20-13 イチノスの魔石
薬草の選別を終わらせ、無事にポーションの漬け込みも済ませて、皆でお茶にすることにした。
壁に掛けた時計も3時を指しており、お茶にするには程よい時間だ。
サノスとロザンナに魔力切れの兆候が出ていないかを問うと、若干、空腹を感じている返事をしてきた。
軽い魔力切れなのか、3時という時間で空腹を感じているのかわからないが、俺も食べるから一緒に食べようと一切れパンを食べることを勧めた。
そういえば古代遺跡へ行った時に、ワイアット達と似たことをしていた気がするな(笑
「師匠、御茶はどうします?」
そんなサノスの問い掛けに、俺は迷った。
パンを齧りながらの御茶は、避けたい気分だ。
「サノスとロザンナは、紅茶か?」
「はい、「紅茶ですね」」
「俺も同じで、紅茶にしてくれるか? 温かいやつで頼む」
「はい」
そうして、パンを齧りながらの3時の紅茶を一口含んだところで、アリシャさんの言葉を思い出す。
確かに、井戸水で淹れた紅茶よりも、水出しで出した水を使った方が、味わいが良い気がする。
とは言え、俺が店を構えてから井戸水を使った記憶が、ほぼ無いのだがな(笑
紅茶の渋みが少なく感じるなと思いながら、サノスとロザンナの会話に耳を傾けた。
先程から、サノスとロザンナは、薬草の選別での魔素の扱いの会話を重ねているのだ。
「じゃあ、ロザンナは魔素を流してる感じは無いの?」
「それですけど、初めて祖母を手伝った時に、『そんなに強く流したら薬草が可哀想よ』って言われたんです」
ほう、先生がそんなことを、ロザンナに教えたんだ。
「それで、少しだけ流してみたんですけど、それでも多いって言われて⋯ 何が多いのか、何が少ないのか、迷ってたんです」
「あるある、自分では少しだけのつもりでも、師匠みたいに『もっと少なくても、良いぞ』とか言ってくるんだよね」
そう言って、サノスがチラリと俺を見てくるが、ここはスルーが正解だな。
「サノス先輩と同じで、私もイチノスさんに言われて、この魔石から取り出す魔素を絞ることに集中してみたんです」
そんなロザンナを見れば、普段使いの『オークの魔石』を指差している。
そういえば、ロザンナにそんな指摘をした記憶が少しだけあるな。
「それで気が付いたんですけど⋯」
ん?
「イチノスさんは、この魔石に何かしてるんですか?」
ロザンナが俺へ向かって問い掛けている気がする。いや、明らかに俺に向かって問い掛けてるよな?
「イチノスさん、この魔石を使ってて思ったんですけど、魔石から出てくる魔素の量が変わりませんか?」
ロザンナが普段使いの『オークの魔石』を指差しながら、手品の種明かしを見破ったような口調で告げてきた。
ロザンナは随分と微妙な事に気が付くな。
「ん? 何の話だ?」
俺は聞いていなかったふりをして答えてみた。
時に手品まがいの技を披露する俺としては、こうした種明かしを求めるような問い掛けを躱すのにも慣れているからな。
だが、サノスとロザンナは俺のことをじっと見ている。なぜか俺は見詰められたままだ。
チュンチュン
おや、鳥の鳴き声が聞こえるな。
サノスとロザンナがいるのに妙に静かだな(笑
そんな静寂を破ったのは、サノスだった。
「師匠、もしかしてそれが『イチノスの魔石』の秘密ですか?」
「ククク、『イチノスの魔石』か? 随分と面白い名前を付けたな(笑」
「師匠の魔石が、食堂でそう呼ばれてるのを知らないんですか?」
「知らないなぁ。むしろ、そう呼ばれてるなら、喜んだ方が良いのか?(笑」
そうして躱していたが、サノスとロザンナの追求の手は、止まらなかった。
「どうなんですか?」
「イチノスさん、教えてください」
俺は、二人の問い掛けに何も答えず、残ったパンを口に放り込むと、少し冷めた紅茶で流し込んで行く。
空のマグカップを置いて、両掌を上に向けて、少し肩をすくめてみせた。
「「はぁ~」」
途端に、ロザンナとサノスが溜め息をついてきた。そんなに残念なことなのだろうか?(笑
カランコロン
「「は~い、いらっしゃいませ~」」
店の出入口に取り付けた鐘が鳴り、サノスとロザンナが条件反射でいつもの声を上げた。
二人が目線を合わせると、サノスが席を立って店舗へと向かった。
「はーい いらっしゃいませ~」
店は臨時休業の貼り紙をしてるよな?
