11-3 時間があるなら急ぐ必要は無いぞ


 朝の御茶を終わらせると、早々にサノスとロザンナが御茶に使った洗い物を台所へと運んで行った。

 二人はそのまま台所で洗い物を始めている。


 一方、作業場に残った俺は棚から作業中の箱を取り出し、新たな魔法円について書き記したメモ書きを読み直して行く。

 新たな魔法円についての機能や、想定した使い方、書き殴られた考えうる懸念点を読み返して行く。


 うん、これなら良いだろう。

 早速、試作版を作りたいのだが、店にはサノスとロザンナが居るんだよな。

 正直に言って、例え弟子のサノスであろうとも試作版であろうとも、俺は他者が居る場所では『魔法円』を描かない。

 今日のウィリアム叔父さんとの会合が終わって店に戻る頃には、サノスとロザンナは帰っているだろうから、その時にでも試作版を描こう。


 そんなことを考えていると、サノスとロザンナが台所から戻ってきた。


 サノスが真っ直ぐに自分の棚へ向かい、薄紙で包まれた『湯出しの魔法円』を取り出しロザンナへ渡す。

 渡されたロザンナは作業机のサノスの席の前に魔法円を置き、続けてサノスは作業中の箱を手に席に着いた。

 隣に座ったロザンナへ模写の仕方と言うか型紙の作り方の説明をサノスが始める。


「これはね型紙を作ってる最中なの」

「型紙ですか?」


「そう、型紙を作っておけば何枚も『魔法円』が描けるようになるの」

「へぇ~ そうやって『魔法円』って描いて行くんですね」


 ロザンナが薄紙で包まれた『湯出しの魔法円』を覗き込むようにマジマジと見ている。

 何かに気付いたのか指差した。


「サノス先輩、ここが描かれてないのは?」

「あぁ、描き漏れだね。そうしたのを見つけるたにこれを使うの」


 サノスが先程の赤い糸玉と糸切鋏(いときりばさみ)、それに洗濯バサミをカバンから取り出す。

 糸を伸ばして『魔法円』の横幅を計るかのように赤い糸を渡すと糸切鋏(いときりばさみ)で切り出した。


「ロザンナ、手伝ってくれる?」

「えぇ? いいんですか?」


「糸を切るだけだから⋯」


 サノスがそう言いながら俺を見てくると、ロザンナも同じように俺を見てくる。

 これは俺に同意を求めてるのだろう。


「ロザンナが良ければ、そのぐらいなら手伝っても良いぞ」

「師匠の了解も出たから。ロザンナ、同じ長さのをもう2本お願いします」


 俺の返事とサノスの返事が出た途端にロザンナが赤い糸玉と糸切鋏(いときりばさみ)に手を伸ばす。

 先程、サノスが切り出した糸と同じ長さのものをロザンナが作って行く。

 ロザンナが糸を切り出し終えると、サノスがその糸を薄紙で包まれた『魔法円』に渡して洗濯バサミで止めて行く。

 その様子を糸を切り出し終えたロザンナが興味深そうに見続けている。


 3本の赤い糸を横に渡して洗濯バサミで止め終えたサノスが、今度は赤い糸玉から出した糸を『魔法円』に縦に渡した。


「なるど、これでマス目を作ってマス目毎に確認して行くんですね」

「そう、さすがはロザンナ」」


 ロザンナがサノスのやっていることに納得が行ったのか、先程と同じように糸を切り出し始めた。

 サノスはロザンナが切り出した糸を洗濯バサミで止めて行く。

 結果的に薄紙で包まれた『魔法円』は洗濯バサミだらけになった。


 ククク 昨日、俺が教えたことを、サノスが早々にロザンナへ教えているな。


 サノスは16分割を選んだか。

 そういえば魔法学校時代に隣の席で一緒にやったあいつは今はどうしてるのかな⋯

 俺は授業での教えのとおりに9分割で分割枠を作ったが、あいつは今のサノスと同じ様に16分割で作ってたな。

 確かあいつは王都東のサルタン公爵領に住む、ゴリゴリの魔導師の娘だったよな⋯


「師匠、ロザンナもやって良いですか?」


 俺が魔法学校時代を懐かしんでいると、サノスが問い掛けてきた。


「ん? ロザンナもって⋯ 型紙作りをか?」

「はい。イチノスさん、やってみたいです」


 ロザンナがキラキラと目を光らせてくる。

 よほどサノスの真似をしてみたいのだろう。


「そうだな⋯ 型紙を作るぐらいなら良いぞ」

「イチノスさん、ありがとうございます」

