王国歴622年5月29日(日)

17-1 3人の商人が連行されました

王国歴622年5月29日(日)

・薬草採取解禁(護衛付き)

・調査隊 詳細報告


バタバタ


「師匠! 起きてますかぁ~」


 サノスの声と階段を駆け上がる足音で目が覚めた。


 いや、逆だな。

 サノスが階段を駆け上がって廊下の先から声を掛けたんだな。


 ベッド脇の置時計を見れば8時前だ。


 カーテン越しの外光は既に明るく、しっかりと日が昇っている感じがする。

 今日も天気が良さそうだ。


「師匠! 起きてます~?」


 再びサノスの声がする。


「起きてるぞ~」


 ここで返事をしないと、サノスが寝室をノックして来る可能性がある。


 2階は俺の私的空間(プライベートスペース)なので、サノスには上がることを禁じている。

 それでも、臨機応変なサノスが変な気を利かして、起こしに来る可能性があるのだ。


 着替えを済ませ階下へと降りて行く。

 溜まった尿意を済ませて作業場へ行くと、サノスが御茶を淹れる準備をしていた。


「師匠、おはようございます」


「サノス、おはよう」


 朝の挨拶を済ませて作業場の自席に座ろうとしたが、そこには見馴れぬ物が置かれており、昨日までの事を思い出した。


 古代遺跡の調査隊に持って行った荷物(リュック)を、自席に置いたままなのだ。


「師匠、その荷物、どうすれば良いですか?」


 俺の視線に気が付いたのか、サノスから荷物(リュック)の扱いを催促されてしまった。


「もしかして、私達へのお土産が入ってるとか?(笑」


「ククク あるぞ」


「えっ、お土産があるんですか?」


 目を輝かせてサノスが聞いてきた。


 あれ? そういえばロザンナは?

 今朝は何かあって出勤していないのか?


「ロザンナはどうした?」


「裏庭で骨を撒いてます」


「骨を撒いてる?」


「薬草栽培の肥料です」


 そう言えば、店の裏庭で薬草を栽培する話しをしていたな。


「もう始めたんだ」


「昨日から始めてますよ。夏前に芽が出れば、秋には採取できるって言ってましたよ」


バタン


 台所の方で扉が閉じる音がした。

 ロザンナが肥料撒きを終えて入ってきたのだろう。


「終わったみたいですね。で、お土産って何ですか?」


「待て待て、まずは先に御茶を飲ませてくれ」


 俺はサノスへ答えながら、調査隊で使った荷物(リュック)を来客用の荷物籠に入れて自席へ座った。


 目の前ではサノスが『湯沸かしの魔法円』でお湯を沸かしている。


 魔法円へ流す魔素がかなり細くなっているな。

 俺が不在の間にも、魔素を細く流す訓練をしていたのだろう。


 以前に指摘してから、それほど日が経って無いよな?

 数日でここまで出来るようになるとは、やはりサノスは勘が良いな。


「おはようございます、イチノスさん」


 台所から戻ってきたロザンナが朝の挨拶をしてきた。


「おはよう、ロザンナ」


「イチノスさんが無事に戻って来れて安心しました」


 中々、かわいいことをロザンナは言ってくれる(笑


「ロザンナ、師匠がお土産があるんだって」


「えぇ?! 私も貰えるんですか?」


「師匠、ロザンナの分もありますよね?」


「あぁ、御茶を飲んだら渡すから、二人で仲良く分けてくれ」


 二人ともニコニコ顔だな(笑


 3人分のマグカップを並べて、浸出の終わった御茶をサノスが丁寧に注ぎ分けて行く。


 俺のマグカップ、サノスのマグカップ⋯

 おや? これがロザンナのマグカップだな。

 前にも見ていると思うが、改めて見ると、中々、かわいいデザインだ。


「師匠、どうぞ」


 そう言って出された御茶を一口飲めば、爽やかな香りが口の中に拡がって行く。


 正直に言って美味い。

 古代遺跡で自分で淹れた御茶とは違って、渋みも少なく爽やかな味わいが口の中に拡がって行く。

 あぁ、こうして美味しい御茶を朝から飲めるのは、実に良い感じだ。


 さて、俺が不在の間の店の様子でも聞いてみるか。

 熱そうに御茶を啜るサノスへ問い掛ける。


「サノス、俺が居ない間の店はどうだった?」


「無駄に忙しかったです」


「クププ」


 不機嫌そうに答えるサノスに、ロザンナが御茶を吹き出しそうな笑い声を出してきた。


 無駄に忙しかった?

