11-2 俺の店で働く上で大切な話


「ロザンナ、良い感じだな」

「うん。ロザンナ、美味しいよ」

「へへへ、この割合で御茶を淹れれば良いんですね」


 朝の一杯目の御茶は、携帯用の『魔法円』を使ってロザンナが淹れてくれた。

 その御茶の味わいに俺もサノスも良い味だと褒めれば、ロザンナは嬉しそうな顔だ。


 それにしても俺の隣に置かれた手付かずの御茶は何なのだろう?

 

 俺は不思議に思っていた。

 最初は昨日の昼過ぎに使ったティーセットを、サノスがそのまま持ってきたのだろうぐらいにしか考えていなかった。

 準備されたティーカップは4つある。

 俺、サノス、ロザンナで必要なティーカップは3つだ。

 4つのティーカップは不要だろう。

 この御茶の意味が俺にはわからないのだ。


「それにしても降りてこないですね⋯」


 サノスがポツリと呟く。


 降りてくる?

 もしかしてロザンナが淹れた4杯目の手付かずの御茶は⋯

 死者の霊か何かが『降りてくる』というホラーな話なのか?!


「ん? 何が降りてくるんだ?」

「ヘルヤさんはまだ寝てるんですか?」


 グブッ 俺は噴き出しそうになった御茶を慌てて飲み込んだ。


「師匠、ヘルヤさんは2階にいないんですか?」

「⋯⋯」


 2階にヘルヤさんが居るのが当然だと言わんばかりのサノス。

 一方のロザンナは黙ってはいるが、興味深そうな顔で俺を見ている。


「サノス、もしかしてオリビアさんに言われたのか?」

「はい。朝、食堂へロザンナと一緒に行ったら言われました」

「⋯⋯」


 俺の問い掛けにサノスはにこやかに答え、ロザンナは黙って下を向く。


『サノス、イチノスさんを起こしちゃダメよ。ヘルヤさんが居るかも知れないからね♪︎』


 サノス、それはオリビアさんの物真似だな。


「オリビアさんに言われたんだな?」

「昨日の夜、師匠はヘルヤさんを送って行ったんですよね? もしかしてヘルヤさんが居るかもって、さっきまでロザンナと話してたんです」

「⋯!」


 サノスの言葉で、ロザンナが慌ててサノスを見つめる。

 私を巻き込まないでと言いたげな顔だな(笑


「ロザンナ、先輩は選んだ方が良いぞ」

「は、はい! 選びたいです!」


 俺の声に反応してロザンナが慌てて答えた。


「えっ? 待ってロザンナ! どういうこと?!」


 サノスが慌ててロザンナへ詰め寄る。


「い、いや、違います! サノス先輩、落ち着いてください」


 ロザンナ、目が泳いでるぞ。

 その顔は必死に言い訳を考えてる顔だぞ(笑


 俺は二人をからかうのをやめ、俺の誘導でうっかり返事をしてしまったロザンナへ助け船を出す。


「サノス、それにロザンナ。二人は昼からギルドへ行くのか?」

「えっ? いや、今日は行かないです」

「えぇ、今日はギルドは無しです」


「ポーション作りで煮出しに行かないのか?」

「今日はエドとマルコが昼から煮出すんです」

「うんうん」


 なるほど、あの二人が煮出すのか。

 まあ、サノスの描いた『湯沸かしの魔法円』を使うだけなら、あの二人でも大丈夫だろう。


「サノス、鍋は何個になったんだ?」

「全部で2個です」


「仕上げは教会長とシスターか?」

「教会長は用事があるのでシスターだけです。今日は初等教室があるので、夕方から仕上げをするそうです」


「じゃあ⋯ 二人とも今日一日、店で過ごすのか?」

「「はい、その予定です」」


 うん、お前ら仲良くハモってるぞ(笑


「宜しい。俺は昼から出掛けるから、二人とも変な事を考えずに仲良く過ごすんだぞ」

「はい、変なことは考えません!」

「はい、仲良くします!」


 さて、二人とも変な考えは捨てたようだ。


 そろそろロザンナに、俺の店で働く上での大切な話しをしよう。


「ロザンナ、さっきも話したが俺の店で働く上での大切な話をして良いかな?」

「はい。何でしょう? イチノスさん?」


 俺の言葉でロザンナが椅子に座り直した。

 サノスもそれに習って椅子に座り直す。


「これは、サノスにも約束してもらっていることなので、ロザンナにも約束して欲しい」

(あ~ うんうん)

