4-7 揉めたらピィーッと警笛が鳴り響きました
ヘルヤさんからの催促の手紙を読み終えて、椅子の背もたれに身を預けて一息つく。
向かい側に座るサノスに目をやれば、一所懸命に自分の描いた『魔法円』とお手本を見比べている。
サノスをここまで熱中させるのは、なんなのだろう?
コンラッドからの囁きか?
サノスは『湯沸かしの魔法円』で、一度、躓いている。
初めて挑戦した『魔法円』で、お手本を見て一所懸命に模写して、コツコツと魔素を流して確認をした。
それでも起動しない『魔法円』に痺れを切らして、最後には昏倒する程の『魔素』を流して『魔力切れ』を起こした。
『魔力切れ』から復帰しても挑んだが、最後には怒りに任せて壊し、竈にくべてしまう程の躓きを経験している。
そんな『魔法円』に再挑戦し、今度も失敗しそうだったのが、成功への路が見えてきたからか?
もう少しで達成できそうな所まで来ているから、熱中度が上がっているのか?
けれども、その成功への路の途中には、再び障害が待っている。
サノスが気付かなかった魔素が通じない部分、サノスはそれに気が付くのだろうか?
サノスは気が付いた時に、どうするのだろうか?
俺も『勇者の魔石』の件では躓いた。
正直に述べて、俺は『勇者の魔石』については軽く考えていた。
勇者を見つけて『魔鉱石(まこうせき)』に『魔素』を充填して貰えば済むと思っていた。
だがコンラッドと会話して、自分の認識の甘さを感じた。
そもそも『勇者』の定義が曖昧なのだ。
もう一度『勇者の魔石』をどうやって作るかを考え直す必要がありそうだ。
躓きを振り返っていても前には進まない。
『勇者の魔石』の件は改めて実現方法を考えるとしよう。
今は手に持つヘルヤさんからの催促の手紙に答えるのが先だな。
まずは明日にでもヘルヤさんに来店して貰えるように伝令を出そう。
「サノス、ギルドに行ってくる。店番を頼めるか?」
「⋯⋯」
反応がない。ただの屍のようだ。
「サノス!」
「えっ! はい? 何ですか師匠?」
「店番を頼めるか? 出掛けてくる」
「えっ? はい⋯ どちらへ?」
「ギルドでヘルヤさんに伝令を出してくる」
「ヘルヤさんに伝令? そうだ、師匠、ヘルヤさんの話を聞きました?」
「ヘルヤさんの話? 何かあったのか?」
「母から聞いたんですけど、昨日、食堂にヘルヤさんが来たんですって」
「ああ、その話か。聞いたぞ」
「え~。もう聞いてるんですかぁ~」
「とにかく、ギルドに行ってくる。昼には戻る予定だ。日が暮れたら店は閉めていいからな」
「わかりました。店番してます」
そう言ったサノスは、再び『魔法円』を見比べる人になった。
◆
店から冒険者ギルドへと向かう街並みは、昨日と違う感じがする。
昨日は夕暮れ前、そして今日は昼前だ。
そんな日差しの角度の違いだけでなく、活動している人々の様子が違うのだ。
庭の手入れをしている人々を多々見かける。
雑草をむしっている奥様、植木の剪定をするご老人など、南中(なんちゅう)前に庭の手入れを済ませるだろう方々を見かける。
そう言えば、店舗兼自宅の裏庭はどうなったのだろうか?
サノスが店番を始め、ハーブティーの種を作り始めた頃に何やらやっていたようだが、雑草だらけになっていなければ良いか(笑
そんな街並みを眺めながら裏庭に想いを馳せ、冒険者ギルドに向けて歩いて行けば、歩道にテントを張り出す店舗が増えてきた。
もうまもなく冒険者ギルドだと道順を考えていると、数名の人集りに行く道を塞がれた。
人集りの隙間から中を覗けば、白い衣装の女性と、黒いロングドレスの女性、それに腹の突き出た男が揉めている感じだ。
白い衣装の女性は⋯ 教会の関係者、たぶんシスターだな。
黒のロングドレスの女性は⋯ 南町の店で見かけたことがある。
腹の突き出た男は⋯ こいつには関わりたくないな。
慌てて店の看板を見て、ここが『魔道具屋』と気が付き、俺は騒ぎを無視して目的の冒険者ギルドに向かうことにした。
このまま揉め事の野次馬をしていると、あの腹の突き出た魔道具屋の主に要らぬことで絡まれる気がする。
それにギルマスからの忠告も思い出した。
〉魔道具屋は大人しいですか?
〉暫くは関わりを持たれぬよう
〉心の隅にでも置いておいてください
コンラッドの話では子爵絡みと言っていた。
ギルマスはストークス子爵家の三男だ。
そのギルマスが魔道具屋と関わるなと口にしたことからすれば、子爵絡みと考えるのは当然だな。
俺は野次馬から3歩ほど下がり、路の反対側へ渡ろうとした時に、男の大きな声が聞こえた。
「二度と来るな! お前らが来ると客が逃げるんだよ!」
「あんた! シスターに大声で怒鳴ってもツケは消えないよ! とっと払いな!」
「だから何度も言わせるな! お前らに払う金は無いんだよ!」
あぁ⋯ 店の主人が金がないとか大声で言っちゃったよ。
野次馬に聞かれたら、お前の店に来る客が更に減ると思うぞ。
俺は道を渡り、揉め事の反対側の歩道に片足を掛けた時に、こちら側にも人集りが出来ていることに気が付いた。
その人集りの最前列に立つ小柄だが体格の良い赤髪の女性が、俺と入れ替わりに道を渡ろうとしている。
その女性を見て、俺は思わず声をかけた。
「ヘルヤさん?」
「おや、イチノス殿ではないか。ちょうど良い手を貸してくれ。あの魔道具屋の男が許せん。女性に暴言を吐くなど、あるまじき行為だ。成敗してくれる!」
「ヘルヤさん、お一人でお願いします。私は行きませんよ」
ヘルヤさんが俺の腕をつかみ、今渡った向こう側に俺を連れて行こうとするが、俺はハッキリと断った。
「イチノス殿、今、何と言った?」
「『私は行きません』と言いましたが?」
俺の腕を掴んだまま、ヘルヤさんが止まってくれた。道の真ん中で。
「しかし、義を見てせざるは⋯」
「それを無謀とも言います。まずは手を離してください」
「あ、これは、すまん」
ヘルヤさんが慌てて俺の腕を離してくれた。
ピィーッピィーッピィーッ
その時、街兵士の警笛が鳴り響いた。
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