20-14 3時間毎に回復魔法


 サノスの『おやすみなさい』の言葉に、ロザンナが何だろうと言う顔をしている。

 詳しい話は、サノスから聞いてもらおう。


 俺は用を済ませて、2階の寝室へ向かった。


 俺は寝室に入り、ベッド脇の置き時計を3時間進めてから6時間毎に鳴る仕組みを設定していく。


 これで、薬草の漬け込みが終わる明日の3時までは、作業場の時計と寝室の置き時計が交互に鳴ることになるのだ。


 まずは、夕方の6時まで少し横になろう。

 この後は、まとめて寝ることが出来ないので、3時間の合間を縫って寝ることになる。


 俺は寝室のカーテンを閉めて、ベッドへ横になった。



(カンカンカン)


 作業場の時計が鳴る音が聴こえる。


(ガタガタ)


 その音に混ざって、階下の足音も聞こえてきた。


 仮眠から目を覚まし、軽く身支度を整えていると、


「イチノスさ~ん、時間ですよ~」


 ロザンナの起こす声が、階段の方から聞こえる。


 ベッド脇の置時計を見れば、9時だ。この時計は3時間進めているから、夕方の6時だな。


「起きてるぞ~」


 ロザンナへ返事をして、着替えを済ませ、階下へと降りて行き、たまった尿意を済ませて作業場へ行くと、サノスとロザンナが帰り支度をして俺を待っていた。


「イチノスさん、起きました?」

「師匠、そろそろ帰ろうと思います」


「もう帰る時間だよな。ロザンナ、起こしてくれてありがとうな。時計はサノスが止めてくれたのか?」


「はい。師匠が起きてきたなら、大丈夫ですね」


「すまんな、気をつかわせて」


「じゃあ、「お先に失礼します」」


 帰りの挨拶をしたサノスとロザンナが、共にカバンを斜め掛けした後ろ姿を見せながら、店舗へと向かった。


「気を付けて帰れよ」


「「はーい」」


カランコロン


 店舗の外まで二人を見送れば、外の景色は夕刻の色合いに染まろうとしていた。


 サノスとロザンナを見送ったところで、もう客が来ることは無いだろうと判断して、店の出入口に鍵を掛けた。


 作業場を抜け台所へ行き、ポーション鍋の蓋を取ると、びっしりと、薬草が漬け込まれている。


 念のために手を洗い、胸元の『エルフの魔石』から取り出した魔素を濃い目に指先へ纏わせ、ポーション鍋の薬草を漬け込んでいる水へ着けて、回復魔法を施していく。


 こうして、丸1日の薬草漬け込みの間、3時間毎に回復魔法を施すことがポーション作りの秘訣だ。


 3時間毎に丁寧に回復魔法を重ねることで、上級のポーションを作ることができる。


 ちなみに、上級の更に上の特級のポーションを作る際には、2時間毎や1時間毎に、回復魔法を施す必要がある。


 そもそも、ポーションの等級は、全部で9段階に分かれており、大きなくくりで、特級、上級、中級、低級となっている。


 特級が1等級、上級が2等級~4等級、中級が5等級~7等級、そして、低級が8等級と9等級だ。


 これらの等級は、冒険者ギルドや商工会ギルドが有する、ポーション鑑定機を使って判別ができる。


 実は、このポーション鑑定機は、王都の研究所が作った代物で、国王の命令により、王国内の全ての冒険者ギルドと商工会ギルドに備えられている。


 ちなみに、俺がギルドに納めるのも、店で売るのも、上級で3等級の物にしている。


 2週間程前に、冒険者ギルドが魔物討伐の依頼を出す際に、ポーションの必要性に迫られ、サノスが作った自家製ポーションの原液を買い上げた。


 そのポーションの原液に、俺が仕上げの回復魔法を施すことで、中級の一番下の7等級になったんだよな。


 今回は、1等級上げて、上級の一番上の2等級を目指すか、更に上の特級を目指すことも考えた。


 たが、特級を作るのは、サノスに教える時にとっておこう。


 それに、今のリアルデイルでは、2等級も3等級も需要は同じ気がする。


 今のリアルデイルでは、中級のポーションを冒険者ギルドが供給できる体制が整った感じだから、俺の店で扱うのは上級で十分だろう。


 うん、俺が店で売るのは、いつもの上級で3等級で良いと思う。


 特級のポーションを求める声も聞こえていないから、これで十分なはずだ。


 そもそも特級ポーションは、ローズマリー先生のような治療回復術師が治療目的で患者に使ったり、教会が死者蘇生後の回復で使う代物だ。


 俺のような街の魔導師が、店に備えておいたりする代物ではないからな。


 漬け込んだ薬草への回復魔法を済ませたところで、かなり薄暗いことに気が付いた。


 壁の備え付けのランタンを開けると、中の蝋燭がまだ残っていた。


