王国歴622年5月23日(月)

11-1 朝から弟子に叱られました


 人の話し声で目が覚めた。

 この話し声は階下の店先からだろう。


 時計を見れば9時になろうとしている。

 窓からの朝日は感じられない。

 既に9時になっているからか、それとも相変わらず天気が悪いからだろうか。


 今朝はサノスは起こしに来なかったんだなと思いながら、昨夜の襲撃の後始末を思い出す。


 俺の放った魔法により沸騰した霧雨を味わった襲撃犯の3人は、顔から喉から目や鼻の粘膜まで、軽い火傷を追った状態だった。

 そんな3人は複数人の街兵士により捕獲された。


 襲撃犯の捕獲に際しては、数の怖さというものを久し振りに見た気がする。

 襲撃犯一人一人に、二人から三人の街兵士で取り押さえる様子、その際に街兵士達が振り下ろす警棒でタコ殴りとなって行く様子は、若干の怖ささえ感じてしまった程だ。


 その後、即時に手配された囚人馬車と共に『班長』と呼ばれる年配の街兵士が到着した。

 そこからの事情聴取が無駄に長かった。


 もっとも俺も迂闊だった。

 霧雨の中、店先での事情聴取を嫌った俺は、チラチラと店を見る班長と呼ばれた年配の街兵士からの視線に負けて、店内へ招き入れてしまったのが敗因だった。


 だって、西町幹部駐兵署での事情聴取を提案してくるんだぞ。

 あの後に西町幹部駐兵署へ行くよりは、俺の店での事情聴取を選ぶよな?


 その無駄に長い事情聴取も、若い街兵士の『班長、設営完了しました』の声で終わった。

 班長と呼ばれた年配の街兵士を見送る際に、店の外に簡易テントが張られてるのを見た時には、驚きよりも諦めを抱いた。


「イチノス殿、申し訳ありませんが立番を立たせます」

「そこまでするの?」


「イル副長からの命令です。どうかご理解を願います」


 イルデパンの名を出され、俺は見事に折れた。

 昨夜の俺はイロエロと折れてるな⋯

 唯一折れなかったのは雨傘の骨ぐらいか(笑


 半ば諦めて2階の寝室へ向かったのだが、久しぶりの真剣との立ち会いからか、気が昂ってしまい変に目が冴えた状態だった。

 それでも眠りに就こうとダンジョウが持ってきた『はじめての茶道』を読み始めた。

 この本には『癒し』の効果でもあるのか、以前に読んだ時にも寝落ちした記憶がある。


 しばらく読んでいると眠気が訪れ始めたのだが、今度は店先から聞こえるボソボソとした会話が耳障りになってきた。


 その話し声は、店先に張られた簡易テントに立つ、立番の街兵士達の会話だった。

 それでも何とか眠りに就けたのは、深夜の12時を過ぎていたと思う。


 とにかく、いつもの時間にサノスが起こしに来ないのはありがたいな⋯

 うん⋯ もう少し寝よう⋯


(カランコロン)


 そんな事を考えていると店の出入口に着けた鐘が鳴った気がした。

 続いて階下でドタドタと足音がする。


 まもなくサノスの俺を起こす声がするのか⋯

 今日の俺は昼からの用事しかないから、もう少し寝かせてもらおう⋯


 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯


 ダメだ、無性にお手洗いへ行きたい。

 結局、溜まった尿意に負けて俺は体を起こすことにした。


 階下へ行き急ぎ用を済ませる。

 お手洗いから出ると、作業場からヒソヒソと話し声が聞こえる。


(サノス先輩⋯ 足音が⋯)

(師匠、起きたのかな?)


 サノスの声と一緒に聞こえる声には聞き覚えがあるな⋯ ロザンナか?