「⋯⋯」


 俺の言葉にサノスが何の話しか気付いたようだ。

 一方のロザンナは初めて聞く話だからか俺の次の言葉を待っている。


「約束というのは、この店で見知った事は口外禁止にする約束だ」

「⋯⋯」

「うんうん」


 ロザンナは黙して、サノスが頷いてくる。


 この『約束』はサノスが俺の店で働く際にも伝えたことだ。

 サノスはそれなりに理解しているようだが、明日から働くロザンナにも約束してもらう必要がある。


「魔導師の店で働くと、その魔導師の技術や知識に触れることがある。わかるかな?」

「はい、何となくですがわかります⋯」

(ウンウン)


「それを他の誰か、例えば俺の商売敵へロザンナが話してしまうと、俺の技術や知識が盗られてしまうだろ?」

「コクコク」

(ウンウン)


 ロザンナが頷き、サノスは黙して頷いている。


 続きを話そうとすると、ロザンナが口を開いた。


「イチノスさん、その話ですが祖母にも言われました」

「ん? 何と言われたんだ?」


『イチノスさんの所で学んだことは、他の誰にも喋らないこと』


 ロザンナ、それはローズマリー先生の物真似だな。


『特にポーション作りでイチノスさんの店で学んだことは、たとえ私でも話しちゃダメよ』


 ローズマリー先生、なかなかの言葉をロザンナに言いましたね。

 祖母であるローズマリー先生から言われたなら、ロザンナはそうそう誰かに喋ったりはしないだろう。


「そこまでローズマリー先生から言われたのか」

「ローズマリー⋯ 先生?」


「おっとすまん。ついつい、魔法学校時代の癖が出てしまった(笑」

(師匠⋯)


 ん? 何かを言いたげな感じでサノスが小声で呟いた。


「サノス、どうした?」

「師匠、私が『魔法円』の書き方をロザンナに教えるのはどうなんですか?」


「う~ん 今の模写してるやつだよな?」

「そうです。型紙の作り方とか⋯」


 そこまで言ってサノスが自分のカバンを漁り始めた。

 そして赤い糸玉を出してきた。


「師匠が昨日話してた『枠』とかもですか?」


 俺はサノスの問いには答えず、敢えて腕を組んで目を瞑る。

 悩んでいる姿、もしくは難しい話をこれからするぞと、二人に理解させるためのポーズだ。


 そしてゆっくりと目を開き、二人を見つめて、これまたゆっくりと話す。


「サノス、それにロザンナ。まずは落ち着いて聞いて欲しい」


 俺がそう口にすると二人が背筋を伸ばして、再び椅子に座り直した。


「まずはロザンナからだ」

「はい、お願いします」


「先程も伝えたが俺の店で学んだことは『サノス以外の』誰にも話さないと約束できるかな?」

「はい、約束します」

「えっ? 私以外?」


 ロザンナが即座にハッキリと返事をしてきた。

 サノスは『私以外』と言ったままで固まっている。


「次にサノスだ」

「は、はい、何でしょう」


「改めて問う。俺の店で学んだことを『ロザンナ以外』の者に話さないと約束できるか?」

「は、はい。ロザンナ以外には喋りません!」


 どうやらサノスも理解したようだ。


 サノスとロザンナは互いに顔を見合せ二人で喜んでいる。

 そんな二人に俺は言葉を続ける。


「互いに話し合うのは良いが、それはこの店の中だけだ。店の外で話すと誰かに聞かれるかも知れんからな」


「はい、約束します!」

「店の外では話しません!」


 二人は嬉しそうな顔で返事をした。

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