4-8 婆さんに勘違いされてるよね?


 街兵士が警笛を鳴らしながら、二人一組で走ってくる。

 冒険者ギルドの方から5組で10人。

 反対側からも5組で10人。

 計20人の街兵士が通りの向こうの揉め事を、あっという間に取り囲んだ。


ピィーッピィーッピィーッ


 再び街兵士の警笛が鳴り響くと、街兵士が5人ほどで先導する、武骨な馬車が野次馬を掻き分けてやって来た。


 荷台に檻のような物が乗せられた馬車。

 この馬車は囚人馬車だ。

 王国では、犯罪者を捕らえた時に半分見せしめの意味でこの檻に入れられて、野次馬の目に晒されて運ばれて行く。

 これが直ぐに来ると言うことは、あらかじめ準備していたのか?

 しかもかなりの人数の街兵士が参加している。

 これは周到に準備された捕り物なのか?


 俺はざわつく野次馬に埋もれそうになるヘルヤさんの腕を掴み、野次馬の群れから引き離して説明をする。


「ヘルヤさん、誤解しないで欲しい。あなたをあいつに関わらせたくなかったのです」

「し、しかし、あやつは」


「ヘルヤさんはギルマスから聞いていないのですか?」

「ギルマス⋯ ベンジャミン殿か?」


「そうです。俺はギルマスから『魔道具屋に関わるなと』言われています」

「⋯⋯」


「ヘルヤさん。それでも関わると言うなら、俺はギルマスの紹介を断るかもしれませんよ」

「な、なんと! イチノス殿はそこまで言うのか!」


 ヘルヤさん。声が大きいです。

 ほら、野次馬がこっちを見始めてますよ。


 ヘルヤさんの大声に気が付き、こちらに目をやった野次馬達の中に、ひときわニヤリとする顔を見つけた。

 大衆食堂の給仕頭の婆さんだ。

 まったくあの婆さんは⋯ 何かあると必ずと言ってよいほど、野次馬に来ている気がするぞ。


「ヘルヤさん、ほら見られてますよ」


 俺が給仕頭の婆さんに顔を向けると、婆さんがニヤニヤしながら近寄ってきた。


「イチノス。どうしたんじゃ? 女連れか?(ニヤリ」

「おお、昨日の店の婆さんではないか、昨日は店を騒がせてすまんかった」


 婆さんがニヤニヤした顔で意味不明なことを言いながら話しかけてくると、ヘルヤさんが婆さんに気が付いた。

 一瞬、婆さんが悩んだ顔を見せてきた。


 それもそうだろう。

 今日のヘルヤさんは装いが昨日とは全く違うのだ。

 昨日のようなドワーフとわかる装いではない。

 あの薔薇の彫金が施された軽鎧を脱ぎ捨て、八分丈のシャツにノースリーブのワンピースを合せている。

 髪も三つ編みのお下げを解き、ざっくりとした感じで赤髪を後ろに広げているのだが、その赤髪がかなり印象的だ。

 そんな感じで、いかにもこのリアルデイルの街に居そうな街娘の装いなのだ。


「ありゃ? 昨日の? え~と⋯」

「ハハハ 名は忘れたか? ヘルヤだ」


「ヘルヤ? 本当にヘルヤさんか? こりゃ見違えたねぇ~」


 そう言った婆さんは、ヘルヤさんを爪先から頭のてっぺんまで見たかと思うと、今度はヘルヤさんの後ろに回って見るほどだ。


「そうジロジロ見んでくれ。恥ずかしいじゃないか(笑」

「どうしたんだ今日は? 昨日とは格好が全く違うぞ? ありゃ? さっきイチノスと手を繋いどったが⋯ そうかそうか」


 婆さん。勘違いしてるぞ。

 何が『そうか』なんだ?