 俺はもう一度2階へ上がり、着替えを済ませて作業場へ向かった。


「おはよう」

「師匠、おはようございます!」

「イチノスさん、おはようございます」


 やはりロザンナが来ていた。


 ロザンナが席を立ち、改めてペコリと頭を下げてきた。


「イチノスさん、昨日はありがとうございました」

「こちらこそ、変な結論になってすまなかったな」


「それで、今日は祖母から火曜日でといわれましたが⋯「師匠、私が無理に誘いました!」」


 サノスも席を立ち、ロザンナとの会話に被せながら頭を下げてくる。

 まあ、あの後でローズマリー先生がロザンナへ伝えて、サノスが今日からとか言い出したんだろう。


「ロザンナ、明日から来る気だったんだろ?」

「はい、ご迷惑でなければお願いします」


 再びロザンナが頭を下げる。


「店で働いてもらう前の大切な話しもあるからちょうど良かったよ。とにかく店の雰囲気だけでも馴れてくれるかな?」


 俺が出来るだけ優しく声を掛けた途端に、ロザンナとサノスの顔が明るくなった。


「イチノスさん、ありがとうございます」

「師匠、ありがとうございます」


 今度は二人が揃って頭を下げてきた。


「師匠、御茶を淹れますね」

「そうだな、頼めるか?」


 俺の言葉でサノスがロザンナを案内するように台所へ連れて行った。

 俺は自分の席に座ろうとして店の外の様子が気になった。

 街兵士が今でも簡易テントを張って立番をしているのだろうか?


 作業場から店の外に目をやろうとするが、店舗の窓にはブラインドが降りていてよく見えない。

 店の外に出て、立番をしている街兵士を労うことも考えたが、朝から王国式の敬礼をするのはちょっと避けたい気分だ。


 俺は外の様子を見るのを諦めて作業場へと戻ると、サノスとロザンナが御茶を淹れる準備をしていた。


「サノス、外に街兵士はいるのか?」

「はい。二人、立ってますね」

「⋯⋯」


 サノスは単純な返事をするがロザンナは黙している。


 もしかしてロザンナは、店の前に街兵士が立っているのを事前に知っていたのか?

 あの時、班長と呼ばれた街兵士は


〉イル副長の命令


 と言っていた。

 そうなると、俺が襲撃されたのをイルデパンは知ってると考えるのが妥当だろう。

 イルデパンは孫娘のロザンナに、どう話したんだ?


「ロザンナは、街兵士が立ってると聞いていたのか?」

「えぇ、朝、家を出る時に祖父から言われたんです。『イチノスさんの店の前に街兵士が立ってるからね』って⋯」

「それでロザンナは驚か無かったんだね。私はビックリしたよ~」


「えぇ、家を出る間際に言われて何だろうって思ったけど、サノス先輩との待ち合わせに遅れそうだったから⋯」

「私はロザンナが働けることになったからだと思ってたよ~ ロザンナ、気にしないで。私が勘違いしただけだから」


「まあ、サノスのいうとおりだ。それよりロザンナは店に来ることには反対されなかったんだな?」

「むしろ祖父から『これで安全だからね』と言われました」


 まあ、確かに安全だな。

 可愛い孫が行く場所に、部下の街兵士が立番をしているんだ、この上なく安全と言えるだろう。

 とは言え、若干、イルデパンが公私混同で部下の街兵士を使っている気もするが⋯


「うんうん、それでロザンナは街兵士が立ってても驚かなかったんだね」

「サノス先輩、本当にすいません。前もって言わなくて⋯」


「ロザンナ、本当に気にしないで。むしろ私はロザンナが店で働くから、イルさんが手配したと思ってたんだ(笑」


 ん? サノスは今なんと言った?


〉イルさんが手配した


 と言ったよな?


 もしかして、サノスはロザンナの祖父のイル・デ・パンが西町街兵士の副長だと知っているのか?


「サノス、ちょっと聞いて良いか?」

「何ですか?」


「サノスは、ロザンナの祖父を知ってるのか?」

「イルさんですよね? 西町街兵士副長の?」


 そうか⋯

 サノスはロザンナと教会の初等教室で先輩後輩の仲だったよな。

 知っていて当たり前か⋯


 待て待て。

 俺がロザンナの祖父母に会う話は、サノスも知っていたよな?

 サノスはそれを知っていながら、ロザンナの祖父が西町街兵士副長だと俺に言わなかったのか?


「サノス、お前は知ってて俺に言わなかったのか?」

「?? 何をですか?」


「何をって⋯ サノスはロザンナの祖父が西町街兵士副長と知っていて俺に言わなかったのか?」

「?? それって師匠に教えなきゃダメでした?」


「ダメとか言うんじゃなくてだな⋯」

「師匠!」


 いつになくサノスが俺を睨んできた。


「関係無いじゃないですか、ロザンナのお爺ちゃんが西町街兵士副長だろうと!」

「いや、そう言う話じゃ無くてだな⋯」


「だったら何ですか! ロザンナが西町街兵士副長の孫だろうとロザンナはロザンナです!」

「は、はい⋯」


「そう言う事に師匠はこだわるんですか?!」


 いえ、拘りません。


 それにしても、どうして俺は朝からサノスに叱られてるんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る