20-12 それじゃあ、始めよう


「えっ?」


 サノスが驚きの顔と声で応えてきた。


「あぁ⋯ 何となく解ってきました」


 それを追いかけるように、ロザンナが呟いて来る。


 俺はサノスの驚きとロザンナの呟きを無視して、二人へ改めて声をかける。


「まあとにかく、二人が言う通りに薬草の選別は魔素が通るかどうかで判断するんだ。それじゃあ、始めよう」


 俺の言葉に反応して、最初に薬草へ手を伸ばしたのはサノスだった。


 ロザンナはカバンからハンカチのような何かを取り出し、それに魔石を挟んで右肘を置いた。

 右肘の位置決めが終わったところで、平笊に置かれた薬草へ手を伸ばした。


 サノスは右手の指先を薬草の根にあて、葉の方は左手に乗せ、魔素を流していく。


 それは明らかに右手の指先から魔素を流して、左手で受け止めている感じだ。


 1本目の薬草に魔素が通るとわかり、最初に指示した良いと判断した平笊へ乗せていくと、直ぐに次の薬草へ手を伸ばした。


 ロザンナの方は左手で薬草の葉を持ち、右手の指先に魔素を纏わせ、それに薬草の根を着けている。


 左手の葉に魔素を感じたのか、ウンウンと頷いて、サノスと同じ様に良いと判断した平笊へ乗せて行った。


 その様子はどちらも正解ではあるが、サノスは意図して薬草へ魔素を流し、ロザンナは薬草に魔素を吸わせている感じだ。


 二人とも5本ほど薬草を選別したところで手が止まり、肩から力を抜いて小休止な感じになった。


 ロザンナは肘にあてた魔石が気になるのか、首から外した魔石を入れた袋に着けた赤い毛糸を器用に右手へ巻き付け、右手の甲へ魔石を固定し始めた。


 右手の甲に固定した魔石から魔素を取り出して、右手の指先へ纏わせる。


 確かにこの方法は魔法学校時代に魔素循環を覚えるためにやっていた学友もいたから、方法としては間違っていないだろう。


 一方のサノスは『ふぅ~』と息を吐きながら、軽く肩を回した。


 やはり毎回毎回、魔素を流す行為に集中を要するようだ。


 集中を要するのはロザンナも同じらしく、薬草を1本選別する毎に、集中して指先へ魔素を纏わせていた。


 二人とも小休止を終えて、再度薬草の選別へ挑んでいく。


 俺も右手で薬草を手にして、その根を魔素を纏わせた左手へあてて、選別をしていく。

 3人で黙々と薬草の選別をしていると、再び声にならない息を吐く音が聞こえてきた。


「「ふぅ~」」


 サノスとロザンナが一緒に息を吐き、肩と首をさすりながら、再び小休止へ入ってしまった。

 二人とも集中し過ぎて肩凝りが出始めているのだろう。


 サノスもロザンナも肩を回したところで、俺は手を止めて、ロザンナへ声をかけた。


「ロザンナ、台所の湯沸かしにポーション鍋が乗せてあるから、そのまま沸騰させてくれるか?」


「は、はい」


「鍋に張ってある水はポーションの漬け込み用に調整を始めているから、溢さないようにな」


「はい、そのまま沸騰させるんですね」


 そう言ったロザンナが席から離れて、台所へ向かった。


 今のロザンナが薬草の選別を続けると、魔力切れに至る可能性があるので、離れてもらうことにしたのだ。


 ロザンナが台所へと向かったところで、サノスが椅子に座り直した。


 サノスは再び薬草を手にして、魔素を流し始める。


 その薬草を残念な物を入れる平笊へ置いたところで、俺は声を掛けた。


「サノス、一本毎に集中すると疲れるだろ?」


「そうですね、こうして次の薬草を持つと、切り換えが必要になって⋯」


「魔法円で魔素の通りを確認するときとは、勝手が違うか?」


「違いますね、魔素を流すのは同じだと思うんですが、これだと薬草を笊に入れて次のを取ったときに、集中が切れてるんです」


「サノスは右利きなのか?」


「へっ?」


「ここの薬草を右手で取って、魔素も右手からだろ? しかも、手にした薬草を左手に持ち直してるだろ?」


 俺の言葉でサノスが左手で選別前の薬草を取り上げ、持ち替えることなく右手の指先に薬草の根を着けた。


 その薬草をそのまま、良い薬草を入れる平笊へ乗せ、再び左手で薬草を手にして、右手の指先に着けるとそこに魔素を集めた。


「うーん⋯」


