17-3 商人達の来店


 荷物(リュック)から全ての洗濯物を取り出し、俺は昨日までの調査隊の後始末を終えた。


 空になったリュックを畳んで、クローゼットから外出のための着替えを取り出す際に、正装に使う魔導師マントを手にして、ふと思った。


 古代遺跡で見つけたダンジョンの件がウィリアム叔父さんへ伝われば、確実に呼び出されるだろう。


 ここ数日、ジェイク叔父さんがリアルデイルに滞在している間に、ウィリアム叔父さんに呼び出されたら、ジェイク叔父さんも同席する可能性は高いよな。


 その時には、魔導師としての正装で行くべきだろうか?


 魔導師としての立場を貫くなら、やはり魔導師服になるよな⋯


 あれ? あれれ?


 昨日までの俺はどこへ行ったんだ?


 昨日までは、あれほど叔父さん二人からの呼び出しを断る気持ちが強かったのに、今の俺は二人に会う覚悟をしていないか?


 昨日は調査隊の最終日で疲れていたからか?


 いやいや、今はそんなことを考えるよりも、着替えを済ませて商工会ギルドへ行こう。


 商人達が店へ押し掛けて、サノスやロザンナの邪魔をしているんだ。

 それに、来月からの相談役の件で、そう度々、商人達に店へ来られては迷惑極まりない。


 それらを確実に排除するためにも、商工会ギルドへ行こう。



 外出着に着替えを終えて1階へ降りて行くと、サノスとロザンナが作業場から店舗の方を覗くようにしながら、何かを話していた。


「今日も来てますねぇ~」


「頑張るよねぇ~」


 二人の会話を聞いて、何の話だと思い俺は声を掛けた。


「二人とも、どうした?」


「ちょうど良いところに!」

「イチノスさん! 今日も来てます!」


 騒がしげな返事をする二人を手で制して、俺は言葉を続けた。


「ロザンナ、何が来てるんだ?」


「今、店を開けようとしたら、商人の方達が店の外で待ってるんです」


 作業場から店の窓越しに外を見れば、色鮮やかなベストを着た人物が3人ほど見えた。

 サノスとロザンナの言うとおりに、商人達が来ているようだ。


 押し掛けてくる商人達が知りたいのは、王都から来る開拓団についての情報だろう。


 どれだけの規模の開拓団が、いつリアルデイルの街へ到着するのか?


