10-13 一つの傘で二人で帰ったら襲われました


「ヘルヤさん、濡れてませんか?」


 う~ん自分で言っておきながら、誰かに聞かれたら勘違いされそうな台詞だと少し反省する(謎

 

「大丈夫だ。それほど濡れておらんぞ」


 ヘルヤさん、それは微妙な返しです(謎


 俺とヘルヤさんは共に大衆食堂を出て、共に一本の傘に入って家路についた。

 今宵の雨は霧雨で、たとえ傘があってもどこかが濡れて行く感じだ。


 俺の方がヘルヤさんより背が高いため、俺が片手で持った傘をヘルヤさんへ翳す形で歩んで行く。


「ヘルヤさんの宿はどこなんですか?」

「あの魔道具屋の先の角を曲がったところだ」


 ヘルヤさんが明るく調整されたガス灯に照らされる主(あるじ)不在の魔道具屋を指差す。

 そういえば魔道具屋の主(あるじ)が捕まった時、ヘルヤさんはこの付近に居たな。


 魔道具屋の前には簡易テントが張られ、そのテントの中で二人の立番の街兵士が立っていた。

 その二人が俺とヘルヤさんに気が付いたのかこちらを見てくる。


 ヘルヤさんと共に魔道具屋の前に差しかかると、簡易テントの中の街兵士二人が揃って王国式の敬礼を出してきた。


「「イチノス殿、ご苦労様です!」」


 その敬礼に俺とヘルヤさんは共に足を止める。

 俺は片手で傘を持ったまま王国式の敬礼で応えつつ二人の街兵士の顔を見る。

 二人ともイルデパンとギルドへ向かった時に敬礼を交わしたのとは違う街兵士だ。

 多分、交代したのだろう。


「立番、ご苦労様です。皆のお陰で街の人々が安心して暮らせます」

「「はっ! ありがとうございます!」」


 俺が王国式の敬礼を解くと、二人の街兵士も解いてきた。


「じゃあ、頑張ってね」

「あの、イチノス殿、護衛は⋯」


 俺の言葉で、若干、頬を緩めた街兵士が言葉も緩めてきた。


「邪魔になりますね。失礼しました(ニヤリ」


 ハイハイ。

 お前らまで『ニヤリ』なんだな⋯


 俺は軽く片手を上げつつ、珍しい物を見る目のヘルヤさんを促す。

 それにヘルヤさんが気付いて、宿屋へ向かうように足を進めてくれた。

 角を曲がりしばらく進むと、ヘルヤさんがポツリと呟いた。


「イチノス殿は⋯ 貴族の出だよな?」

「そうですね。それがどうかしましたか?」


「いや、ああした労いの言葉を貴族が街兵士へ口にするのは始めて聞いたのだ」

「ククク 私は継承権を放棄しています。ですが貴族の義務だけが残ってる感じですね(笑」


「ハハハ 難しい身分だな(笑」

「ククク そうなりますね(笑」


 そんな言葉を交わしているとヘルヤさんが前の通りを指差した。


「私が泊まってるのは、その通りを曲がったところだ」


 ヘルヤさんの指さす角を曲がると、ガス灯に照らされた宿屋の看板が見える。


『宿屋 リア・ル・デイル』


 あぁ、この宿屋なのか。

 大衆食堂で誰かからこの宿屋の評判を聞いたことがある。

 それなりの設備を整え、価格もそれほど高くない宿屋で、お勧めだと聞いたことのある宿屋だ。


「そうだ、イチノス殿。ウィリアム様からいただいた話を是非とも聞いてもらいたいのだ。私の部屋で一杯呑みながら話さんか?」

「明日は用事があるのでお断りします(キッパリ」


 ヘルヤさん。

 祝杯を上げ直したい気持ちはわかりますが、怖いことをサラリと言わないでください。

 ただでさえ、先ほどの街兵士に一つの傘に二人で入っているのを見られ、挙げ句に『ニヤリ』とされてるんですよ。


「そうか⋯ なら日を改めて飲みに行こう」

「そうしましょう、それではおやすみなさい」


「イチノス殿、送ってくれて嬉しかったぞ」

「では、また」


 互いに別れの言葉を交わし、ヘルヤさんと宿屋の前で別れ、俺は家路へ戻った。



 ヘルヤさんが泊まっている宿屋と俺の店はそれほど離れていない。

 東西に走る路地で2本、南北に走る路地でも2本程の近い距離だ。

