17-2 警備と日当


 街兵士を店に常駐させるというイルデパンの提案は、店の主な客である冒険者や魔石を買いに来る方々には威圧的に感じられるだろう。


 逆に、その威圧感から警備としては十分な気もする。


 そもそも、店に街兵士が居続けるというのは、俺としてはどこか抵抗があるんだよな⋯


 いっそのこと、警備で冒険者を雇うか?

 ヴァスコやアベルのような1年目の冒険者を警備で雇うなら、日当もそれほど⋯


 あれ? 日当で思い出した。

 俺が調査隊で不在の間、サノスとロザンナへ日当を払っていないよな?


 まあ、警備を置くかどうか、日当を払ってるかどうか、二人へ確認しよう。


「サノス、それにロザンナ。これは相談なんだが、店に警備で誰かに来て貰った方が良いか?」


 するとサノスとロザンナがお互いを見合って、二人揃って首を振った。


 最初に口を開いたのはサノスだ。


「私は嫌です。店に誰かが居続けるのは、何か落ち着かないと思うんです。集中して魔法円を描くのに邪魔な感じがして⋯」


「それは私も同じです。お客さんが来るのは仕方がないと思います。けど、警備だけの人が居続けるのはちょっと⋯」


 どうやらサノスもロザンナも、作業場で集中しているのを邪魔されるのが嫌なようだ。


「じゃあ、今までどおりで大丈夫か?」


 俺が二人へ問い掛けると、サノスが答えてきた。


「大丈夫です。師匠が居ない時は用件を聞いておけば良いんですよね? それに店の向かいにはお姉さんや街兵士さんが居るんですよね?」


 サノスは、店の向かい側の角に交番所が出来ることを知ってるんだな。


「二人はあそこに交番所が出来るのは知ってるんだな?」


「お姉さんからもロザンナからも聞きました。来週には出来るんですよね?」


「そうらしいな」


 俺がサノスへ答えると、今度はロザンナが口を開いた。


「さっきのイチノスさんの話だと、来月には落ち着くんですよね?」


「あぁ、今日これから両方のギルドへ行って、商人達には個別に店へ来ないように手を打つよ」


 そこまで告げて、机の上に置かれた公表資料を二人へ向けて話しを続ける。


「それに、相談役の仕事を店では受け付けないことは、商工会ギルドにも冒険者ギルドにも、これから俺が伝えに行く」


「はい」「お願いします」


 二人とも納得したようなのだが、サノスが手を上げてきた。


「師匠、聞いて良いですか?」


「ん? なんだ?」


「これからも師匠は出掛けることが多いんですか?」


 サノスが聞きたいのは、俺がいつ不在になるかだろう。

 俺が店に居るなら俺が対応できるが、不在な時は、それなりに不安もあるだろうな。


 ここ数日で考えれば、ジェイク叔父さんが来ていること、ダンジョンの件でウィリアム叔父さんから呼ばれそうなこと⋯

 それらを考えれば俺が不在の可能性は高いな。


「それなりに出掛けることが多いと思う」


 そこまで言うと、サノスとロザンナが互いに顔を見合った。


 ん?