 何かあったのか?


「ロザンナ、何かあったのか?」


「商人の方々が押し寄せたんです」


 あぁ~ 来てたんだ。

 これは商人達の行動を考慮していなかった俺の落ち度だな。


「それでどうしたんだ?」


「『イチノスさんは居ません』と伝えて帰って貰いました」


「それで済んだんだな?」


 大人しく帰ってくれたなら良かった。

 サノスとロザンナに何かあったら、大変な事になっていた。


 するとサノスが、ロザンナへ同意を求めるように口を開いた。


「何人かは、お姉さんに連れていって貰ったんだよね」


「全部で3人でしたね」


 お姉さん? 街兵士のお姉さんか?

 全部で3人? それなりの人数だな(笑


「それは⋯ 二人には面倒を押し付けて悪かったな」


「街兵士さんがいて助かりましたね」

「いやいや、今日も来るかもしれないよ」


 ロザンナは話しを終えようとするが、サノスは今日の可能性を伝えてくる。


 するとサノスが立ち上がり、自分の棚から何かを取り出して机の上に置いてきた。


 机の上に置かれたのは、月曜のウィリアム叔父さんの公表資料の写しだ。


「師匠、こんなのがあったのに、私達に教えてくれなかったんですね」


「いや、これは⋯」


 作業机の脇で仁王立ちになり、腰に手を当てたサノスが言葉を続けた。


「こういうことがあるなら、これからは先に教えてください」


 先に教えてくださいって言われても⋯

 まあ、教えなかった俺も悪かったな⋯


「イチノスさんは悪くないと思います」


「えっ?! ロザンナ! 師匠の肩を持つの?」


「先輩、そうじゃないです。むしろ悪いのは商人達だって言いたいんです」


 ロザンナの言い分も正しい気がするが、サノスが文句を言いたいのも理解できてしまう。


 昨夜の商人達の様子からすれば、俺の店へ商人達が突撃してくることを考えるべきだった。


「とにかく、迷惑を掛けてすまなかった。これからはこうした話しは、サノスにもロザンナにも前もって伝えるようにするよ」


「これからは? 師匠、これからもあるんですか?」


 やけにサノスが食い付いてくるな。

 少しだが、この先の事を皆で話し合った方が良いかも知れない。


「来月になれば、冒険者ギルドや商工会ギルドでの質問状の受け付けが始まるから、それなりに落ち着くと思うが⋯」


 すると、サノスが自分の席に座って公表資料を捲って行く。

 そして俺の相談役就任が記された頁(ページ)を見せてきた。


「この相談役は、店で受け付けるんですか? 店で受け付けるとなると、治まるどころか続くと思うんです」


 言われてみれば、サノスの指摘は的を射てるな。


 俺としては冒険者ギルド経由でしか受ける気はなかったが、この考えは目の前の二人もさることながら、商人達にも伝えておくべきだな。

 そうしないと、個別に商人達が店へ来て、延々と俺へ質問をして来る可能性が残ったままだ。


「俺は店で個別には受け付ける気は無いな。ギルド経由で受けるつもりだ」


「それって、商人達に知らせるなら商工会ギルドですよね?」


「うん、サノスの言うとおりだ。この後に商工会ギルドへ行って伝えてこよう。冒険者ギルドは昼過ぎから行くから、その時に伝えてこよう」


「はい、お願いします」

「⋯⋯」


 何とかサノスが納得してくれたようだ。

 けれども、ロザンナは何か言いたそうだ。


「ロザンナ、何かあるのか?」


「いえ、祖父から言われたんですけど⋯」


 ん? イルデパンから何か言われたのか?


「『店に街兵士を立たせるか聞いてきてくれ』って言われたんですけど⋯」


 う~ん これは迷うな。

 多分にイルデパンは、ロザンナの身を案じての提案のような気もする。


 それに、今日これから商工会ギルドで伝えても、商工会ギルドから商人達へ伝え終わるまで、時間がかかる可能性がある。


 だが、街兵士を店に常駐させるのは、何となくだが抵抗を感じるな。

 それに、イルデパンに公私混同させる気もする⋯

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