誰が来たんだろうと思っていると、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「イチノスさんに商工会ギルドからの伝令で~す」
その声と共にサノスが店舗から作業場へ戻ってきた。
「師匠宛に、商工会ギルドから伝令が来てます」
「わかった、俺が出るよ」
サノスと入れ替わりで、店舗へ顔を出すと、赤と白の縞模様のベストを着た、見覚えの無い少年が、カバンを斜め掛して、白い封筒を手にして立っていた。
「イチノスさん こんにちわ」
おっと、俺が少年を知らなくても、少年は俺を知っているようだ。
「こんにちは、誰からの伝令かな?」
「商工会ギルドのメリッサさんから、イチノスさん宛の伝令です」
「わかった。受け取ろう」
伝令を受け取り、受け取り証にサインをして少年に渡したが、少年は動く気配を見せない。
「もしかして、返事が必要な伝令か?」
「はい、お願いできますか?」
少年の返事に急いで封筒を開けると、こんな伝令が入っていた。
─
魔法技術支援相談役
イチノス 殿
南町の製氷業者2軒より製氷についての相談あり。
6月3日3時に会合を開くので参加をお願いします。
リアルデイル商工会ギルド
担当 メリッサ
─
「イチノスさん、返事をお願いできますか?」
少年がそう告げて、先程サインをした受け取り証をもう一度店のカウンターに差し出してきた。
「わかった、出席すると伝えてくれるか?」
「ありがとうございます。では、ここの『承諾』にサインをもらえますか?」
少年の差し出す受け取り証を改めて見れば、『承諾』『保留』『拒否』の欄が準備されていた。
俺が『承諾』の欄にサインをすると、少年は確認するように告げてきた。
「はい、イチノスさんから『承諾』をもらいました。ありがとうございます」
そう告げて頭を下げた少年は、早足で店から出て行った。
カランコロン
店舗から作業場へ戻ると、サノスとロザンナが3時のお茶の片付けをして、台所へ向かうところだった。
3日の商工会ギルドでの打合せをあのメモに組み込むのも、ロザンナへ伝えるのも、明日で良いな。
そう考えて、伝令を作業机の上に置き、時計の仕掛けを動かすことにした。
俺は自分の椅子を壁の時計の下に置き、椅子の上に立って壁の時計のネジを巻いて行く。
普段はサノスがネジを巻いてくれているが、ポーション作りの際には3時間毎に俺の作業が必要なので、念のために俺が巻くことにしているのだ。
ネジを巻き終えたところで、この時計に備えられた特製の仕組みが機能するように設定を変えて行く。
この壁掛け時計には0時と6時に鳴る仕組みが入っていて、ポーション作りには重宝しているのだ。
店を開ける時にポーションも扱うと決めて、直ぐに王都の時計職人に連絡して取り寄せた代物だ。
話によると、衛兵や騎士団そして街兵士の宿舎で使われている物だと言う。
こうしてネジを巻き、仕掛けを動かすのは、月に一度の恒例行事だな。
時計のネジ巻きと仕掛けを済ませた俺は、仮眠を取るために2階の寝室へ向かう途中、台所で洗い物をする二人へ声をかけた。
「サノス、後は任せて良いか? 念のために帰る時に起こしてくれ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい?」
サノスの『おやすみなさい』の言葉に、ロザンナが何だろうと言う顔をしているが、詳しい話はサノスから聞いてもらおう。
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