17-10 大衆食堂でランチ


 給仕頭の婆さんから木札を受け取りながら、今日のランチメニューを聞いてみる。


「婆さん、今日のランチは何かな?」


「オークベーコンの特製スープだね」


 オークベーコンか。

 カリット焼くとなかなか美味いんだよな。


 どんなランチが出てくるか楽しみに思いながら、ランチが運ばれてくるまで他の長机の様子を眺めてみる。


 大工姿の4人組。

 調査隊へ行く前にも見掛けた記憶があるな。

 この大工たちはおそらく、交番所に生まれ変わろうとしている、旧魔道具屋で工事をしている内装業者だろう。


 軽装な革鎧を着た冒険者らしき二人組が3席。

 3席の内、2席は知った顔だ。

 だが、もう一席は知らない顔で初めて見る顔だな。


 そういえば、このところ初対面な冒険者が増えてきた感じがする。


「お待たせ~」


 オリビアさんが、深皿にパンを乗せたランチを持ってきてくれた。


 オリビアさんへ木札を渡して、机に置かれた深皿に盛られたスープを見て思った。


 これって、オークベーコンのポトフじゃないのか?


 スプーンでオークベーコンを探すように掬って口へ運ぶと、焼かれた触感とオークベーコンの味わいを覚える。


 味は⋯ 何処かで食べた記憶があるな。


 これって、古代遺跡でアルフレッドが作ってくれたのと味が似ていないか?


 アルフレッドが初日の夜に作ってくれた、イモ入りのスープに似ている。


 スープの具材をスプーンで探ると、あの時はイモだけだったが、これにはニンジンも玉葱もキャベツも入っていた。


 そんな大衆食堂でのランチを食べながら、先ほどの商工会ギルドのことを思い出してみる。


 商工会ギルドのギルマスであるアキナヒは、商工会ギルドの改革が達成されていないことを懸念していた感があった。


 改めて思うが、俺はそうは感じない。


 アキナヒの商人達への指導は、イルデパンへ伝えたとおりに、成果を出していると俺は思っている。


 0から100で商工会ギルドの改革達成を考えれば、確かにアキナヒが憂(うれ)うように100では無いだろう。


 アキナヒが胸を張れる100は、商人の誰一人として、俺の店を訪問したり、大衆食堂で張り込んだりすることが無い状態なのだろう。


 それでも、今の商工会ギルドの改革は、100に近いと俺は思う。


 逆にこれが0に近かったりしたら、店は悲惨なことになっていただろうし、イルデパンは商工会ギルドへ制服姿で来ていただろう。

 そして商工会ギルドは、アキナヒへ面会を求める商人で溢れ返っているだろう。


 それでこそ商工会ギルドが抱えていた悪習の元凶とされる一部の大商家が、今回の公表に絡む幾多の利権を求めて考えられないような行動に出ていたかもしれない。


 そう考えると、商工会ギルドの改革は成果を出している感はあるのだ。

 いわば、商工会ギルドは改革を出来たが、極一部の商人の指導が達成されていない感じがするのだ。


 それと、改革の担当者であるアキナヒ自身が、悪習に染まった感じを、俺は受けなかった。


 往々にして、改革を実行する際には、改革の実行者や担当者が、新たな悪習の元凶に至ることがある。


 むしろアキナヒからは、俺の店で問題を起こした少数の商人への対応を、かなり思案している感じを受けた。


 商工会ギルドのアキナヒは、冒険者ギルドのベンジャミンのような貴族とは違って、文官出身だとコンラッドから聞いた記憶がある。


 貴族では無く文官出身で、ああした改革を成せるのは、かなりの手腕なのだろう。


 ウィリアム叔父さんが、アキナヒを商工会ギルドのギルマスに命じたのも頷ける感じだ。


「イチノス、ちょっといいか?」


ん?