 婆さんが何を勘違いしているかはともかく、今は偶然でも会う事ができたヘルヤさんの依頼の話を決めてしまいたい。


「婆さん、暫く見てくのか?」

「そうだね。ほら、魔道具屋が連れて行かれるぞ」


 婆さんの言葉に振り返れば、腹の突き出た魔道具屋の主(あるじ)が、街兵士二人に腕を掴まれて連行されて行くところだった。


 あれ?

 魔道具屋の主(あるじ)を連行する若い街兵士は見覚えがあるぞ?


「俺はなにもしてねぇぞ! どうして俺を捕まえるんだ! あの女の方が金をせびってるんだ!」


 見覚えのある若い街兵士に連行される魔道具屋の主(あるじ)が暴言を吐いた。


 まったく往生際が悪い奴だ。

 確かに教会のシスターは寄付を求めに来たのだろうが、金をせびってるわけではない。

 教会が求めるのは、あくまでも寄付だ。

 それに南町の店の女は⋯ お前のツケを請求に来たんだろ?

 お前が飲み食いした代金を請求に来たのだろう。

 ならばお前に支払う義務があるだろう。


 魔道具屋の主(あるじ)は若い街兵士に連行されながら、更にとんでもない暴言を口にした。


「あの白い奴も黒い奴も金が欲しいだけの売女(ばいた)だ!」


 その言葉が出た途端に、白い衣装のシスターが耳を塞ぎしゃがみ込んだのが見えた。

 そして再び俺の腕をヘルヤさんがガシッと掴まえて引っ張ってきた。


「やはり奴は許せん! イチノス殿! 行くぞ!」

「ダメだ! ヘルヤさん。あなたは女性の方、シスターの方へ。奴は俺が黙らせる」


「えっ? イチノス殿!」


 俺はヘルヤさんの腕を振りほどき、ヘルヤさんの声を無視して、連行されて行く魔道具屋の主(あるじ)に歩み寄った。


 魔道具屋の主(あるじ)を連行する見覚えのある若い街兵士とは、ヘルヤさんの彫金をジロジロ見ていた若い街兵士だ。


 俺は連行されようとする魔道具屋の主(あるじ)を無視して、若い街兵士に声をかける。


「よう!」

「ありゃイチノス殿」

「イ、イチノス! き、貴様! 何をしに来た!」


 両腕を掴まれ連行される魔道具屋の主(あるじ)が俺を見て叫んできた。

 だが、俺はこいつを無視する。


「昨日は夜勤明けだったろ? それで今日は捕り物か? お務めご苦労様」

「はい! お褒めのお言葉、ありがとうございます」

「イチノス! お、俺を笑いに来たのか!」


 やはり魔道具屋の主(あるじ)が煩いが無視だ。

 もう一人の若い街兵士を見れば、彼の顔にも記憶がある。

 確か若い街兵士と共に夜勤をしてた彼じゃないか?


「あれ? 君も夜に会ったよね? お務めご苦労様です」

「はい! イチノス殿、ありがとうございます」

「グググ」


 魔道具屋の主(あるじ)が唸り始めた。

 それでも俺は奴を無視して若い街兵士二人に声を掛け続ける。


「君たちのように勤勉な街兵士のお陰で、ここに居る皆が安心して暮らせる。これからも騒ぎを起こす連中は任せるよ。本当にありがとう」


 俺は野次馬の皆々に手を回し、少し大袈裟な言い方で街兵士の行動を称えた。


「「あ、ありがとうございます」」

「がぁ! 離せぇ!」


 若い街兵士が王国式の敬礼をしようとするが、魔道具屋の主(あるじ)が暴れて敬礼が出来ない。


「こら、大人しくしろ!」

「いい加減にしないか!」

「離せぇー!」


「じゃあ、頑張ってね」


 俺が若い街兵士に声を掛けると、魔道具屋の主(あるじ)が怖い言葉を吐いてきた。


「イチノス! 貴様は許さん! 貴様を殺してやる! 絶対に殺してやる!」


 その言葉を聞いても、俺は魔道具屋の主(あるじ)の無視を続けた。

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