17-9 嘆くアキナヒ
イルデパンが告げてきた。
「アキナヒは商工会ギルドのギルドマスターとして、未だに悪習から抜け切れない商人がいることを嘆(なげ)いているのです」
アキナヒが嘆(なげ)いている?
ますます、イルデパンが俺に何を伝えたいのか、わからなくなってきた。
待てよ?
商工会ギルドの改革は、アキナヒがウィリアム叔父さんから受けた任務だよな?
それでも完全には達成できず、幾何(いくばく)かの商人達が悪習を未だに引きずっているということか?
そうした商人達が店を訪れて問題を起こしたり、大衆食堂で張り込んだりしていると言いたいのか?
考えてみればイルデパンはそうした商人達の行動、その全般を知ることが出来る立場にいるんだよな。
俺の店を訪れた商人達については、店の前で立ち番をしている女性街兵士達から報告を受けているだろう。
大衆食堂では巡回している街兵士が、商人達の行動をイルデパンへ報告しているだろう。
そして、連行された商人がいることは、イルデパンは当然のように知っているだろう。
あっ!
もしかして、アキナヒは俺へ謝罪の言葉を述べながらも、その実はウィリアム叔父さんへ頭を下げていないか?
商工会ギルドの改革は、アキナヒがウィリアム叔父さんから受けた商工会ギルドのギルドマスターとしての任務だ。
アキナヒは、今回の商人の問題行動で、ウィリアム叔父さんからの任務を達成できていない事が明らかになった。
それは自身の指導力が足りないからと俺に告げていた。
これって、俺がウィリアム叔父さんから指示されて、商工会ギルドの様子を見に来たと思っていないか?!
「おや、イチノスさんは何かに気付いた顔ですね(笑」
イルデパンが笑いを混ぜながら、俺の顔を覗き込むように口を開いてきた。
どうやら俺は、顔に何かを出していたようだ。
確かに顔が熱いぞ。
アキナヒの謝罪を、俺の店へ商人達が訪問を繰り返していることや、店で問題を起こして街兵士に連行されたこと、そうしたことについての謝罪と俺は勘違いしていた。
その勘違いしていた自分が恥ずかしく、顔が熱くなってきた。
ス~ ハ~
よし、深呼吸して少し冷静になれたぞ。
少々、アキナヒには顔を合わせ難いので、イルデパンにアキナヒへの伝言を頼めないだろうか?
「イルデパンさん、まだアキナヒさんは応接にいらっしゃいますか?」
「イチノスさん、もしかして、アキナヒからの謝罪を受け入れるのですか?(笑」
イルデパン、微妙なところを笑いながら突つかないでくれ。
「いえ、アキナヒさんは私へ謝罪するようなことは、何一つしていません」
「ほ~(笑」
「むしろ商工会ギルドのギルドマスターとして、よくぞここまで商人達を導かれたと思っています。むしろ感謝したいぐらいです」
「おや、感謝ですか?(笑」
イルデパン、そこで笑いを顔に出すな。
「それで、私はこれから冒険者ギルドへ向かう必要がありますので、アキナヒさんへの伝言をイルデパンさんに⋯」
そこまで告げるとイルデパンが笑い声を漏らしてきた。
「ククク イチノスさん、商工会ギルドも冒険者ギルドと同様に『伝言』も『伝令』も引き受けていますよ(笑」
俺はその時、初めてイルデパンの意地の悪そうな顔を見た気がした。
◆
俺はイルデパンと別れ、1階へ降りて受付カウンターでアキナヒへの伝令をお願いした。
伝令の内容としては
・今日の訪問は魔導師イチノス個人としての訪問であること
・今後も商人達が個別に店舗へ訪問しないよう継続して指導するよう願っていること
・来月からの『相談役』の進め方は明後日の話し合いで調整したいこと
以上について記して、俺を2階の応接へ案内してくれた女性職員に伝令を受け付けてもらった。
先ほどまで顔を合わせていたアキナヒへの伝令と言うことで、訝しげな顔をされたが俺は無視した。
受付カウンター内の壁に掛かった時計を見れば、既に11時30分を回っている。
この時刻なら、大衆食堂で昼食を摂る時間は確保できそうだ。
一瞬、カレー屋での昼食も考えたが、混雑していた場合にどれだけ待つかわからないため、今日は諦めることにした。
昼食の事を考えながら受付カウンターから離れようとすると、商工会ギルドの入口から見覚えのある見習い冒険者の少年二人が入ってきた。
「あれ?!」
「イチノスさん?!」
いつも伝令を届けてくれる、エドとマルコの二人が商工会ギルドへ入ってきたのだ。
「エド、それにマルコじゃないか」
「「イチノスさん、こんにちは」」
「うん、こんにちは。珍しいところで遇うな(笑」
「「イチノスさん、伝令はありませんか?」」
二人に問われるが、少しバツが悪い。
先ほど伝令は依頼したが、商工会ギルドにいるアキナヒへ向けたものなので、エドとマルコの出番は無いだろう。
「エド~ マルコ~ 伝令あるよ~」
すると、先ほどの受付カウンターに座っていた女性職員が二人を呼んだ。
その声に応えた二人が、再び俺に挨拶すると足早に受付カウンターへと向かう。
そんな二人の後ろ姿を見ながら、少し俺は違和感を感じた。
昼前の薬草採取に二人は行かなかったのだろうか?
今はまだ昼前だから商工会ギルドへ伝令を拾いに来るのは早いよな?
そうした違和感を感じたが、俺は問い掛けるのは止めておいた。
◆
商工会ギルドへ来た道を戻るように、東西に走る大通りを歩いて行き中央広場を抜けた。
西町へ戻ったところで、一旦、店へ戻ることも考えたがやめた。
店の向かいの交番所での敬礼、冒険者ギルド手前の元魔道具屋な交番所での敬礼。
2回も敬礼する煩わしさを考えて、俺は真っ直ぐに大衆食堂へ向かうことにした。
不思議なことに、東西に走る大通りを歩いていても、街兵士に出会うことが無かった。
これなら、今日の街兵士への敬礼は減らせそうだ。
そんなことを考えながら、冒険者ギルド前の通りへと入って行く。
そこには何時もの我が物顔で歩道へ張り出した、西町の名物とも言えるテントが見えてきた。
◆
元魔道具屋で今は交番所の前で街兵士へ敬礼をして大衆食堂へと向かう。
魔道具屋の前には荷車が置かれており、未だ魔道具屋には大工達が出入りしている感じだ。
敬礼を交わした街兵士にその事を問うと、来週には完成するとの話が聞き出せた。
今後はこの通りを歩く商人は、全て数えられたり、その動向を街兵士が観て行くんだろう。
そうしたことを思いながら、大衆食堂の扉を開けると、給仕頭の婆さんが出迎えてくれた。
「あら、イチノス」
「ランチを頼めるかな?」
そう告げて店内を見渡すと、色鮮やかなベストを着た者は誰一人として居ない大衆食堂だった。
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