 急に給仕頭の婆さんから話しかけられた。


「どうした?」


「イチノスは南部市場の氷屋を知ってるだろ?」


「いや、俺は氷屋に用は無いから知らないんだ」


 俺の答えを無視するように、婆さんが話を続けてくる。


「実は氷屋の女将さんが、氷の出来が良くなくて困ってるらしいんだよ」


「それで?」


「前は昔の魔道具屋に頼んでたらしいんだよ」


 昔の魔道具屋?

 何となくだが話が見えてきたぞ。


「それで、イチノスを紹介して欲しいと言われたんだよ」


 南町の氷屋で氷の出来が良くないというのは、製氷の魔道具の調子が悪いんだな。

 以前は魔道具屋の主人が面倒をみていたのだろう。

 それが連行された魔道具屋の主(あるじ)に代わった事で、面倒をみる人がいなくなった。


 あの連行された魔道具屋の主(あるじ)では、当然のように魔道具の面倒などみれはしない。

 そこで魔導師の俺に相談と言うわけか。


 婆さんの話を聞き終えたところで、俺は東町の魔道具屋と商工会ギルドを思い浮かべた。


「氷屋の女将さんに、商工会ギルドを経由できないか話せるかな?」


「商工会ギルドかい?」


「そう。手間だけど、氷屋の女将さんから商工会ギルドへ話してもらえば、東町の魔道具屋か、俺に話が来ると思うんだ」


「商工会ギルドねぇ⋯」


 婆さんは、商工会ギルドと聞いて、若干だが納得が行かない感じだ。


「商工会ギルドが無理なら冒険者ギルドでも良いし、その両方が無理なら俺が個人で話を聞くよ」


「わかった。イチノスはどっちでも良いんだね?」


「ああ、氷屋の女将さんには手間かもしれないけど、魔道具絡みならその方が良いと思うんだ」


 そこまで氷屋事(こおりやごと)の話をしていたら、冷たいものが飲みたくなってきた


「そうだ、婆さん。冷たい飲み物があるかな?」


「冷たい飲み物? イチノス、まだ昼間だよ。こんな時間から呑む気か?」


「いやいや、酒じゃなくて冷たい紅茶か何かが欲しいんだ」


「あぁ、それなら紅茶があるよ」


 そう言って差し出された手に、俺は冷たい紅茶の代金を支払った。



 冷たい紅茶を味わって大衆食堂を出たら、冒険者ギルドへ向かう。

 とは言え、大衆食堂の道を挟んだ反対側が冒険者ギルドだ。


 冒険者ギルドで掲示板の置かれたホールに立てば、数名の見習い冒険者が受付カウンターに並んでいる様子が見てとれた。


 どうやら見習い冒険者達が薬草採取から戻ってきたようだ。


 これは少し待つかと壁に掛けられた時計へ目をやると1時30分だ。

 2時の約束まで少し時間があるな。


 時間潰しで、久しぶりに依頼の貼られた掲示板でも眺めようかと思うと、受付カウンターのタチアナから声をかけられた。


「イチノスさ~ん」


 なかなかタチアナは目ざといな。

 冒険者ギルドのホールへ入ってきた俺を、直ぐに見つけたようだ。


 何の用だろうかと受付カウンターへ目をやれば、タチアナが受付カウンター脇のスイングドアを越えて駆け寄ってきた。


「イチノスさん、2時まで別室で話せますか?」


ん?


 なんだ? タチアナが何かの紙を手にしている。

 そんな何かの紙を手にしたタチアナに案内され、俺は掲示板脇の別室へと入って行った。


 この別室は、魔物討伐前のポーション騒ぎで使った別室だ。


 別室のドアを閉め、互いに椅子へ座ったところで、タチアナが深々と頭を下げて来た。


「イチノスさん、まずは深くお詫びします」


 まてまて、商工会ギルドの再現か?(笑



 イチノスとタチアナの入った掲示板脇の別室については


6-16 この後の客は俺だけとかあるんですか?

6-21 ギルドとの交渉開始


 を参照ください。

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