王国歴622年6月2日(木)

21-1 ポーション作り二日目

 王国歴622年6月2日(木)

 ・麦刈り3日目

 ・ポーション作り2日目

 ─


朝の静かな空気を切り裂いて、ガタガタという足音が階下から響いてきた。


 この足音は、きっとサノスとロザンだな。

 あの二人が、いつもの時間に来たようだ。


 ベッドの脇に置かれた時計に目をやると、その針は11時を指している。

 だが、この時計はいつもより3時間進んでいる。

 実際には、今は朝の8時だ。


 窓のカーテン越しに差し込む陽射しは明るく、今日も良い天気だと知らせてくる。


 この時間ならば、リアルデイル東方の麦畑へ行っている人々は、既に鎌を振り始めているだろう。


 次にポーションの原液に回復魔法を施すのは朝の9時だよな?

 作業場の時計が鳴るのか?

 それともこのベッド脇の時計が鳴るのか?


 しらみはじめた朝の6時には作業場の時計に従ったから、次に鳴り出すのはこのベッド脇の時計だよな⋯


 そこまで考えたところで、俺は意識が途切れた。


 ◆


 カンカンカンカン


 枕元の時計の音で、目が覚めた。


 そうだよな。

 今度は、この時計が鳴るんだよな。

 俺は急いで時計の鳴り響く音を止めた。


 衣服を整えて階下へ降り、用を済ませて台所へ向かう。

 手を洗って指先に魔素を纏わせ、ポーションの原液に回復魔法を施して行く。


裏庭の薬草菜園に繋がる扉の窓から朝の日差しが差し込み、その光が台所を静かで落ち着いた空間へと整えている。


 回復魔法を施したポーションの原液は、魔素が満たされた状態で僅かに輝きが増して見える。

 この輝き具合は、前回のポーション作りと同じか、それ以上だろう。

 どうやら、今回もポーション作りに成功したようだ。


 残るは、12時と3時に施す回復魔法が待っている。

 そこまでは気が抜けないのも事実だな。


 そうした事を思いながら、作業場へ行くと、サノスとロザンナが俺に気が付いた。


「師匠、おはようございます」

「イチノスさん、おはようございます」


「おはよう⋯」


 二人は朝の静かな作業場で何かを話していたが、俺の姿を見て微笑みながら立ち上がり、朝の挨拶をしてきた。

 その挨拶に寝不足気味な返事しか出来ない自分が、少し情けない感じだ。


「師匠、御茶を淹れますか」


 サノスの言葉が嬉しいが、ここで御茶を飲むと、色々と近くなる気がするので止めておこう。


「いや、すまんな。12時になったら起こしてくれるか」


「お昼御飯はどうします」


「そうだな、頼めるか」


 両手を差し出すサノスに、自分の財布から昼食代を渡して、俺は2階の寝室へ戻った。


 ◆


(カンカンカンカン)


 作業場の時計が鳴る音が、2階の寝室へ響いてくる。


(ガタガタ)


 階下の足音も響いてくる。

 仮眠から目を覚まし、身支度を整えていると、


「イチノスさ~ん、時間ですよ~」


 ロザンナの声が、階段の方から届いてきた。


 ベッド脇の置時計を見れば3時だ。

 この時計は、3時間進んでいるから、今の本当の時間は昼の12時だな。


 窓からも、カーテンの隙間を縫って強目の日差しが差し込んでいる。


「起きてるぞ~」


 ロザンナに返事をして階下へと降りて行き、直ぐに台所へ向かう。


 手を洗い、ポーションの原液に回復魔法を施しながら、これで残るは3時の回復魔法だと心に留める。


 今回も何とかここまでやり遂げた。

 来月は『回復の魔法円』を準備して、朝の9時からは、サノスとロザンナに実行してもらうことを本気で考えよう。


 そんなことを考えながら作業場へ行くと、机の上にはバケットサンドと紅茶が準備されていた。


「師匠、食堂のお昼が昨日と同じだったんで、バケットサンドにしましたよ」


「おう、ありがとうな、助かるよ」


 考えてみれば、ここで昼食がオークベーコンのポトフだと、俺は延々と同じ食事をしていることになる。


 これは、サノスの心遣いに感謝だな。


 だが、バケットサンドは、数日前に食べたものと同じ味だった。

 いや、もしかしたらエルミアが手土産に持たしてくれた物と、味が似ているだけなのか?