「イチノスさんが不在でも⋯」

「師匠が不在でも日当は⋯」


 ククク 二人は言い出しずらかったんだな。


 やはり俺は、今回の調査隊で不在の間、二人への日当を払っていなかったようだ。


「そうだ、俺は不在の間の、二人の日当を払っていなかったようだな?(笑」


「「はい!」」


「払うから安心しろ(笑」


 店の売上のカゴを手にして、サノスとロザンナの言うとおりに日当を払って行った。


「俺が不在でも、二人で店を守ってくれたんだ。日当は払うから安心してくれ」


「師匠、ありがとうございます」

「イチノスさん、ありがとうございます」


 いそいそと受け取った日当を二人が自分の財布へとしまうと、サノスが再び手を上げてきた。


「師匠、御茶の葉を買ったんですけど、これも貰えるんですよね?」


「おう、幾らだ?」


「ロザンナ、幾らだっけ?」


 サノスが言うと、ロザンナが領収書を出してきた。


「イチノスさん、本当に良いんですか?」


「ククク ロザンナ、気にするな。茶葉の代金ぐらいなら払うよ(笑」


 領収書を受け取り、書かれている分の額をロザンナへ支払った。

 そこそこの額だが、御茶を楽しむためだから俺は気にしない。


「ロザンナ、これからも茶葉を買ったら領収書は貰って来てくれるか?」


「「はい!」」


 二人の嬉しそうな声を聞きながら、俺は受け取った領収書を、支払い済みの経費を入れる棚の箱へ入れた。


 自席へ座り直し、サノスの淹れてくれた御茶を飲み干したところで、待ち構えたようにサノスが聞いてきた。


「師匠、お土産って何ですか?」


「おう、そうだな。御茶も飲み終わったし約束どおりにお土産だな」


「「うんうん」」


 頷いた二人が、何が出るのだろうかと調査隊へ持っていった荷物(リュック)へ目線が行く。


 俺は再び席から立ち上がり、自分の席へ荷物(リュック)を置いて開けて行く。


「まずはこれだな」


 俺が取り出したのは、西の関で手に入れた干し肉だ。


 結局、昨日までの古代遺跡での調査隊では出番が無かった干し肉だ。

 今回の調査隊の食事では、ほぼ全てをアルフレッドが出してくれた。

 これは、何らかの機会にアルフレッドへお返しする必要があるな。


「こ、これがお土産ですか?」


「⋯⋯」


 サノスは問い掛けてくるが、ロザンナは干し肉を見つめて黙ったままだ。


「西の関のお土産だな。冒険者ギルドで申し込まないと手に入らない品だ。なんでも角ウサギの干し肉らしいぞ(笑」


「「⋯⋯」」


「他にはイモとパンだな」


 そう告げて、大衆食堂でオリビアさんが持たせてくれた、手付かずのイモと残ったパンを取り出した。


 これで机の上に干し肉とパンとイモが並んだ。


「「⋯⋯」」


 黙ったままで俺を見る二人の目が細くなって行く。

 サノスの目を細めた顔は見たことがあるが、ロザンナのこの顔は始めて見た気がする。


 ロザンナ⋯ その顔はかなり怖いぞ。



 サノスとロザンナの視線から逃れるため、調査隊に持っていった荷物(リュック)を抱えて2階へ上がった。


 書斎の取っ手に手をかけて軽く引っ張れば、施錠されていることがわかる。


 魔法鍵へ魔素を注ぎ鍵を解除して書斎へ足を踏み入れれば、俺の書斎であるにもかかわらず、懐かしい気分になってしまった。


 ここ暫く、この書斎へ足を踏み入れていない気がする。


 この書斎が、書斎机の引き出しに入れた『魔鉱石(まこうせき)』の保管場所になっていないか?


 本来、この書斎は、魔法や魔法円を研究するための場所として用意したはずだ。


 このところ、魔法や魔法円の研究も出来ていない。

 何かの調べものや、読み解いていない本を読む時間も作れていない。


 そうした自分自身のやりたいことを出来ていない、そんな今の状況に思いが至る。


 考えてみれば、古代遺跡の調査隊へ参加したのも、新たな魔法や魔法円が得られそうな気がしたからだよな?


 実際に古代遺跡へ行って得られたのは、荷物(リュック)に入れて持ってきた、黒っぽい石とそれを含んだ瓦礫だけ。


 棚から大きめの空き箱を取り出して書斎机の上に置く。


 荷物(リュック)から、黒っぽい石とそれを含んだ瓦礫を取り出して、机の上に置いた箱に入れて眺めてみる。


 朝から今の自分の状況を振り返りそうな気分になり掛けたが、黒っぽい石とそれを含んだ瓦礫を眺めて考えを改めた。


 当面の俺の興味は、これの正体を明らかにすることだ。


 そう心に思って、何とか悩みだしそうな思いを振り切った。


 どうせ黒っぽい石だけを取り出すために、瓦礫を砂化するだろうと調査隊へ持っていった土魔法の魔法円も荷物(リュック)から取り出した。


 書斎を出て魔法鍵を掛け、軽くなった荷物(リュック)を手に寝室へ向かう。


 寝室で荷物(リュック)から洗濯物を取り出し、洗濯物を溜めているカゴへ入れて行く。

 そろそろ洗濯屋が取りに来るはずだから、このカゴをそのまま渡せばよいな。


 そんなことを思いながら、敷物に使った毛布を手に少し迷った。

 迷ったがこれも洗濯屋へ出すことにした。

 もう野営に行くことも無いだろうから、使うことは無いだろう。


 クローゼットの奥に片付けるにしても、一度、洗ってもらう方が良いと判断して、これも洗濯屋へ出すことにした。

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