイザック! フェリス様のお帰りだ。通路を確保!」
「はっ!」
コンラッドの指示にアイザックが動き、両手を広げてヴァスコとアベルを入口テラスの脇に追いやる。
「「フェリス様?!」」
ヴァスコとアベルが母の名を復唱し、アイザックから半歩下がり咄嗟に頭を下げた。
店の前に停められた馬車から御者ともう1名の青年騎士が飛び出し、御者は馬車の乗り込み口に踏み台を準備する。
もう一名の騎士は周囲を見渡し警戒を始めた。
ヴァスコとアベルが頭を下げる前を、母(フェリス)に続いてコンラッドが馬車に向かって進んで行く。
コンラッドのエスコートで母(フェリス)が馬車に乗り込み、コンラッドが続くと青年騎士二人も乗り込んだ。
踏み台を片付けた御者が御者台に上がると、4頭立ての馬車がスルスルと動き出す。
俺もヴァスコとアベルを習い、軽く頭を下げて進み行く馬車を見送った。
(俺、こんなに近くでフェリス様を見たの始めてだよ⋯)
(フェリス様⋯ すげぇ~綺麗だなぁ~)
二人ともコソコソ話してるけど、全て聞こえてるぞ。
俺は頭を上げ見送りの姿勢を解く。
店に戻ろうとすると、ヴァスコとアベルが慌てて追いかけてきた。
「イチノスさん! 『魔法円』と『魔石』をお願いします!」
「そうだ! フェリス様も言ってました!」
「わかった、わかった。とにかく店に入れ」
俺は店仕舞いを告げる看板のぶら下がる戸を開け、ヴァスコとアベルを店に招き入れた。
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