 それでも、昨日の昼食と夕食、それに夜食に摂ったものと別なのは、ありがたいことだ。


 そんなありがたいバケットサンドだが、一緒に出された紅茶で流し込むように食べていくだけで、味わう感じには程遠い。

 紅茶の味もほとんどわからない状態だ。


 俺は本当に、こうして仮眠だけを続けると体調が整わない。


「イチノスさん、大丈夫ですか?」


 ロザンナが俺の顔を見ながら、心配そうな声で聞いてきた。

 きっと今の俺の顔色は最悪なのだろう。

 そんなロザンナをサノスが軽く手で制した気もするが、俺はそれに何かを言う気力も湧かない。


「ロザンナ、心配させてすまんな。この後は、サノスと協力して瓶と瓶詰めに使う漏斗(ろうと)の消毒を頼むな」


「師匠、お昼ごはんが終わってから始めれば、間に合いますよね」


「そうだな。ロザンナは、サノスから教わってくれるか」


「はい」


 俺は、何とかバケットサンドを食べきり、紅茶も飲み干して、サノスに頼むように告げて席を立った。


「じゃあ、俺は3時に降りてくるから、また頼めるか」


「はい、3時までに準備を終わらせてから、起こしますね」


 そんなサノスの声を聞きながら、俺は2階の寝室へ戻った。

 再び2階の寝室でベッドに横になり、目を瞑って今回のポーション作りと仮眠を振り返る。


 ポーション作りを始めた昨日の3時から、今のこの時間まで、7回は仮眠を繰り返している。

 1回に1時間は寝れているはずだから、延べの睡眠時間としては足りていると思う。


 だが、連続して寝れていないこと。

 3時間毎に起きて、回復魔法を施すこと。

 そうした繰り返しが、頭と体に疲労を溜めている気がする。


 世の女性は、赤子が生まれた直後には、授乳のためにそうした生活を強いられると聞き及ぶ。

 誠に、母親の子育てとは、大変な事だと考えさせられる。


 ◆


 カンカンカンカン


 再び、枕元の時計の音で目が覚め、俺は急いで鳴り響く音を止め、6時間毎の仕掛けも止めた。


 いよいよ、ポーションの原液作りで、俺の出番が終わる時だ。


 今回の仮眠は、延べの睡眠時間が足りているからか、思ったより寝付けず、うつらうつらとした状態だった。


「師匠! 時間で~す」


 階段の方から、サノスの声が聞こえる。


「起きてるぞ~」


 サノスに応えながら、俺は枕元の時計を3時間戻した。

 これで、いつもの日常に戻れる気がする。


 俺は衣服を整えて階下に降り、用を済ませて台所へ向かった。


 手を洗って指先に魔素を纏わせ、ポーションの原液に回復魔法を施して行く。

 この回復魔法が、漬け込み中、最後の回復魔法だ。


 回復魔法を施し終えたポーションの原液は、朝よりも強く輝きに満ちている。

 その輝き具合に、今回もポーション作りに成功したのを俺は確信した。


 そんなポーション鍋の脇には、沸騰消毒を終えたポーション瓶が並び、片手鍋には、コルク詮と漏斗(ろうと)が入れられている。


 サノスが消毒を含めて、全ての準備を済ませてくれたようだ。


 作業場へ行き、サノスとロザンナに声をかける。


「サノス、それにロザンナ」


「師匠、お疲れ様です」

「イチノスさん、お疲れ様です」


「ポーションの煮出しをお願いできるか」


「はい」


 元気に返事をして席を立ったのはサノスだった。


 台所へ向かうサノスの後ろ姿から作業場の机へ目を戻すと、見慣れぬ物が鎮座していた。

 いつもロザンナが座る場所に薄紙で被われ、洗濯バサミが周囲に何個も付けられた何かがあった。

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