「まあまあだな(笑」


 そうした会話をしながらも、俺は薬草を選別する手を止めなかった。


 すると、サノスが手を止めて、次々と薬草を選別する俺の手元を見詰め始めた。


 それに気づいた俺は、サノスに提案するように声を掛ける。


「しばらく俺の作業を見ていて良いぞ」


「は、はい」


 すると、サノスは例によって胸元の魔石に手を添えて、目を見開く顔を見せてきた。


 俺は、サノスに見せつけるように改めて左の掌全体に薄く魔素を纏わせ、右手で手にした薬草の根をあてて行く。


 薬草の根をあてた瞬間に、纏わせた魔素の量を意図的に厚く増やしてみせる。


「あっ!」


 どうやら、サノスにも魔素の量が増減するのが見て取れたようだ。


 俺は、選別した薬草を平笊へ置くと共に、掌に纏わせた魔素を再び薄くした。


 平笊へ置いた右手でそのまま新たな薬草を手にする。


 そして、再びサノスに見せつけるように改めて、右手で手にした薬草の根を左手にあてて、再び纏わせる魔素を厚くする。


 そんな誇張した感じで、掌に纏わせる魔素を薄くしたり、厚くする魔素の使い方を巧みに披露してサノスへ見せて行った。


 これで少しでもサノスは理解してくるだろうか?


 続けて10本程度の薬草を選別したところで、サノスの顔を見れば、驚きの表情が残っていた。


 これだけハッキリと魔素の使い方を巧みに披露したのだ。

 次第に、サノスも理解してくるだろう。


「師匠、聞いて良いですか?」


「何だ?」


「魔素を流すんじゃないんですか?」


「変な言い方だな(笑」


「えっ? そうですか?」


 そこで俺は、良いものと選別した薬草を一本手にして、サノスに渡して告げて行く。


「この薬草を、俺の手に着けてみろ」


「へっ?」


「ほら、ここに着けてみろ」


 俺は、左手を指差して、サノスに告げると、サノスが薬草の根を俺の掌に押しあててきた。


 それに合わせて、俺は手に纏った魔素を少しだけ厚くする。


 すると薬草の根から葉に向かって、水が上流から下流へ向かうように、魔素が流れて行った。


「どうだ? きちんと魔素は葉の方まで届いているだろ?」


「えぇ⋯ なんだろうこれ⋯」


 そう呟きながらも、サノスは次の薬草を手にして、胸もとの魔石へ手を添えた。


 再びカット目を見開くと、何の前触れもなく、俺の掌へ薬草を押しあてて来た。


「師匠、もう一度お願いします」


「わかった。今度は魔素の濃度を変えるぞ」


「のうぼって?! えっ?!」


 サノスの変な返事を無視して、俺は手に纏わせた魔素の濃度を変えて行く。


「師匠! こっれて何ですか?!」


 サノスの驚きの混じった問い掛けが聞こえたところで、手に纏わせた魔素を一気に胸元の『エルフの魔石』へ戻して行く。


「えぇ?!」


「今度は、どうだ?」


「魔素が戻って行きます!」


「これの理屈がわかったら魔素充填を本格的に教えよう。それまでは魔素を纏わせる薄さや厚さ、それに濃度を自分で調整する練習だな」


「薄さや厚さ⋯ それに濃度の調整ですか?」


「そうだな」


「イチノスさん、お湯が沸きました」


 台所から戻ってきたロザンナが告げてきた。

 俺は残る薬草の選別を優先したくて、サノスに丸投げだ。


「サノス、ロザンナに教えてくれるか?」


「⋯⋯」


 返事が無いサノスを見れば、指先に魔素を纏わせ、それをじっと見詰めていた。


「サノス、頼めるか?」


「せんぱい⋯」


「あ? えっ? はい?」


 俺とロザンナの呼び掛けにようやくサノスが答えた。


「ポーション鍋で、お湯が沸いたんですけど⋯」


「残りの薬草は、俺が選別するから、サノスがロザンナに教えてくれるか?」


「師匠、製氷の魔法円で凍らせないように冷ますんですよね?」


「おう、頼むぞ。少しぐらいなら凍らせてもよいぞ(笑」


「ロザンナ、氷冷蔵庫の上の製氷のやつで冷ますからね~」


 サノスが答えながら席から立ち上がり、ロザンナと共に台所へ向かう。


 作業場に一人で残った俺は、黙々と薬草の選別を続けて行った。

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