 指先に魔素を纏わせ、軽く火魔法で蝋燭へ火を移すと、ランタンの薄明かりが周囲を照らして行く。


 そんな薄明かりの中で、両手鍋の蓋を開けると、そこには昼食の残りで、俺の夕食でもあるオークベーコンのポトフが残っていた。


 そのまま両手鍋を湯沸かしの魔法円へ乗せて温め、シチュー皿に一人前をよそって、更にパンを二切れ乗せて夕食の準備が整った。


 少々行儀が悪いが、俺は台所で立ったままで、手早く夕食を摂って行った。


 この後に、9時と12時、そして深夜を過ぎて日付が変わって3時にも、同じ様に、薬草を漬け込んだ物へ回復魔法を施して行く。


 朝の6時にも、起きる必要があるんだよな。


 今の時期なら、朝の6時は東の空に日が昇り始める時刻だ。


 とにかく、今回のポーション作りでは、この3時間毎に回復魔法を施して行くのが俺の仕事だと割り切ろう。


 さて、3時間後に備えて寝室での仮眠に戻ろう。


 俺はそう心で思いながら、ランタンに灯る蝋燭の明かりを吹き消した。


 2階へ行く暗い階段を登りきると、廊下の突き当たりにある窓の明るさに気が付いた。


 今日は1日で新月だから、もっと暗いはずだよな。


 そう思いながら窓へ近付いて、向かいの交番所前のガス灯の明かりが届いているのだと理解した。


 そうだよな、あそこのガス灯は、明るさを調整してるんだよな。


 ムヒロエやワイアット達と呑んだ一昨日の夜にも、就任式のあった昨日も、あのガス灯の明るさに気が付かなかったな。


 とにかく仮眠に戻ろう。

 今夜は3時間毎の作業に追われて一度に長くは寝れない夜だ。


 小間切れな睡眠を繋ぐためにも、寝れる時に寝よう。


 そう思い直して、俺は寝室のベッドへ潜り込んだ。


 ベッドへ潜り込んで、目を瞑り、少し考えていく。


 サノスとロザンナが回復魔法を覚えたならば、朝の9時や昼の12時、そして夕方前の3時の回復魔法は任せれるかも知れない。


 いや、二人が回復魔法を覚えなくとも、俺が『回復の魔法円』を準備すれば済むのか?


 『回復の魔法円』を使って、サノスとロザンナに日中の回復魔法を施してもらうのも手だよな?


 俺が研究所に居た時に、ポーションを研究していた部署がポーション作りを産業化する計画を語っていた。


 研究所の薬草園で栽培に成功した薬草と『回復の魔法円』を使って、24時間体制でポーションを作るとかなんとか⋯


 思い切って、回復の魔法円を描いて、サノスとロザンナに任せるのも手だよな?


 そういえば、研究所でのポーション作りの事業は、どうなったのだろう?


 王都では、薬草の値段も高かったから、採算が取れないような話をしていたし、その後に研究所がポーションを売り出した話も聞いていない。


 研究所が製造したポーションが、市中に出回っている話も聞こえてこない。


 結局は、研究所の事業としては、軌道に乗せられないと判断したのだろう。


 そういえば、俺が退所する間際に、研究所はポーション作りの方法を公表するとかしないとか言っていた気がするな。


 何れにせよ、薬草と『回復の魔法円』があれば、等級はともかく、ポーションを作れるのは事実なんだ。


 俺のように個人で対応すると、二日間は寝不足に陥るのが明らかだから⋯


 ポーションを作成する上での課題は、漬け込みをする丸一日、その間の3時間毎の回復魔法をどうするかということか?


 後は、安く新鮮な薬草を手に入れる方法だよな?


 他の魔導師は、どうしているのだろうか?


 そう言えば、昨日の就任式で同じ魔導師のシーラは、ポーション作りの二日間に理解を示していたな。


 就任式の後で、3日の商工会ギルドでの打合せを決める際に、俺がこの二日間をポーション作りに充てる話で、シーラは微笑んでいた気がするな。


〉「明日と明後日はダメなの?」

〉「明日の昼から店でポーションを作るんで、避けたいんだ」

〉「あぁ、なるほどね(笑」


 うん、シーラは理解していた。


 多分だが、シーラも実家の店を切り盛りしていた時には、俺と同じ様にポーションを作っていただろうから、理解を示してくれたのだろう。


 そして今の俺と同じ様に、シーラは3時間毎に起きて、回復魔法を施していたのだろう。


 そうしたことを考えながら、俺は2度目の仮眠に意識を預けて行った。


王国歴622年6月1日(水)はこれで終わりです。

申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第、投稿します。

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