王国歴622年6月7日(火)

26-1「物知り魔導師の小さな悩み」


王国歴622年6月7日(火)

・麦刈り八日目

・商工会ギルドで魔石の入札 10:00~

・商工会ギルドで製氷業者との会合 11:00~

・カレー屋へ

・冒険者ギルドで契約


 ガタガタ バタバタ


 俺は階下で響く、世話しない足音で目が覚めた。

 枕元の時計を見ると、時刻は8時になろうとしている。


 昨夜はベッドに入っても、大衆食堂でのことが頭を離れず、なかなか寝付けなかった。


 リアルデイルに住む人々、ウィリアム叔父さんやジェイク叔父さんを知る人々は、俺の出自や実年齢を既に知っている。

 さらに、その人々の子供であり、ハンスやリリアのような俺と同年代の者達は、俺を歳上に観ていた。


『物知りなハーフエルフの魔導師』


 そんな視線で、親子共々が俺を観ているのを知らされたのだ。


 俺は自分自身の出自や年齢を、不必要に口にしないが、隠す気もない。


 だが、ハンスやリリアのような同年代からそうした見方をされているのを知るのは、少し寂しい気がするのだ。


 その割り切れない思いから、モヤモヤとした感情が湧いてしまい、昨夜はなかなか寝付くことができなかった。


 このリアルデイルに、俺が店を開いて4ヶ月が過ぎた。

 今日訪問する予定のカレー屋のアリシャさんのように、王国以外で育った人々は、そうした俺に対する視線を持っていないかもしれない。

 けれどもアリシャさんも、リアルデイルの街に溶け込むにつれ、そうした視点を持つようになるのだろう。


 シーラはどうなのだろうか?


 シーラも俺と同じ魔導師なのだから、記憶力や知識量は格段に高い。

 魔法学校を首席で卒業する予定だった程に、シーラの知識量は多く、それを支える記憶力は高いのだ。


 〉製鉄に必要な魔法技術は

 〉頭の中に入ってるよ


 シーラはそんな言葉で、製鉄に関する魔法技術は全て知っているとも言い切っていた。


 後々、シーラも


 『物知りな若い女魔導師』


 そんな視線で観られたりするのだろうか?


