24-8 多種多様な思惑


「じゃあ、大通りを渡るときは気をつけてね~」


「「は~い、行って来ま~す」」


 伝令の依頼料を払い終え、二人の見習い冒険者が早足でギルドから出て行く後ろ姿をタチアナさんと共に見送った。


「ニコラスさ~ん、イチノスさんをご案内するんで受付をお願いできますか~」


「は~い、代わります」


 二人が冒険者ギルドを出て行くのを見届けると、タチアナさんがニコラスさんへ声をかけた。

 特設掲示板前のニコラスさんが応えると、タチアナさんが受付カウンター脇のスイングドアから俺を2階へと案内してくれた。


 タチアナさんに続いて、冒険者ギルドの奥へと進んで行く。

 数名のギルド職員が事務仕事をする姿の中から、ふと先ほどのオバサン職員へ目が行った。


 オバサン職員は手元の紙を捲っては会計機械へ向かって操作をしている。


 当然というか、リアルデイルの冒険者ギルドにも会計機械が入っているんだな。

 だが、ちょっと型が古い気がする。

 むしろ、俺の書斎に置いている会計機械の方が小型で新型な気がするな。


 まあ、リアルデイルの冒険者ギルドの規模ならば、旧型でも間に合うのだろう。


「イチノスさん、最近は商工会ギルドへ行かれることが多いんですか?」


 研修所へ行く扉を隠す衝立を越え、2階へ上がる階段の手前で、タチアナさんが聞いてきた。


 タチアナさんは、俺が商工会ギルドへ行くのが気になるのか?


 確かに、今日も昼前は商工会ギルドへ行ったし、ここ数日は商工会ギルドへ足を向けている回数が多いのは事実だが、その事がタチアナさんは気になるのか?


「そうですね、色々とあって商工会ギルドへ行ってる回数が多いですね」


「このところ、商工会ギルドでイチノスさんを見かける回数が増えてるって、ナタリアから聞いたんです」


 ナタリア?

 誰のことだ?


「タチアナさん、ナタリアさんというのは?」


「?!」


 振り返ったタチアナさんの顔には、驚きが混じっていた。


「イチノスさん、もしかしてナタリアは、まだ名乗りの挨拶をして無いんですか?」


 商工会ギルドの話だろ?


 あそこで名乗りの挨拶をされたのは、メリッサさんぐらいしか思い当たらない。


 俺の記憶が怪しいのか?


 そう言えば、タチアナさんは商工会ギルドに友達が勤めてると言ってたよな?


「タチアナさん、ナタリアさんと言うのは、以前に話していた商工会ギルドに勤めているという、ご友人のことですか?」


「はい、そうです。私と同い年で小柄で、少しふくよかで、肩にかかるぐらいの短めの髪で⋯」


 何となくだが、察しがつくぞ。


 タチアナさんが容姿を伝えんとしているのは、商工会ギルドで馬車の手配や製氷業者に伝令を出してくれた、あの若い女性職員のことだ。


 タチアナさんとそんな会話をしながら2階へ上がると人の話し声が聞こえる。


(そんな感じだったのよぉ~)

(やっぱりそうなんですか⋯)


 廊下を進むとその話し声が執務室からだとわかった。


 片方は聞き覚えのあるキャンディスさんの声だが、もう一方は女性の声で⋯


 コンコン


「キャンディスさん、イチノスさんをご案内しました」


 もう一方の声の主を思い出そうとしていると、タチアナさんが執務室の扉をノックし用件を伝えた。


(は~い、どうぞぉ~)