 俺に言わせれば、そうした情報は、誰もが調べる意思があれば得られるものだと思っている。


 あの公表資料には流れがある。

 開拓団がリアルデイルへ来る話しは、その中の一つであり、そこに囚われてしまっているのが、店へ押し掛けている商人達なのだろう。


 自ら公表資料を読み解こうとはせず、端的に開拓団の『規模』や『時期』の結論だけを求めている商人達が騒いでいるだけなのだ。


 つまりは、公表資料の読み解き方を商人達が気付いていないことに問題があると俺は思っている。


 そこまで考えた所で、俺は昨晩の大衆食堂でのことを思い出した。


 昨夜は大衆食堂で、開拓団の情報を得る切っ掛けを4人の商人へ教えた。

 だが、店の前に来ている商人へ『教えない』というのも些か違和感があるな。


 昨日の商人達が同じ商人の皆へ伝えれば済むことだと思うが、商人同士ではそれも難しいことなのだろう。


 仕方がない。

 店の前で開店を待つ商人や、この後にも来るであろう商人に、サノスやロザンナの時間を取られ無いためにも、ひとつ策を施そう。


 俺は自席へ着き、立ったままのサノスとロザンナにも座ることを勧めた。


 作業机には既にペンなどの小物が入った二人の道具箱が置かれ、今にも魔法円の製作が始まろうとしている感じだ。


 二人が座った所で、まずはロザンナへ問い掛ける。


「ロザンナ、メモ用紙はあるか?」


「はい、あります」


 ロザンナが自身の手元に置いていた道具箱からメモ用紙を取り出し、ペンと共に俺の前へ出して来た。


「サノス、店の封筒と⋯ ハーブティーを並べていたカゴはあるか?」


「取って来ます!」


 俺の言葉にサノスが立ち上がり、作業場から店舗へと向かった。


 俺はロザンナが渡してくれたメモ用紙へ、次のように書いて行った。


 『王都から』開拓団が来ます


 この言葉は、昨夜の商人達へも伝えたの同じ言葉だ。

 書き上げたメモ用紙をロザンナに差し出して複写の依頼をする。


「ロザンナ、これと同じ文面でもう4枚作ってくれるか?」


「はい」


 サノスが店の封筒とカゴを手に作業場へ戻って来た。


「師匠、封筒とカゴです」


「イチノスさん、これで良いですか?」


 サノスの言葉と当時にロザンナが1枚目を書き上げたようだ。


 ロザンナの書き写したメモ書きは綺麗な字で書かれており、なかなかの出来栄えだ。


「ありがとう。ロザンナは綺麗な字だな」


「えっ?! ありがとうございます」


 少しはにかむロザンナを放置して、そのメモをサノスに渡す。


「サノス、ロザンナの書いたメモを二つ折にして、店の封筒へ入れてくれるか? ロザンナは残りを書き上げてくれるか?」


「「はい!」」


 二人が何かを察したかのように朗らかな返事をしてくれた。



 ロザンナが書いてサノスが封筒へ入れた物が5個揃った。

 その隣には俺が準備した添え書きもある。


 俺の準備した添え書きはこんな感じだ。


開拓団に関する情報 銅貨3枚


注意

本件のついての更なる質問は冒険者ギルドもしくは商工会ギルドへの質問状で受け付けます


 ハーブティーの種を入れていた空のカゴに、俺の書いた添え書きが見えるように入れる。

 続いてメモが納められた5個の封筒をカゴへ入れて、俺の意図したものが準備できた。


「さて、店を開けようか」


「「はい」」


 返事と共にサノスとロザンナが店へ向かった。

 俺は自分の出番が訪れるのを、自席に座ったままでカゴに手を掛けて待つことにした。


 ほどなくして二人が作業場へ戻って来た。


カランコロン


 二人が作業場へ戻るのを追いかけるように、店の出入口に着けた鐘が鳴る。


 鐘の音にロザンナが急いで店へ戻ると人の声がする。


(イチノスさんは⋯)

(ご主人は⋯)

(⋯ お手隙でしょうか)


 案の定、全員が俺への問い合わせをしたい商人達のようだ。


「イチノスさ~ん お客さんです」


 俺を呼びに作業場へ戻ってきたロザンナと入れ替りで、準備したカゴを片手に店舗へ向かう。

 すると、鮮やかな色のベストを着た3人の商人が揃って声を挙げた。


「「「イチノスさん!」」」


 その煩さに、思わず口の前で指を一本立てて静かにするように促す。


「「「!!!」」」


 改めて商人達の顔を見るが、どの商人も名前が浮かんで来ない顔だ。

 商人達の察した顔を見たところで、俺は挨拶の言葉から始めた。


「皆さん、おはようございます」


「お「おは「ようございます」」」


「本日は魔導師イチノスの店へ御来店いただき、誠にありがとうございます」


「「「⋯⋯⋯」」」


「まずは皆さんへお伝えします。『月曜の公表』の件についての質問なら勘弁してください」


「えっ!」

「うっ!」

「おっ!」


 俺の発した『月曜の公表』の指摘は、やはり商人達にとっては図星だったらしく変な声を出してきた。


 俺は商人達の戸惑いを無視して話を続けて行く。


「けれども、無下に断ってしまっては、折角お越しいただいた皆様に申し訳がありません」


「「「うんうん」」」


「そこで、こうした物を準備しました」


 俺はカゴに入れた添え書きが、商人達へ見えるようにカウンターの上に出した。


「おぉ~!」

「イチノスさん!」

「ください!」


 3人の商人達の手が伸びるが、俺はカゴごと上に持ち上げ、商人達の手が届かないようにする。


 俺は再び口の前へ指を立て、商人達が落ち着くのを待った。


「あっ!」

「うっ!」

「おっ!」


 すると、商人達の全員が自身の財布を取り出し、皆が銅貨を手にした。


 3人の商人が冷静さを取り戻したようなので、俺は大事なことを告げて行く。


「先に言っておきますが、ここに書かれているのは理解できますよね?」


「⋯更なる質問は」

「冒険者ギルドへの⋯」

「質問状で⋯」


 俺が書いた添え書きを商人達が読み上げる。

 どうやら理解しているようだ。


「それで、3人で一緒に一つを購入でしょうか? 銅貨3枚ですので、お一人様、銅貨1枚で済みますよ」


 俺は3人の商人が、それぞれ銅貨3枚を手にしているのを知っていても敢えて問い掛けてみた。


「いえ、私は私で!」

「私も!」

「同じくです!」


 どうやら一人一人で購入するようだ(笑

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