 いつものギルドから戻る道に出て、店が見えて来たところで、店の前に人影が見えた。


 人影は3人。

 ガス灯の薄明かりに目を凝らすと、傘を差していない3人の人影が見え、全員が俺を指さしているように見える。

 すると3人が俺に向かって走り寄って来た。


 走り寄る連中を確認するため、一番近いガス灯の下で俺は足を止めた。


 走り寄る3人の内2人は顔が見える。

 だが、一人は頭まで被った雨合羽のせいで顔が見えない。

 襲撃なら普通は顔を見せないようにするだろと思いながら、記憶を辿るが見覚えの無い顔だ。


 こんな時間に3人か⋯

 少々、物騒な感じがするな。


 俺は手にした傘へ軽く魔素を流してみるとスルスルと流れた。

 どうやらこの傘は、それなりに魔素が通るようだ。

 魔素が通るならば、強化魔法を掛ければ刀剣で切りかかられても2~3回ぐらいなら防げそうだな。


 そう思った途端に顔の見えない男が叫んだ。


「魔導師のイチノスだな!」

「いえ、人違いだと思いますよ」


 俺はサラリと答え、軽く深呼吸して頭に冷静を招き入れる。


 敵は3人だ。

 力業で攻められたら圧倒的に不利だ。

 強化魔法を掛けた傘でどれだけ躱せるかが勝機の鍵だな。


「いや、見るからにハーフエルフだ!」

「よく間違えられるんです ハハハ」


 何だよ、人種差別な言い方だな。

 だが、その程度の言葉では俺の冷静さは揺るがないぞ(笑


「誤魔化しは効かんぞ! その容姿からして、イチノス・タハ・ケユールと判断した!」


 あらあら、俺の名前を言い切ってしまったよ。


「いえ、人違いです」


「構わん! やれ!」


 顔の見えない男が手を振って合図すると、両脇の男が両手持ちの剣を抜いて構えた。


 俺は胸元の『エルフの魔石』から手にした傘へ魔素を流し、強化魔法を施す。

 頼むぞ相棒、今はお前だけが頼りだ。


 右側の男が先に斬りかかって来た。

 両手持ちの剣を頭上に振りかぶって斬り込んで来た。


 その剣筋に開いた傘を斜めに当てると、傘の骨がしなって剣の軌道を逸らす。

 バリバリと音を立てて傘に貼られた油紙が剥がれて行く。

 軌道を逸らされた剣が『ガンッ』と音を立てて石畳に当たり火花を飛ばす。


 反射的に左側からの斬り込みも躱すため、傘の中棒を両手に持ち、振るように左側からの剣筋に合わせる。


 バリバリと音がして傘の油紙が剥がれた。


 ガンッ


 これまた振り降ろされた剣が石畳に当たる音がして火花が飛ぶ。


 こいつら力任せに両手持ちの剣を振り下ろして斬り込んでいる。

 明らかに訓練された騎士達が使う剣筋では無い。


 俺は追撃を防ぐ為に後ろへ飛び退くように下がり、傘の『ろくろ』に手を掛けながら剥がれた油紙の間から斬り込んできた男達を見る。

 次の斬り込みに備えるため、二人の男達が構え直したのが見えた。


 それに合わせて、合図を出した顔の見えない男が、半歩引いて懐に手を入れた。


 ヤバイ 何か出す気だ!


 ピィーッピィーッピィーッ


 そう思った途端に街兵士の警笛が男達の後ろから鳴り響く。

 その警笛に3人の男達が慌てて後ろを振り返った。


 空かさず俺は傘を捨て両手を男達に向けて開き、胸元の『エルフの魔石』から一気に魔素を絞りだす。


 開いた右手の先、3人の男達周辺の霧雨が沸騰するよう強く念じる。

 俺の右手から男達に向かって白い水蒸気が走る。

 さらに左手で光魔法を放ち周囲を強く照らす。


 俺の出した急な光に反応して、男達が俺に振り向いたのが見えた。


 グッ ガァッ ゴハッ


 男達が白い湯気に包まれた途端に、咳き込むような喉を鳴らす変な音が聞こえる。


 ピィーッピィーッピィーッ


 ダダダッ ドカドカッ


 再び街兵士の警笛が鳴り響き、複数人の走り込んでくる足音が白い水蒸気の向こうで聞こえた。

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