24-9 モヤモヤとした感情
俺は、二人の思惑を無視して問い掛けて行く。
「カミラさん、契約書を読む前で問うのは筋違いかもしれませんが、前回のような条件付けが入っていたりしませんよね?(笑」
「はい、その付近は私も確認しておりますので、ご安心ください」
キャンディスさんが答え、カミラさんへ促すように視線を移した。
「はい、イチノスさんとシーラさんからいただきましたご指摘を元に、あのような条件が入っていないものを準備させていただきました」
なんだろう、カミラさんの口ぶりが少し気になるというか、既視感というか、違和感が混ざった感じがするな。
このモヤモヤとした感じは何だろう?
以前にもこの感じには覚えがある。
いつだろう⋯
確か、研究所で⋯
「イチノスさん」
「えっ?!」
キャンディスさんの急な呼び掛けに、半分、足を踏み入れた追想から引き戻された。
「昨日の昼前に、シーラさんと少し話し合ったんです」
シーラと話し合った?
昨日も、キャンディスさんはそんなことを口にしていたな。
「シーラは何と言ったんですか?」
「条件の付け方、そして解決の達成基準が曖昧な点を指摘されました」
あぁ、その点について、既にシーラは昨日の昼前に指摘していたのか。
商工会ギルドで見せられた草案では、『達成』の基準が曖昧だった。
その点について、氷室へ向かう馬車の中でシーラと話題にしたが、既にシーラは気が付いていたんだな。
「ですので、そうした箇所、相談案件での解決の達成とか、そうした基準が曖昧な部分を削除した物を、今回は準備させていただきました」
「うんうん」
カミラさんの説明に、キャンディスさんが深く納得するように頷いている。
一方、俺の心の中では、カミラさんの言葉からか、モヤモヤが膨らんで行った。
「但しですね、受けていただく相談事については、ギルドとの協議や交渉を重ねる時間と手間が増えて行くことはご理解ください」
更に、カミラさんが懸念を述べてくる。
カミラさんが口にする懸念が、俺のモヤモヤを更に膨らませて行く。
ダメだ、切り換えよう!
ここは一旦半歩下がって、自分の気持ちを整理する必要があるぞ。
まずは、カミラさんの懸念だけに応えよう。
「それは致し方無いですね。『無理難題』を相談案件とされても、解決することは難しいですからね(笑」
「無理「難題ですか?」」
俺の返した言葉に、カミラさんとキャンディスさんが同じ反応を見せた。
「はい、例えば『ウィリアム様に了承を貰う魔法を教えてください』とか?(笑」
「はい?」
「⋯⋯」
何だ、そのキョトンとした反応は!
俺の冗談は二人には通じないのか?
「『金貨を生み出す魔法をお願いします』とか、そんな相談をされても解決は無理ですよね?(笑」
「フフフ、そうですね(笑」
「⋯⋯」
カミラさんが笑っているが、キャンディスさんは俺の冗談を理解していないな。
「イチノスさん、さすがにそんな相談はギルドでも受付ませんし、イチノスさんとシーラさんに解決は願いません」
おっと、この口調でキャンディスさんが語るということは、やはりキャンディスさんに冗談は通じていないようだ。
これなら、二人とも無理難題な相談事は依頼してこないだろう。
カミラさんとキャンディスさんでは、無理難題な相談事への姿勢の違いがあるだけだと考えよう。
「わかりました。まずはこの契約書をシーラと共に読み込んでみますね」
「はい、「よろしくお願いします」」
キャンディスさんとカミラさんの返事を聞きながら、応接机に置かれた契約書をカバンへ納めて行く。
コンコン
すると、扉がノックされる音が響いた。
「は~い、どうぞ~」
空かさずキャンディスさんが応えると、執務室の扉が開き、タチアナさんがワゴンを押して入ってきた。
「失礼します、紅茶をお持ちしました」
「ありがとうね、ニコラスさんは大丈夫?」
「はい、今の時間は落ち着いていますね」
そう返事をしたタチアナさんの言葉で、全員が壁の時計へ目をやれば、既に3時に近い時間だ。
思ったよりも時間がかかってしまったな。これでは店へ戻るか迷うな。
契約書をカバンへ納めたところで、タチアナさんが紅茶を淹れ始めたので、俺は中座して用を済ませることにした。
「キャンディスさん、用を済ませたいんですが⋯」
「すいません、2階には無いんです。1階に降りて、裏に出た左手にあります」
「ありがとうございます、少し席を外しますね」
そう礼を告げて、俺は用を済ませるために執務室から、一旦、出ることにした。
◆
用を済ませて、2階の執務室へ戻りながら、この後の流れを考えて行く。
ギルドからの用件は、先ほどの話で済んでいる。
俺からの用件は、古代遺跡の調査隊への依頼だ。
よし、俺からの話を済ませたら、少し早目だが、風呂屋へ行って先ほど感じたモヤモヤな感情を整理しよう。
そして、出来上がった体をエールで潤して、店へ戻ろう。
もう少し早目ならば、風呂屋へ行かずに店へ戻って、抹茶を味わいながら手に入れた和菓子を楽しむ時間も取れた。
まあ、和菓子は日持ちするから、明日の楽しみだと考えよう。
それに、先ほどの契約書をシーラと読み込むにしても、このモヤモヤとした感情は整理を済ませて置くべきだろう。
そんなことを考えながら、2階の廊下を進むと、執務室から3人の話し声が漏れ聞こえてきた。
(こんな相談を、ニコラスさんが受けたの?)
(はい、根負けしたらしいです)
(さすがにこれは、イチノスさんやシーラさんに見せられないわね)
(商工会ギルドは、もっとすごいらしいですよ)
(これは、レオナも交えて話し合った方が良いですね)
(そうね、カミラさん、レオナさんに連絡して会議の設定をお願いできます?)
(はい、お任せください)
(私は、ウィリアム様やジェイク様からいただいた事項を、もう一度見直しておくわ)
う~ん⋯ やっぱりそうした相談事もあるよな。
例えば、サカキシルでの氷室の建設なんかは最たるものだよな。
商人やリアルデイルに住む方々からの相談事だけで済むとは思っていなかった。
むしろ今回の国家事業である西方再開発事業の達成を考えれば、ウィリアム叔父さんやジェイク叔父さんからの相談事があるのが当たり前だ。
それらをどう扱うか、商人やリアルデイルに住む方々からの相談事との優先順位をどうつけて行くか。
その付近がカミラさんやレオナさん、それにキャンディスさんやメリッサさんの課題になるだろうな。
(とにかく、どの案件を優先するかをメリッサも交えて議論しましょう)
(そうですね、このままイチノスさんやシーラさんに話しても受けてくれませんよね?)
漏れ聞こえる話の様子から、話がまとまって来た感じがする。
これなら俺が入っても大丈夫だろう。
コンコン
「は~い」
頃合いを察して、執務室の扉をノックすれば、タチアナさんの声が返ってきた。
ガチャリ
執務室の扉を開けると、キャンディスさんとカミラさんが応接机の上に置かれた紙を慌てて裏返した。
きっと、あの紙には俺とシーラへの相談事が書き並べられているのだろう。
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