26-2「静寂の街路に刻む一歩」

 

 2階の寝室で身支度を整え、階下へ降りて作業場の時計へ目をやると、9時を回ったばかりだ。


 商工会ギルドまでは、歩いて30分程度。

 魔石入札の受付が始まる10時には少し早い気もするが、俺は商工会ギルドへ行くことにした


 壁に掛けたカバンを手に取り、中を確認すると、魔石の入札に必要な書類がしっかりと収められている。次に棚に目を向け、『水出しの魔法円』を手に取ってカバンに入れると、出発の準備は整った。


 サノスとロザンナが作業に集中しているのを見て声をかける。


「じゃあ行ってくる」


「「行ってらっしゃ~い」」


 カランコロン


 そうして俺は、サノスとロザンナに見送られながら店を出て、まずは向かい側にある交番所へ向かった。


 近寄る俺に気が付き、二人の女性街兵士が王国式の敬礼を繰り出してくる。

 それに軽めの敬礼で応えたところで、朝の挨拶を交わす。


「おはようございます。お勤めご苦労様です」


「「イチノスさん、おはようございます」」


 そこまで挨拶を交わして敬礼を解けば、二人ともすんなりと敬礼を解いてくれた。


「先達ては良いものをいただき、ありがとうございました」


 背の高い方の女性街兵士が感謝の言葉を告げ、二人へ渡した『羊羹(ヨウカン)』のことを思い出させる。


「いえいえ、お口に合えば何よりです」


「はい、あれは美味しいですね。紅茶にとても良く合います」


 彼女の言葉に俺も満足を覚えながら聞いていると、もう一人の小柄でふくよかな方の女性街兵士が、思わぬことを口にしてきた。


「今日は非番の者が追加を得るため、店へ向かっております(笑」


「ククク、それは何よりです(笑」


 その言葉に俺は、笑みを浮かべるだけだ。


「イチノスさん、今日はどちらへ」


「昼前は商工会ギルドで、一旦戻ってきて冒険者ギルドですね」


 細身で背の高い方の女性街兵士の問い掛けに、今日の予定を素直に説明する。


「はい、わかりました。日々、ご苦労様です」


「じゃあ、いってきます」


「「お気をつけて~」」


 二人の女性街兵士に見送られながら、俺は商工会ギルドへ向けて歩き出した。


 まず目指すは、リアルデイルの街を東西に走る大通りだ。

 そこから中央広場を抜けて商工会ギルドへと向かう、いつもの道筋だな。


 店の前から東西の大通りへ向かうこの道は、朝のこの時間でもそれなりに人通りがあり、道行く荷馬車の奏でる音と、連れ立って歩く人々の話し声が耳に心地よく響いてくる。


 こうして街並みを歩いていると、このリアルデイルの街にも慣れてきたなと感じる。


 そうして進み行くと、洗濯屋の看板が目に飛び込んできた。

 思わず足が止まり、寄るかどうかで考え込むが、直ぐに頭をふった。


 つい先ほど、サノスとロザンナに受け取りを頼んだ大量の洗濯物が、いつ頃届くかを確認するべきかと思ったのだが、洗濯屋の娘のアグネスを通じて依頼は済ませているのだ。

 ここで俺が、わざわざ出来上がりを催促するのは、何か違う気がしたのだ。


 東西に走る大通りを進み、中央広場へ入る。

 暑さをしのぐために木陰で足を止めると、目の前の青々とした芝生に自然と目が行った。


 芝生は、朝露を受けてしっとりと輝き、緑にわずかに青みがかった葉が広がっている。その柔らかな草は、まるで大地を覆う絨毯のように、一面に青々と息づいている。


 商工会ギルドへ行く際に、何度もここを通っているのだが、改めて芝生の青さに自然と目が牽かれる。


 先週も見ているよな⋯

 これで何度目なんだろう⋯

 そしてこの先、何度この道を通うことになるんだろう⋯


 今後、相談役の業務で月に何度か商工会ギルドへ出向くことになれば、この中央広場を何度も通ることになるのだろう。


 今は緑が美しいけれど、三月(みつき)か四月(よつき)も過ぎればその緑も枯れていく。

 そして、9月の俺の誕生日を過ぎる頃には季節が変わり始め、今の半袖から長袖に着替える頃には、この緑も消えて行くのだろう。


 時の流れが容赦ないことを強く感じるな。


 マイクの婚約祝いに加え、母(フェリス)とウィリアム叔父さんとの婚約祝い。

 この二つの祝いの贈り物として俺が予定しているのは『勇者の魔石』だ。