「よし、ロザンナやろう。どうする? 何からやる?」


「サノス先輩が最初に描いた『魔法円』は何だったんです?」

「私は『水出しの魔法円』ね」


「なら、私もそれでやりたいです」


 そこまで会話した二人が俺を見てきた。


「『水出しの魔法円』なら店の棚にあるな。あれをお手本にするのが良いかもな」


 俺の答えを聞いた途端にサノスとロザンナが椅子から飛び降りて店舗へ向かった。


 しばらくして、サノスとロザンナが『水出しの魔法円』を持ってきた。

 二人で運ぶような物ではないので、正確にはロザンナが両手に持って運んでいる。


 ロザンナが店舗から持ってきた『水出しの魔法円』を作業机に置き、サノスは棚から薄紙を入れた筒を取り出す。

 ロザンナは直ぐに台所へ行き布巾を持ってきた。


「じゃあロザンナ、まずは『魔法円』をきれいにして」

「はい」


 ロザンナが持ってきた布巾で『水出しの魔法円』を丁寧に拭き上げて行く。

 サノスはその横で自分のカバンから洗濯バサミを何個か取り出し、最後に霧吹きを取り出した。


「サノス先輩、このぐらいで良いですか?」

「うん、十分よ。次は薄紙で『魔法円』を包んで」


「はい」


 ロザンナがサノスから渡された筒から薄紙を取り出し包むために『魔法円』へ乗せた。

 一方のサノスは、ロザンナが使い終わった布巾とカバンから取り出した霧吹きを手に、台所へと向かおうとした。


「サノス、ロザンナ、ちょっと待て」


 俺の言葉に二人がピタリと動きを止める。


「何ですか、師匠?」

「何ですか、イチノスさん?」


「サノスが布巾を台所に持って行ったり、霧吹きに水を入れてくるのは後だ」

「「????」」


「ロザンナも包み始めるのは、サノスが机の上を片付けてからだ」

「「????」」


「新しいことを始めるなら、まずは机の上を綺麗に片付けるのが先だ」

「「⋯⋯」」


 二人が見下ろす作業机は広目なのだが『魔法円』を2枚も置くとそれなりに場所を取っている。


「二人に注意を与える。ロザンナが居ることでサノスは準備に専念できるかもしれない。だが、その準備をする経験をロザンナから奪っていると思わないか?」

「えっ?!」

「あっ?!」


 二人が互いに顔を見会わせた。

 だが、サノスが反論してきた。


「でも、私が準備をしてロザンナが作業した方が早く終わりますよ?」

「そうだな、早く終わらせるならそれもありだが⋯」


 そこまで言って、俺は言葉を続ける。


「作業を早く済ませるのが目的ならば、サノスが準備をしてロザンナが作業をする流れもあるだろう」

「うんうん」

「⋯⋯」


「逆もありだな。ロザンナが準備をしてサノスが作業をする方法もあるだろう」

「うんうん」

「⋯⋯」


「けれども早く終わらせる必要があるのか?」

「えっ?」

「??」


「薄紙で『魔法円』を包み霧を吹く。そこまでは早く終わるがその先を考えてみろ」

「うっ!」

「??」


「どうせ薄紙が乾いてピンと張らないと、次の行程へは進めないんだ。薄紙が乾くのはいつだ?」

「あ、明日の⋯ 朝だと⋯」

「あぁ⋯」


 そこまで言ったサノスは考え始め、ロザンナは何となく気が付いた返事をする。


「今のロザンナには時間があるんだ。勿論、サノスにも時間がある。時間があるのなら、着実に1つずつをロザンナがやって行くのを見守ろう」

「は、はい⋯」


「そうとなれば、まずサノスは自分の作業を片付けて机を広く使えるようにしろ。ロザンナが狭い場所で作業するより、広い場所で作業できるようにサノスが手助けするんだ」

「はい! 片づけます!」


 素直な返事と共にサノスが片付けを始めた。

 ロザンナは『魔法円』に薄紙を乗せた状態で手に持ち、サノスの片付けの邪魔にならないように席を立った。


「ロザンナ、それで正しいぞ。俺の店では自分で広げたものは自分で片付けるんだ」

「は、はい!」


「今のロザンナは手が塞がっているが、手が空いていたらサノスを手伝えば良い」

「はい!」


 ロザンナが両手で『魔法円』を持ちながら元気に答えた。

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