 他人からの視線や視点なんて、何をどうしても変えられないのは理解している。


 それでも、昨夜はそうした思いが、頭を巡って俺を寝付けなくしていた。


 そうしたことを思い返しながら着替えていると、サノスの声が聞こえた。


「師匠~ 起きてますか~」


「起きてるぞ~」


 サノスの起こす声に応えながら着替えを済ませ、階下へと降りて行く。


 溜まった尿意を解消して、台所の前を通ると、手を洗っていたサノスが俺に気づいた。


「師匠、おはようございます」


「サノス、おはよう」


 サノスに朝の挨拶を済ませ、作業場へ向かうと、ロザンナが既に朝の御茶を淹れていた。


「イチノスさん、おはようございます」


「ロザンナ、おはよう」


 二人への朝の挨拶を終えて、いつもの自分の席へ座ろうとすると、昨日、シーラが使っていた椅子が置かれているのに目が行った。


 今日の昼前は商工会ギルドへ行くし、昼過ぎからは冒険者ギルドだから、まあこのままでも良いか⋯


 若干、狭い感じだなと思いながらも自分の椅子へ座ると、ロザンナが浸出を終えた御茶を皆のマグカップへ注ぎ分けて行く。


 注ぎ分けた御茶の香る中、サノスも作業場へ入ってきて、3人で朝の御茶を楽しみながら昨日のあの後を確認してみた。


 特に来客もなく、集中して魔法円に取り掛かれたと二人は答えてきた。


「どうだ? 何か困ってたり、行き詰まってないか?」


「無いです」

「大丈夫です」


 そんな返事を聞いて、今日も二人に店番を任せ、続きの作業をして貰えば問題ないだろうと感じた。


「じゃあ、二人は今日も続きだな」


「「はい!」」


 二人が元気な返事をすると、ロザンナが席から立ち上がり、自分の棚から何かのメモ書きを取り出して作業机へ戻ってきた。


 ロザンナが手にしているのは、今週の俺の予定が記されたメモ書きだ。


 それを眺めながら、ロザンナが今日の俺の予定を確かめてくる。


「イチノスさん、昼前は商工会ギルドで、その後にカレー屋ですよね?」


「そうだな」


「その後は冒険者ギルドですか?」


「そうだな。一旦戻ってくる予定だが、それから冒険者ギルドだな」


 そう答えると、サノスとロザンナは顔を見合わせ、そして軽く頷いた。


 二人は、俺が戻ってくるまで集中して作業ができると考えているのだろうか?


 ん?


 二人が揃って、売上を入れているカゴへ視線を移したぞ。


 もしかして、俺が商工会ギルドや冒険者ギルドで時間を要して店に戻って来れず、日当を貰えない可能性を心配しているのだろうか?


 それなら、今日はここで支払っておいた方が良いかも知れんな。


 そう考えながら、改めて売上を入れているカゴの脇に置かれた割符に目が行った。


「そうだな、忘れないようにしないとな」


「「うんうん」」


「そろそろ、洗濯屋が届けに来ると思うんだ」


「「???」」


「届けにきたら、そこに割符が置いてあるから⋯」


 あらまあ、二人が揃って少し残念そうな顔をするのね(笑



 サノスとロザンナに日当を手渡すと、二人は丁寧に礼を述べながら、受け取った日当を自分たちの財布へ納めた。


 俺はその様子を眺めつつ、ふと考え始めてしまった。


 この毎日の日当を手渡す形式に、違和感を覚えたのだ。

 日々こうして俺は、サノスとロザンナに報酬を渡しているが、最近は二人が俺の行動に注意を向けているのが気になる。


 理由は分かっている。

 サノスとロザンナが帰路につく時刻に、俺が店にいないと日当が受け取れないからだ。

 だから、二人が俺の行動を気にしているのは理解できる。

 それでも、そうしたことに互いに神経を使うのは、正直に言って手間に感じるのだ。


 これも、俺が相談役に就任して外出が増えたのが原因の一つだろう。

 俺が多忙になることで、サノスとロザンナが日当を受け取れないのは、間違っている気がする。


 そもそも日当を手渡す形式にしたのは、この王国の一般的な慣習に従ったからだ。

 この王国では、未成年が働くときは日当払いが普通だと、俺は聞いていたので、それに倣って日当払いにしたのだ。


 サノスを最初に雇った時のことを思い出す。


 店を開いたばかりの頃、サノスの両親であるワイアットとオリビアさんを交えた面接で、報酬の支払方法は日当払いの形式にすることが、すんなりと受け入れられた。

 両親の許可も得たから、特に問題ないと思っていた。


 しかし、今は俺が多忙になって、サノスとロザンナの二人が俺の行動に注目することが増えているのが、どこか煩わしく、そしてどこか申し訳なく思えてきたのだ。


 働いてくれた従業員への報酬の支払いは、雇い主として負うべき責務だ。

 そのことが分かっているからこそ、何か良い改善策はないだろうかと考えてしまうのだ。


 う~ん。考えるのをやめよう。


 今この場で悩むことじゃないし、今この場で考えたところで、最適な解決策が出てくるとも思えない。


 こういう時は、サノスとロザンナのような未成年を雇っている者達がどうしているのかを調べるのが先だな。


 気がつけば、サノスとロザンナは作業机の上の御茶の支度を片付けて、二人で台所へ向かっていた。

 壁の時計を見ると、ちょうど9時を過ぎたところだ。


 今日のこの後は、ロザンナが確認してきたように、昼前に商工会ギルドで魔石の入札手続きをする必要がある。

 その後は、製氷業者との打ち合わせだ。


 そういえば、製氷業者の元で働いているセルジオも、サノスやロザンナと同じ未成年だな。

 もしかしたら、製氷業者の二人へ問い掛ければ、何かの知恵が得られるかもしれない。


 個人的に少し話を聞いてみるか。

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