 両者の祝い事が表される11月までという期限を考えると、いよいよ余裕が無い気がしてきた。


 祝いの品である『勇者の魔石』を早く作り終えて、この心の引っ掛かりを無くしたい。


 そうすれば、古代遺跡で見つけた黒っぽい石や、自分の追いかけている魔素の正体に関する研究に戻れる気がする。


 とはいえ、『勇者の魔石』を作るための足掛かりが今の俺には何もないし、黒っぽい石は調査隊に瓦礫を持って帰ってもらわないと先へ進めない。

 今の俺が進もうとしている道には、幾多の穴があり、幾多の壁がある感じだな。


 そんな自分自身の状況を再確認したところで、俺は再び歩き出した。

 今の俺は、目の前の道を一歩一歩進むしかないんだ。


 ◆


 商工会ギルドへ足を踏み入れた途端、屋内の涼しい空気が俺の汗をすっと抑えてくれる。

 この涼しさは、一昨日(おととい)、指名依頼の結果報告を出しに来たときも感じたなと、少しだけ苦笑いが漏れる。


 そのまま商工会ギルドの奥へと進んだが、一昨日とは明らかに様子が違っていた。


 一昨日までは受付カウンターの窓口は、4つは開いていたが、月初の納税の期間を過ぎたのか、今は二つしか開いておらず、しかも誰一人として並んでいない。


 そんな静まり返った雰囲気を感じながら周囲を見渡して、俺の目に入ってきたのはどこかで見たことのある特設掲示板だ。

 特設掲示板の脇には専用の受付らしき机が設置され、年配の男性職員が座っている。


 壁に掛かった時計へ目をやると、10時手前で入札の開始時刻には少し早い。

 ならば、特設掲示板に貼り出された質問状でも見に行くかと、俺はその前へ足を運んだ。


「ん? イチノスさんじゃないですか」


 受付の机に着いていた年配の男性職員が、気さくに俺の名を呼び、声をかけてくる。

 だが俺は、この男性職員の名前が思い出せない。

 どこかで見かけた気がするのだが、納税の時だろうか?

 名前が思い出せず申し訳ないが、ここは上手く応じよう。


「こんにちは。どうですか? 質問状は順調ですか?」


「えぇ、一時は多かったんですが、今は落ち着きましたね。イチノスさん、今日は?」


「『魔石』の入札できたんですよ」


「あぁ、あの件ですね。わかりました。メリッサさんを呼んできますね」


 そう告げて、年配の男性職員は受付カウンター脇のスイングドアから奥へと消えていった。


 残った俺は、特設掲示板に貼り出された質問状を眺めて行った。


 特設掲示板の仕組みというか、質問状の貼り出し方は冒険者ギルドと同じだ。

 これは冒険者ギルドを担当するカミラさんと、商工会ギルドを担当するレオナさんの連携の現れだろう。


■国王からの勅令

 街道整備

 西方 ジェイク領への街道整備

 南方 ストークス領への街道整備

 王都からの開拓団の受け入れ


質問

 王都からの開拓団の到着時期はいつですか?


回答

 開拓団へ問い合わせするか、王都及びランドル領やウィリアム領の商工会ギルドへ問い合わせください。


 これは冒険者ギルドの回答より踏み込んでいて、自分で調べることを啓蒙しているな。


質問

 西方のジェイク領への街道整備では、馬車軌道が予定されていますか?


回答

 西街道には馬車軌道が敷設される予定です。敷設の開始時期などの詳細に関しては、設立予定の株式会社へ問い合わせください。


 的を射た質問だし、それにきちんと答えている。

 しかも、時期や規模についての問い合わせも牽制しているな。


 リリアやシンシア、それにロレンツ親子がこれを見ていれば、まずは株式会社の設立から関わりを持つことを考えるかもしれないな。


質問

 ストークス領への街道整備では、西方と同じように馬車軌道が予定されていますか?


回答

 不明です。南街道への馬車軌道敷設については、現段階では商工会ギルドでは情報を得ておりません。

 可能性を含めた将来の情報については、設立予定の株式会社へ問い合わせください。


 なかなか面白い質問だな。

 質問状の筆跡からすると、先ほどの西街道への敷設の質問者と同じ人物が書いている感じだ。


 それに、商工会ギルド側が明確に答えているのが良い感じだ。

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