 中からの話し声が途絶えると、キャンディスさんの応じる声が聞こえた。


 ガチャリ


 扉が開き、見えてきた執務室内は、昨日とは打って変わって、殺風景な感じだ。

 花屋のように並べられていた祝花の全てが片付けられ、新たに簡易な執務机が置かれ、その脇に獣人文官のカミラさんが立っている。


 相談役としての契約の件ならば、カミラさんが同席しても問題ない。

 俺からの依頼の時には、カミラさんに席を外してもらえば済むだろう。


「イチノスさんを案内しました」


「タチアナさん、ありがとう。イチノスさん、冒険者ギルドへようこそ」


「こんにちは、イチノスさん」


 キャンディスさんとカミラさんの挨拶に会釈で応えながらも、俺は確かめるようにカミラさんの右耳を見てしまう。


 すると、俺の視線に気付いたのか、ピコピコと動かしてきた。


「こんにちは(笑」


 その仕草が愛らしく、思わず笑いが溢れそうになった。


「イチノスさん、座って話しましょう。タチアナさん、すいませんが、紅茶をお願いして良いかしら?」


「はい、直ぐに準備します」


「それとタチアナさんにもイチノスさんの依頼の件で参加して欲しいの。受付はニコラスさんに任せれるかしら?」


「はい、わかりました」


 返事をしたタチアナさんが執務室を出て行くと、キャンディスさんが手振りで俺へ応接へ座るように勧めてくる。


「さあ、イチノスさん、座ってくれる? カミラさんから冒険者ギルドとして出せる契約書が届いたの」


 その言葉のとおり、応接机には契約書らしき書類が準備されていた。


 応接へ腰を下ろしながら、キャンディスさんの言葉を振り返る。


 〉カミラさんから届いた


 商工会ギルドのメリッサさんからではなく、目の前のカミラさんの名を、キャンディスさんは口にしたな。


「イチノスさん、冒険者ギルドの伝令をご利用いただき、ありがとうございます」


 3人で応接に座ったところでキャンディスさんが口火を切った。


「いえいえ、私用で伝令を出す必要がありましたし、調査隊の件でも依頼を出したかったんですよ」


「そうでしたね。イチノスさんの依頼は、古代遺跡の調査隊よね。その件について、カミラさんが同席しても問題ないわよね」


「えぇ、大丈夫ですよ」


 俺はキャンディスさんの投げ掛けに即答した。


 キャンディスさんは、公表資料に記された商工会ギルドと冒険者ギルドの割り振りを前提に話をしているな。

 そうなると、カミラさんの離席は促せないな。


 まあ、俺としては黒っぽい石が入った瓦礫が得られれば問題ない。

 気になるのは、俺の依頼をカミラさんがどう受け止めるかだが⋯


「相談役の件は、冒険者ギルドの担当だから大丈夫よね?」


 やはりキャンディスさんは、明らかに俺からの公表資料に関わる説明を理解しているな。


 まあ、カミラさんがキャンディスさんに着いているなら、理解を深めているのも頷ける。


「イチノスさん、こちらが相談役の待遇と業務内容に関わる契約書です」


 俺とキャンディスさんのやりとりが一息つくと、今度はカミラさんの出番だよな。


 カミラさんが俺へ向かって、応接机に置かれた契約書を差し出してくる。


 それを一瞥しただけで、前回に商工会ギルドとしてメリッサさんが準備した草案とは比べられないほどに、細かい文字が並んでいるのが見て取れた。


 これはこの場で全てを読み切り、理解を深めるのは明らかに無理だな。


「前回とはかなり違いますね(笑」


「はい、前回は本当にすいませんでした」


 俺の問い掛けに、カミラさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 と言うことは、前回の草案にカミラさんは関わっていたのか?


 いやいや。今日ここでの犯人捜しは控えよう。


 何れにせよ、この契約書は持ち帰って読むしか無いな。


「これを、いったん預かるのは問題ありませんよね?」


「はい、問題ありません。むしろイチノスさんには隅々まで読んでいただき、ご意見を願いたいです。キャンディスさん、良いですよね?」


 カミラさんの返事には、どこか文官なりの思惑が混じっていないか?


 そう思った時にキャンディスさんが頷きながら追いかけて来た。


「えぇ、是非ともお願いします。むしろ、シーラさんとイチノスさんでじっくり協議してお返事をもらいたいです」


 キャンディスさんの言い方にも、変な思惑が混じっているのを感じるのは気のせいだよな?

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